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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 鍵を開け、部屋に入る。ひんやりと冷たい部屋には早の家のようなやわらかな温かみはない。暖房を入れてもそれは得られないだろう。早の家は早ひとりしかいないのに温かく、この部屋はふたりでいるのにいつまで経っても冷たく、慣れない。緒方の台詞がぽこぽこと腹の底から湧き出る。それは延々とこだまし、消えない。
 暁登を部屋まで連れて行き、リビングには暖房を入れて樹生はその温風の前で制服を脱ぐ。社員証まで丁寧に身につけたままで、それを忘れていたので、上着を脱ぐときに引っかかった。そんな些細なことにも苛ついた。
 その背中に「みお」と声が掛けられて、樹生はギクリとして振り向いた。包帯も痛々しく、暁登が部屋から出てそこに立っていた。
 きつい眼差しは、あの雨の日の再会で見た瞳の色、そのままだった。濃く透き通っていて、光を宿して、強い。
 その目にただただ戦くばかりで、鳥肌が立った。
「――って、誰」
「……」
「結婚相手?」
「……」
「母親を奪った女の息子、って、何?」
「聞いてたのか、」
 と問い返したが、暁登は頷きもせず、否定もしない。ただ目の色を深くするだけだ。
「あんたには母親がいないのか?」
 重ねられた問いの語尾は、怒りか何か巨大で激しい感情で震えていた。
「そういやあんたの家族のことは、聞いたことがない。月一で姉に会うって言うけど、その姉貴のことだって聞いてもはぐらかす。母親がいないなら、父親は? 『みお』は?」
 追及に、樹生は口を噤む。暁登だって樹生が素直に答えるとは思っていないだろう。思わないまま、苛立ちをぶつけずにはいられない。
 暁登は「おれは知らないままは嫌だ」と言った。
「あんたの事だから知りたいと思うのに、あんたはおれには絶対に言わない。親のこと、姉弟のこと、『みお』のこと、……本当は早先生の事だって不思議だったんだ。早先生とあんたは明らかに先生と教え子とは別の、もっと深い関係だ。あの家に出入りしているから、うっすらと分かる。あの家には『男の子が住んでいた』。二階の六畳間には、小・中学生向けのテキストがあって、箪笥があって、古いゲーム機があって、椅子と机もある。不思議だよ。早先生には子どもがいないはずなのにな」
 暁登に目を合わせるのが辛くて、ついに樹生は固く目を瞑った。
「あんたの事が知りたい。ちゃんと知っていたい」
「……」
「だけどあんたはだんまりを決め込む。おれは、あんたの、何?」
「……」
「あんたは近いけど、あんたほど遠い奴はいない……むかつく」
 それでも樹生は、話そうとは思わなかった。
 樹生の身の上話などして、どうしようと言うのか。樹生の過去は樹生の人生で、樹生の悩みはこれから自分で解決すればいいし、出来る、とも思っている。暁登に話したから悩みが軽くなるとか、そんなことは考えない。暁登にとってそれは他人事に過ぎない。
 樹生の黙秘に、暁登は頭をがりがりと搔いた。それから足を引き摺ってシンクへ向かうと、洗って伏せてあったマグカップを取り、それを思い切り壁――樹生の脇から背後へと、投げつけた。
 壁に投げつけられた陶器は派手で不快な音を立て、割れて、落ちた。
 暁登は続け様にもう一つカップを取ったので、樹生は瞬時に動いてその手首を取った。細い体を押さえつける。
 当然ながら暁登は嫌がり、暴れた。
「あき、暁登、」
「うるさい!」
「いいからやめろ。傷が開くから、」
「うるさい! 話す気もないくせに、」
「あき、」
「おれは……おれはなんなんだよ」
 暁斗の両手首を取り、壁に押さえつけた。その体の細さからは想像もつかないような力強さには驚いたが、かろうじて樹生の方が勝った。
「……あき、」
 手を押し返す力が抜けたその隙をついて樹生は暁登の体を思い切り抱きしめた。
 暁登は細かく震えている。
 どうすればいいのか、痺れた頭で考えるにはもう余力もなかった。この面倒なことから解放されたい。暁登を休ませて、自分も休みたい。今日なら夢も見ずに深く眠るだろう。それだけ疲れている。
 暁登が脱力したので、発作的な暴力が治まったのだろうと解釈した。腕の力を緩めると、暁登が顔を上げた。
 樹生の目を覗き込むようにまっすぐ捉えてくる。深い黒い目。それに背筋を粟立たせていたから、油断した。樹生の肩に手を添えると、暁登は樹生の首筋にスッと顔を寄せ、そこを思い切り噛んだ。
「――ってぇ、」
 樹生は咄嗟に暁登の肩を掴んで体を剥がし、距離を取った。びりびりと噛まれた首筋が痛く、そこに手を当てた。
 暁登は鋭い眼差しで樹生も見る。
「――おれ、実家に戻るわ」
 と暁登は言った。「帰る」ではなく「戻る」。それは「別れる」と同じ響きがあり、――体中にドッと冷や汗が吹き出した。
「あき」
「あんたの傍にいたくない。自分が――こんなに嫌いになる」
 そう言って暁登は自室へと戻った。樹生が呆然としているうちにとりあえずの荷物をまとめ、足を引き摺りながら樹生の脇をすり抜けて、部屋から出て行った。
 ガチャン、という重い扉の音を聞いて、樹生は我に返った。
 首筋に当てていた手をようやく外す。手指には血がうっすらと付いていた。
「……は、」
 色んな事が馬鹿馬鹿しくなる。制服を雑に脱ぐとそれを片付けもせず、自室のベッドへ潜り込んで眠った。


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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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