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翌朝は日の出前には起きた。よく晴れて晴れた分だけ冷え込んだ朝で、群青色の空にはまだいくつか星が残っていた。防寒だけはきっちりとして、アパートを出る。車の表面には霜がびっしりと降りていたのでそれを削り、エンジンをしばらくアイドリング状態にして暖め、ゆっくりと車を発進させた。
出迎えてくれた早は和装だった。それを見て、そうだ正月だったな、と昔の記憶が呼び起こされた。この家の住人は正月の三が日やなにかの祝いごとには決まって着物を着たのだ。いまは夫も亡くしてひとりだと言うのに、早の決まり事は変わっていないようだった。
おそらくウールなのだろう。灰色に近い、密に織り上げられた地厚の着物だった。着物自体は地味であるが、締めている帯は新雪そのものの白で、帯揚げと帯締めは染液にたっぷりと浸して濃く染められた藍色だった。先ほどの夜が明ける前の空の色を思い出す。
家の中は早朝だというのにきちんと暖められていた。居間まで来ると、座卓には質素ながらも丁寧に食事が整えられていた。お重には樹生の好きな黒豆の煮物とだて巻き、栗きんとんが揃っていることを確認して思わず微笑んだ。子どもだと言われようがなんだろうが、正月の楽しみはいつもこれだった。
「さあ、頂きましょうか」
早から熱い吸い物の椀を受け取り、樹生は手を合わせて食事にありつく。樹生の好きな甘味の他には、紅白のかまぼこに海老や昆布巻き、松前漬けなども並ぶ。茶碗に盛られた炊きたての白米が、感動するほど美味かった。暁登もいればよかったのにな、と思う。
「相変わらずまめで丁寧な暮らしをしていますね」と言えば、早は「張り切りましたから」と答えた。
「樹生さんが帰ってくると思ったら、わくわくしてしまって」
「ありがとうございます」
「ですが、昔よりはかなり簡単に済ますようにもなったんですよ。ひとりは淋しいですが、気楽ですね。一日中自分のことだけして暮らせます。……まあ、これは私がまだ、元気に動くことの出来る体でいられていることが大きいですが」
早は「豆は煮ましたが、松前漬けは買いました」と器を見ながら言った。
「昔は材料を買ってきて、自分で漬けましたけどね。だんだん端折るようになってきました。ひとりならひとりに見合った大きさがある、ということですね」
その言い方があまりにもさっぱりとしていたので、樹生は安心した。早のこういうところが好きだし、だから自分はこの家に寄りつくのだと実感する。早は早で、個で、自分の時間をきちんと持っている。この人が持つ精神的な強かさなのだろう。
「元旦の配達、お疲れさまでした」と言われ、樹生は苦笑した。
「ほんと、疲れました。今年はリーダーが変わって最初の繁忙期でしたから、リーダーのやり方に不満のある社員からの苦情が半端なくて」
「あら」
「前任者がリーダーとして優秀な人だったので皆信頼を置いていて、だからこそ余計にだったんですよね。さすがにこれはと思う部分もあったのでリーダーに言ったんですが、聞く耳持たずで」
「それは別の疲労がありましたね」
「そうですね」
「樹生さんも立派に中間管理職になってきましたね」
と、早は小さく笑った。
「暁登さんがね、前に言っていました。『自分は岩永さんのことを心から尊敬しているんです』って。『絶対にいい上司になる、岩永さんはそういう人だ』って」
「……買いかぶりすぎですね」とは言ってみたが、暁登の揺るぎない信頼っぷりを、樹生はよく分かっていた。
「だからこそ暁登さんは苦しい」
「……」
「彼に足りないのは自信です。……どうにか、ならないかと思うのですが」
難しいですね、と言い置いて、早は樹生の湯呑みにほうじ茶を入れてくれた。樹生は頭を下げる。
それからはさして大したことは話さなかった。食べているうちに樹生は眠気を感じ、食べ終える頃、早が「少し休んでから出社されては?」と言ったので、ありがたく横になった。睡眠に困ったことはなく、むしろ寝過ぎなぐらいに寝る性分だ。早の家だろうが自分の部屋だろうが職場の休憩室だろうが、樹生はどこでも、すぐに眠れる。
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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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