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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 有起哉にそう言われてから、通孝は自然と直生の行動を追うようになった。直生が鳥飼と共に話しているのを見ては勝手にドキドキしたし、橋本といるときは冷や汗をかいた。
 表向き、直生の態度はどちらの教師に対しても変わらなかった。心の中でなにを考えているかまでは、心を読めないので分からない。ただ、直生の視線の先には確かに鳥飼がいるな、というのは少し観察すればすぐ分かることだった。
 ある放課後、通孝は職員室に用事があって廊下を歩いていた。教室から職員室までのルートは美術室の前を通る。岩永、いるのかな、と思って美術室の前を通った際に覗くと、美術室には鳥飼と直生のふたりしかいなかった。
 直生は椅子に腰かけ、鳥飼と話している。あまり大きな声で話していないので聞こえてくる会話は途切れ途切れで、だが東京で開かれている展覧会の話をしているのだ、ということは分かった。
 鳥飼は画布を引っ張り出して木で組んだ枠に画布を張る作業をしながら、直生の相手をしていた。鳥飼の顔つき、喋り方は普段と変わりなかったが、直生の方はいままで見たことのない、甘く幼い顔をしていた。
 先生、と直生が鳥飼を呼ぶ。
 なんですか、と鳥飼は作業する手を止めずに答える。
 先生、と直生はまた鳥飼を呼んだ。
 ――特に用事はないんですね。
 ――うん。
 ――最近おうちの様子はどうですか? 
 ――……別に、変わりありません。
 ――お母さんの様子は? 
 ――特に、……もう、慣れてるし。ねえ先生、母さんの話はいいですから、展覧会の話、もっと聞きたいです。この間の休みに行ったっていう、S県はどうだったんですか?
 ――そうですね。庭が広くて、ばらが綺麗でしたよ。
 そのふたりの様子を見ていられなくて、通孝はそっと教室から離れる。
 直生が鳥飼を慕っているのは明らかで、それがなんだか、通孝の心をざりっと引っ掻いた。
 それから通孝の行動は早かった。元々が思いつくと熟考の出来ない、せっかちな質だ。行動力が自慢ともいえる。へまをして誤解を招くことだけは避けたかったのでそこだけは慎重にことを進め、裏を取り、確証が持てる段まで来たので、得た情報を公開することにした。
「――岩永、いる?」
 通孝が放課後の美術室を訪ねたのは、あのハイキングから十日後のことだった。美術室には直生とほかに数名の美術部員がいたが、鳥飼の姿はなかった。
「ちょっといい?」
 直生を廊下に連れ出す。開け放った廊下の窓から中庭が見える。その日は暑いぐらいの陽気で、傾きかけた陽の光はまだ強くふたりを照射していた。
「あのさ、あの件なんだけど」と切り出すと直生は意味が分からなさげに首を傾げたが、「鳥飼と橋本」と言うと、はっと不安げな表情を見せた。
「あれ、勘違いだから」
「――え?」
「鳥飼と橋本の間は、男女関係とかそんなのは、ない。どうして言い切れるかっていうと、ちゃんと聞いたから」
「えっと、……そういう関係のあるなし、を?」
「うん。橋本に確かめて、それだけじゃ片手落ちかなと思ったから、鳥飼にも聞いた」
 というと、直生は途端に顔を赤く染めた。
「いや、誰が気にしてたとか、そういうことは言ってないよ。最近鳥飼先生と仲がよろしいようですがと、突っついてみただけ」
 橋本のことだから単刀直入に切り出せば素直に答えるだろうと予想はしていたが、案の定なんにも包み隠さず話してくれたので、そんなことも聞けずにやきもきしていた直生のことは、ばかだな、と思った。
「橋本は、お見合い相手とうまくいってんだよ」
「え、お見合い?」
「うん。したんだって、この前の春休みに。会ってみてよい人で、向こうもわるくない返事だったから連絡を取ってる、って。けど、豪快に見えてあいつは奥手だからな。その年頃の女性がなにに喜ぶものなのかが分からないって言って、鳥飼に相談に乗ってもらってるそうだ。お相手さんがちょうど、鳥飼と同い年くらいだからって」
 そう告げると、直生は絶句した。黙り込んだままただ目をまんまるにひらいている。
「鳥飼にも聞いたよ。そうなんですか? って。鳥飼も笑ってた。同い年の女性みな一同に同じものが好きだとは限らないんですけどね、ってさ」
「そうなの?」
「そうらしいよ。橋本の照れ笑いと鳥飼の呆れっぷりを見てたらもう、間違いないよ」
「すごい、すごいな、晩は。おれがもたもたしているあいだに、あっという間に解決させた」
「行動力が自慢なんだ」
「すごい、本当にすごい。すごい、」
 直生の体が次第に震えだす。このあいだ、山荘で過ごした夜のときのようなこわばりからではなく、むしろ体が跳び跳ねたがっているような、そういう震えだった。「すごい、すごい」と直生は子どものように繰り返す。いつも大人しいイメージがあったから、この高揚感を通孝は異常に感じた。
「そうなんだ、――晩、すごいよ、すごい――――!」
 瞬間、直生は窓の桟に手をかけて、外へ向けて思いきり吠えた。わー、だったのか、あー、だったのか、とにかく大音量で、通孝はとっさに耳を押さえた。叫んだだけでは足りないのか、直生はその場でぐるぐるとまわり出す。そして思いきり通孝の背を叩き「ありがとう」と言うと、また叫んで――同時に窓枠にひょいと足をかけて外へ飛び出した。
「えっ――!!」
 声が出たのは、ここが一階ではなく二階だったからだ。ぽーん、と直生の体は宙を舞い、しなやかに反り、地面に綺麗に着地した。飛び降りた! と通孝の心はざわめく。本人はそのままの勢いで庭を猛然と走って行ってしまった。目撃したのか、階下の窓から教員が即座に顔を出した。
「こらっ! なにをしている!!」
 共犯でいたずらでもしていると思ったのだろうか、通孝に向かって教員は叫ぶ。すぐさま別の教員が直生の後を追うのが確認できた。通孝は慌てて窓から顔を引っ込め、美術室に逃げ込む。
 すごい、と思った。あの身体能力もそうだし、ありがとう、と通孝に告げたときの表情もそうだし、人間ってあんなに素直に感情を爆発させる瞬間があるんだな、とも思った。信じられないぐらいの躍動感に、通孝は衝撃を受ける。
 急いでやって来た教員にまんまと見つかって職員室へ連行されても、通孝はすっかり惚けてうわのそらだった。
 人がきらきらと輝いて見える、そういう瞬間があるんだな、と。心臓が爆発しそうに痛かった。
 このとき間違いなく恋に落ちた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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