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 通孝は気づけば舌打ちしていた。有起哉は情事の痕跡を残したがらなかったが、確かに自分でせがんで噛んだり吸ったり、そういうことをさせて遊んだ時期があった。出来るだけ人に見られぬよう注意をはかっていたつもりだったが、直生に対しては鈍いから気付くまいと油断もしていた。
 舌打ちに、通孝は直生に対して怒ったのだと勘違いしたようで、直生は即座に「怒らせてごめん」と謝った。
「違っていたら、」
「いや、違わない。自分の行動の甘さに腹が立っただけだ。そうだよ、僕はゲイだ。……気持ち悪いよな」
 と言ったが、直生はやわらかく微笑んで顔を振った。
「気持ち悪くはないよ。びっくりはしたけど、でも、その、……きみはそんなに、なんていうのかな、がつがつしてないっていうか、」
 そこで言葉を区切り、考え、また発言を続けた。
「セクシュアルな部分を、少なくともおれは見たことがなかったから」
「……」それは出さないように最大限注意を払っていたからだった。直生にだけは嫌われたくなかったし、蔑まれたくなかったし、ホモで気持ち悪いなどと思ってほしくなかった。
「うん、……きみのこと全然知らなかった。きみの秘密を探って当てちゃって、だからの交換条件ってわけじゃなくて、おれももう白状するんだけど、……中学生のころ、おれは、母親と関係してた」
 それを聞いて、通孝は目を見開いた。わん、と耳の奥でいま聞いた台詞がおかしなふうに増幅される。
 ――母親と関係してた。
「驚くよね。……でもこれはずっと、きみには言いたい、と思ってたんだ。ようやく言えた、こんな歳になってさ」
「直生、それ、もしかして鳥飼は、」
「いや、早先生には言わなかった。言えなかったよ。毎晩母親にレイプされてますとかさ、……。母子家庭ってことで、色々と気にかけてはもらったけど、」
「……そういえば母親のこと、話してたな、きみは」
 直生の母親は直生の父のことが大好きで、だが直生の父はアルコール依存で早世した。残された息子を見ると夫の面影を重ねて辛い、だからひっぱたいたり、急に抱きしめて来たり――。
『親が子どもを食っちゃうんだなって、思って』と、いつかの直生の台詞が不意に蘇る。あの真意。
「中学になって急に背が伸びて父に似て来た、……息子が『男』だと意識してしまった。地獄だったよ。寝てるあいだに布団に潜りこまれて、しゃぶられて、……泣きながら父親の名前、呼ぶんだ。拒絶すれば叩かれた。だから学校が終わっても家に帰らないようにしてた。もしくは押入れに閉じこもって内側からつっかえ棒して眠ったり。夏は暑くて何度も気を失ったな。
 中学三年生できみと知り合えて、すぐ家に招いてくれただろ? ここにも呼んでくれた。安心できる逃げ場が出来て、心底ありがたかった。きみという存在は、本当に、本当に、おれにとっての救世主だったんだ。だから……結婚して子どもが出来てまた追い詰められてったときに、きみのところに逃げよう、って、逃げなきゃだめだって、そう思ってここへ来た。そしてまたきみはおれを助けてくれた。スーパーヒーローだよ。きみにどれだけ恩を返しても返せない。感謝、……それしか、ない」
 通孝は知らずに涙を流していた。告白は、衝撃だった。驚き、悲しんだし、でも喜びが体を貫いていて、やはり辛かった。この男にとって自分はなにかかけがえのないものになれていること。けれどそれは自分が望んだ関係ではないこと。こんなときでもエゴイズムが顔を覗かせて、いやになる。
 泣くなよ、と直生は情けなく笑った。それはいつもおれの役割じゃないか、と。手を伸ばしかけて彼はそれを引っ込めた。「不用意に触らない方がいい?」
 ああそうか、ゲイである友人を気遣ってくれたんだなと、そのやさしさが腹だたしかった。
「いや、ゲイにだって好みはある。男だったらだれかれめっぽう構わず好きだってわけじゃないんだ」
「はは」
「そういうやつもいるけどな」
「……握手、してもいいかな」
「……いいよ、」
 直生の大きな手が通孝の手を包む。はじめて好きな男にまともに触れたな、という感動に立っていられなくなるほどだった。固く握手をしてからは、どちらからともなく手を伸ばして体を引き寄せ、抱きしめあった。あくまでも友情がもたらすそれとして。心臓の音が伝わりませんようにと願いながら、間近で嗅ぐ男の体臭や、豊かな肉の質感に、狂喜していた。
 同時に、これ以上の喜びはこの男からはない、と悟る。
「きみはヒーローだ。本当に、ありがとう」
「まだ、すぐここを下りるわけじゃないだろ、」ず、と鼻水をすする。
「そうなんだけどね。きみにきちんと、話したかった」
 ドン、と荒っぽく背、というより腰の辺りを叩いてやる。「辛くなったらいつでも逃げて来いよ」
「いつか、きみの恋人の話も聞かせてくれ」
「そんなの、いないけどな」
「嘘言うなって」
「本当だよ」
 ひと通り言い合って、体を離す。
 その翌週、晴れを予感させる早朝。直生は「行って来ます」と言ってH岳連峰に入った。そしてついに「ただいま」は聞けず、だから「おかえり」も言えなかった。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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