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「じゃあ、とりあえず岩永」
「晩、って格好いいよな」
「変わってるだけだ」
「名簿見て一瞬、日本人じゃないのかなって思った」
「生憎、純国産品なんだ」
笑ってみせると、直生も笑う。大きく表情が動いた訳ではなかったが、岩永直生という少年をよく表す穏やかな笑顔だった。
直生の背後でひとつの机に屯していた天文部員が各々で散り始めた。通孝は「あれ」と指差す。直生も背後を振り向いた。「混ざって何やってたの?」
「星見せてもらってた」
「星? 写真のこと」
「そう。雑誌の写真と星座盤見比べながら星座の話を聞いてたよ」
だったら直生の用事は天文部で事足りたのではないのか。そう言おうとしたら、先に「本当は橋本先生に用事があった」と言われた。
「橋本? いま職員会だと思うけど」
「うん、職員会の前にそう言われた。でも終わったら話聞くから、それまで晩に相手してもらえ、って」
「なんで僕なんだよ」
「山の話が聞きたかったんだ」
と、直生はやわらかく笑った。
「鳥飼先生が、星と山と写真と石の話が聞きたいなら橋本先生だ、って言ってたよ」
「鳥飼? うちの担任の鳥飼が?」
「うん。――晩は先生を呼び捨てるんだな」
直生は楽しそうに笑い、それから「今度、山岳部主催で春山登山するんだろ」と質問を変えて寄越した。
「あー。主催ってかな、先生達がハイキングしたいだけだよ。山岳部員と顧問の先生と、あとは教員の中から希望者募って、てやつ。おれの親父が山の案内も出来るからって、会の名前としては『晩さんと行く春山登山』てな感じでさ。今度、五月の休みの時だよ」
企画は橋本の発案だった。登山というよりはハイキングで、山岳部というよりはワンダーフォーゲル部の方だと思っている。本格的な機材を背負って何日も山に登れる橋本にしてはぬるい企画だが、「新入部員連れて行くならまずはこんなとこからだろ」と言われれば、そうだな、とは思った。
直生は酷く真面目な顔で、「部活が違う奴でも参加出来る?」と聞いてきた。
「あー、橋本に聞かなきゃ分かんないかな。でも初級の山歩きだからいいと思う。なに、岩永も登りたいの、」
「うん。鳥飼先生も参加するって聞いたから」
「岩永、何部なの、」
「美術部。鳥飼先生が顧問だよ」
それを聞いてなるほど、と思った。鳥飼からは新学期が始まる前から指導を受けていたのだ。部員として。だから親しい。
「もっともおれ、絵は描けないけどね」と言う。
「見るのは好きだから、鳥飼先生に色んな展覧会の情報聞いたり、画集を紹介してもらって図書館で眺めたりしてる」
「ふうん。いいと思うよ」
隣の理科準備室から扉が開いて閉まる音がしたので「橋本が帰ってきたかも」と直生に教える。
「ハイキング、行けるか聞けばいいよ」
と、直生を伴って理科準備室へと足を向けると、直生は不意に晩の腕を軽く引いた。
その触れ方に思わず心臓が跳ねた。
「――聞かないの?」
「えーと」
直生はしばらく黙ったが、やがて「おれがハイキングに参加したいって言ったのは、鳥飼先生が行くって言ってたからで」
喋りながら直生は狼狽えている。右手で髪をくしゃくしゃにかき回しながら言葉を探しているようだったが、意を決したのか通孝の目に視線を合わせてきた。
「――協力してほしいんだ、晩には」
「なにを?」
「橋本先生が鳥飼先生に手出ししないように」
「え?」
「おれの見立てだけど、橋本先生は鳥飼先生のことが気になってるみたいだから」
通孝にはその台詞の意味するところをいまいち図りかねた。
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「晩、って格好いいよな」
「変わってるだけだ」
「名簿見て一瞬、日本人じゃないのかなって思った」
「生憎、純国産品なんだ」
笑ってみせると、直生も笑う。大きく表情が動いた訳ではなかったが、岩永直生という少年をよく表す穏やかな笑顔だった。
直生の背後でひとつの机に屯していた天文部員が各々で散り始めた。通孝は「あれ」と指差す。直生も背後を振り向いた。「混ざって何やってたの?」
「星見せてもらってた」
「星? 写真のこと」
「そう。雑誌の写真と星座盤見比べながら星座の話を聞いてたよ」
だったら直生の用事は天文部で事足りたのではないのか。そう言おうとしたら、先に「本当は橋本先生に用事があった」と言われた。
「橋本? いま職員会だと思うけど」
「うん、職員会の前にそう言われた。でも終わったら話聞くから、それまで晩に相手してもらえ、って」
「なんで僕なんだよ」
「山の話が聞きたかったんだ」
と、直生はやわらかく笑った。
「鳥飼先生が、星と山と写真と石の話が聞きたいなら橋本先生だ、って言ってたよ」
「鳥飼? うちの担任の鳥飼が?」
「うん。――晩は先生を呼び捨てるんだな」
直生は楽しそうに笑い、それから「今度、山岳部主催で春山登山するんだろ」と質問を変えて寄越した。
「あー。主催ってかな、先生達がハイキングしたいだけだよ。山岳部員と顧問の先生と、あとは教員の中から希望者募って、てやつ。おれの親父が山の案内も出来るからって、会の名前としては『晩さんと行く春山登山』てな感じでさ。今度、五月の休みの時だよ」
企画は橋本の発案だった。登山というよりはハイキングで、山岳部というよりはワンダーフォーゲル部の方だと思っている。本格的な機材を背負って何日も山に登れる橋本にしてはぬるい企画だが、「新入部員連れて行くならまずはこんなとこからだろ」と言われれば、そうだな、とは思った。
直生は酷く真面目な顔で、「部活が違う奴でも参加出来る?」と聞いてきた。
「あー、橋本に聞かなきゃ分かんないかな。でも初級の山歩きだからいいと思う。なに、岩永も登りたいの、」
「うん。鳥飼先生も参加するって聞いたから」
「岩永、何部なの、」
「美術部。鳥飼先生が顧問だよ」
それを聞いてなるほど、と思った。鳥飼からは新学期が始まる前から指導を受けていたのだ。部員として。だから親しい。
「もっともおれ、絵は描けないけどね」と言う。
「見るのは好きだから、鳥飼先生に色んな展覧会の情報聞いたり、画集を紹介してもらって図書館で眺めたりしてる」
「ふうん。いいと思うよ」
隣の理科準備室から扉が開いて閉まる音がしたので「橋本が帰ってきたかも」と直生に教える。
「ハイキング、行けるか聞けばいいよ」
と、直生を伴って理科準備室へと足を向けると、直生は不意に晩の腕を軽く引いた。
その触れ方に思わず心臓が跳ねた。
「――聞かないの?」
「えーと」
直生はしばらく黙ったが、やがて「おれがハイキングに参加したいって言ったのは、鳥飼先生が行くって言ってたからで」
喋りながら直生は狼狽えている。右手で髪をくしゃくしゃにかき回しながら言葉を探しているようだったが、意を決したのか通孝の目に視線を合わせてきた。
「――協力してほしいんだ、晩には」
「なにを?」
「橋本先生が鳥飼先生に手出ししないように」
「え?」
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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