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その日の放課後、通孝は初めて直生と下校を共にした。直生が「これは重要で、緊急の問題」と大真面目に言ったからで、かつ「橋本先生には内緒」だと言う。ひとまず橋本には「春山登山に他の部活動の生徒でも参加できるかどうか」だけを確認しておいた。橋本はあっさりと了承する。いわく「美術部なら鳥飼先生も参加されるからな」とのことで、「スケッチでもすればいいじゃないか」と、持ち前の「あらゆる分野を絡める」思考を堂々と展開した。
直生の話を聞ける場所をあれこれ考えて結局は通孝の家に上げてしまうことにした。空き地や公園では陽が暮れるとまだ肌寒い。図書館ではお喋りなど出来ない。喫茶店に入る金はなかったし、あったとして下校途中の買い食い、飲食店への生徒のみでの立ち寄りは校則で禁止されていた。直生は「うちに来てもいいけど」とは言ったがそこには何か躊躇いが含まれていたので、通孝が「僕のうちの方が近いみたいだし」と適当に理由をつけて直生と帰宅した。
K高地の山荘は通年で営業しているわけではない。冬季は閉鎖する。三月頃に従業員を募って山荘に向かい、住み込みで働かせながら営業再開の準備をして、四月より客を迎える。今は営業が始まったばかりの頃で、よって晩家はなんとなく慌ただしい。祖父と父親は山荘へ行きっぱなしだし、普段、平日は割と家にいる母も、この時期は山荘と家とを行ったり来たりしている。家事は通孝と小学生の妹・志津(しづ)が祖母の指導の下に分担で行っている。
「せっかくだからめしでも食ってって」と言うと、「それは申し訳ないよ」と直生は言った。通孝は「いいんだよ、別に」と軽くあしらう。
「めしは僕や妹が作るんだけどさ。多めに作った方が料理って美味い気がするんだよね。だから食ってって。人が多い方がばあちゃんも喜ぶし」
「……」
「あー、だったらこうしよう。岩永はさ、頭がいいんだろ? 学年で指折りに入るって聞いた。僕は国語や社会がいまいちわかんないんだよね。こないだのテストもそうだったんだけど、単語が滑るっていうか、頭に入ってこないんだ。そういうコツとか知ってそうだから、ついでに教えてくれたらありがたい」
と言うと、直生は「分かった」と言って丁寧に頭を下げた。「ありがとう、お邪魔します」
家では祖母が洗濯物の片付けと風呂の支度を、妹が宿題をやっている最中だった。祖母と妹は急に現れた客にあからさまに驚く。それは直生が長身であるからで、祖母など「いまの子はこんなに大きいのねえ」と言うのだから思わず直生と顔を見あわせてしまった。
「僕だっていまの子だよ。夕飯食べてくけどいいよね」
「もちろんさね。今日はお隣さんから鶏肉をおすそ分け頂いたから、お肉をたくさん食べていくといい」
「え、お隣さん、鶏を絞めちゃったってこと?」
隣家はこの辺でも有数の農家で、家も大きければ庭も広い。その広い庭に鶏を飼い、卵を採っていた。
「なんかねえ、産んだ卵を自分で食べるようになっちゃったから、絞めたんだって」答えたのは志津だった。
「檻が狭すぎたのかなって、おばさん言ってたよ」
「ああ、」
「卵の味を一度覚えるとね、執拗に繰り返すって言うからねえ」
と祖母はしみじみと言い、直生に茶を出してくれた。
だが直生はぼんやりと立ったままだ。
「――岩永、どうした?」
「あ、いや、」
声をかけるとようやく返事をした。
「……親が子どもを食べるんだ、と思って」
小さな声でぽつんとそう、言った。
その日、通孝が用意したのは親子丼と味噌汁と青菜のおひたし、祖母の漬けた漬物、というごく一般的な献立だったが、直生は体の大きさに見合わずあまり食は進まなかったようだ。日頃の食事量をあまりよく知らないのであくまでも推測だが、成長期の少年が食べるにしてはあまりにも少ない、と通孝は感じた。もしかすると祖母よりも食べなかったかもしれないと思うぐらいだった。見ていた祖母は直生が遠慮したとでも思ったのか「もっとあがっていいんだよ」としきりに勧めたが、直生は曖昧に笑ってひたすら茶をすすっていた。
食事を終えて、二階にある自室に直生を伴って下がる。部屋に入ってから通孝は「ごめん」と謝った。直生はきょとんと目を丸くする。
「僕は家が家で、あまり人見知りをしない性質だからこう、……初対面の人でも一緒にめしとか、平気なんだけど、岩永はそうじゃなかったかな、って」
「あ、いや」
「同じ学年だったけど、同じクラスになったのは最近で、自己紹介したのも今日だったもんな。それで家まで連れて来ちゃって、緊張させた?」
「緊張は、ええと、……少し、そう、少しはしたよ」
直生はしどろもどろに答える。
「けど、別におれは、晩に対して警戒していたってことではないし。そう、ちょっと……びっくりしただけ」
「何に?」
「んー……まあ、色々だよ。色々なことに。おれの家とは随分と違うなって、そう思っただけ」
長い手足を上手に折りたたんで、直生は狭い部屋に体を収める。それを見て通孝は昆虫を連想した。カマキリやバッタなんかはこんな風に鎌や肢を備えているものだと。
通孝もその傍に座った。
「――で、なんだっけ。重要で緊急の問題」
「ああ、……いや、先に今日の宿題でもやろうか」
と言うので、通孝は「え?」と聞き返した。
「教えてほしいって言ってたろ、勉強」
「そうだけど、それは」
あくまでも通孝の家に招く建前だ。話があると言っておきながらいざ話せと促すと渋る。よっぽど言いにくいことなのだろうか。直生の言動がいまいちよく分からない。
それを指摘すると、彼は「正直に言うと」と申し訳なさそうな顔をした。
「話す気がなくなっちゃった」
「……緊急の問題なんだろ?」
「緊急だけど、心の問題でもあるから」
そう意味深に言い、鞄から教科書や鉛筆を取り出す。なんだろうな、と通孝は考えるが、よく分からない。だが初対面に等しい間柄であるので、今日はこんなところなのかな、とも思う。
直生が取り出したノートとノートの間に、見慣れた紙が挟まっているのを見つけた。それは通孝の鞄の中にも入っている。個人の身体測定の記録表だった。
「それ」と言うと、直生は「ん?」と顔をあげた。ノートの間から記録表をつまみ上げながら「見ていい?」と訊ねると、直生はぼんやりと「いいよ」と答えた。
記録表は数値を書き込むほかに、グラフにもなっている。直生のグラフはグラフに収まりきらずにはみだし、その急激に右斜め上にあがる線を見て通孝は文字通り目を丸くした。
「188㎝?」
「うん。これでも伸び方がおさまって来た方」
「なんかまだ伸びそうな気がしちゃうね、このグラフだと」
180㎝を超える身長であることがもう驚きで、さらに190㎝に届こうかという結果には、ただただ羨むばかりだ。
「僕は岩永の身長を分けてもらえたらってずっと思ってたよ」
自分の記録表を見せながら直生にそう言うと、直生は苦笑した。
「おれは晩の方が羨ましいよ」
「そうかなあ」
「いい家に育っているんだろうなって勝手に思ってたけど、……本当にそうみたいだし」
そうしてその夜は直生から教わりながら宿題を進め、終えると直生は帰って行った。それだけだったが、それだけでもふたりでつるむ日が、それからずっと続くようになった。
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粟津原栗子
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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