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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 先に台所に戻った早は、テーブルの上に叩き終わった豆を置き、かたちが悪かったり上手く育たなかったりした欠損豆と良い豆とを選り分けた。これをしておくと、正月用に黒豆を煮る作業がすんなり出来る。ひとり暮らしのいま、それでも早は暮れになれば年越し蕎麦を食べるし、新年が明ければ用意したおせちを食べる。さすがに重労働なので餅はつかずに買うようになったが、蕎麦やおせち料理は自分の手で用意する。
 早の知り合いには、そういうことをやめてしまった人が何人もいる。病気など心身の理由でそれが出来ない人、嫁や孫にその座を譲ってやらなくなった人等、理由はそれぞれだ。だが早は、ずっと続けて来たことをやめてしまうのが嫌だった。卒中などで倒れでもしたら諦めるかもしれないが、子どももいない身である。気ままな人生を最後まで楽しみたい気持ちがある。
 芋は焼けたが、暁登が戻らないのでもう少しと作業を続けた。昼前に掛け時計が鳴り、早はようやく顔を上げる。同時に暁登も戻ってきたので、お芋を食べませんかと暁登を誘う。
「あ、甘い」席に着きほっこりと焼き上がった芋を口にして、暁登が感想を漏らす。
「おいしいですね」
「これ、早先生が育てたんですよね」
「そうです。『紅はるか』という初めて育てた品種ですが、美味しく出来て良かった」
 ふたりで黙々と食べる。これが昼食になってしまいそうだった。
 食べ終わると同時に、暁登のスマートフォンが鳴った。メールなのかなんなのか、その画面を操作して暁登は「岩永さん」と言った。
「診察、終わりました?」
「みたいです。これから会計と薬局だって。おれ、行きますね」
 ごちそうさまでした、と暁登は丁寧に掌を合わせて頭を下げる。早は微笑んでその若い背中を見送る。と、玄関へと進みかけた暁登が立ち止まる。
「これ、持って行きますがいいですか?」
 と暁登は本を二冊早に見せた。分厚い本はミヒャエル・エンデの「果てしない物語」「モモ」。どちらも日本語版だった。
 早は頷きつつも、不思議に思っていた。この本がこの家にあることを知らなかったのだ。おまけに原書ではなく翻訳されたものだ。本は新しそうではなかったが、かといって読み込まれた様子もない。
 どんな言語の本でも読み漁っていた夫が、当時大流行した児童文学小説――とりわけ日本語に訳されたファンタジー小説、を購入していたことが不思議でならなかったのだ。
「懐かしいです」と暁登は本の表紙を撫でて言った。
「これ、同じものがおれの実家にもあるんです。子どもの頃に読んだけど全く理解出来ませんでした。また、読んでみようかな、って」
「これも本棚にありましたか?」
 と訊くと、暁登はきょとんとしながらも「隅の方にありました」と言う。
「あ、……持って行ったら駄目ですか?」
「いえ、構いません。ただちょっと、私はその本の存在を知らなかったので」
 というと、暁登は不思議そうな顔で後頭部をカリカリと掻いた。
「ですが、夫の蔵書のほとんどを私は把握していませんので、それもそのうちのひとつなんだと思います。持っていってください。本は読まれた方が幸せです」
 暁登は安心したように頷き、では行きます、と言って早の家を去った。早はしばらく考え込んでいたが、ひとつ思い当たって思わず「ああ」と漏らす。
 おそらく夫はこれをたったひとりの少年の為に買った。
 少年はアトピーが酷く、いつも肌を荒らしていた。そのせいでクラスメイトにからかわれ、それが嫌で学校に行かなくなった。家にいて時間を持て余していた少年を、夫なりに元気づけたかったのかもしれないし、もしくはなかなか懐かない少年と仲良くなりたかったのかもしれない。
 これを夫は少年に渡したのか、渡さなかったのか、渡せなかったのか。早が知る限り、少年は読書には縁遠く、興味も持たなかった。だからおそらくこの本を読みはしなかったのだと思う。
 全ては想像だ。いまとなっては知る由もない。けれど今日、暁登がこの本をあの家に持ち帰ることはきっと、意義あることだと思えた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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