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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 いびつなかたちで、交際ははじまった。それがもう二年も続いているのだから、慣れというのはおそろしいことだと思う。はじめから黄信号だった。いまでは赤信号でも平気で渡る。
 自分が志津馬を好きだという意識はなかった。愛おしく思う気持ちならあった。ひどいことをした後は、殊更やさしくしてやりたいと思う。乱暴に扱ったからやさしくしたいと思うのか、元から愛おしい気持ちがあるのかは、よく分からなかった。
 志津馬を見ていると、こうありたかった自分、というものを見せつけられる気がして、むなしくなる。
 志津馬は着実に力をつけ、名を広げていった。いくつでも湧くインスピレーションを、思いついたままにキャンバスに載せていく、その繰り返しの毎日。半日だけバイトに出かけ、半日は絵に没頭する。そういう暮らしを、満だってしてみたかった。
 むなしさ、やるせなさ、妬み嫉み、憎しみ。けれど嫌えないのは、志津馬が満に夢中だからだ。才能があるくせに、満なんかを好きでいる。乱暴に抱く時、いつも思う。もし志津馬になんの才能もなかったら、めちゃくちゃに愛してやれるのにな、と。ただの男だったら、かわいい顔をしているだけだったら、
 ――いや、そうだろうか。
 そもそも満の興奮の相手は女性で、志津馬ではなかったはずだ。別れてしまったが、過去には何人かの女性とつきあった。志津馬を抱くのは、ただ酔っているからなのではないかと思うときがある。才能のある志津馬が、男同士という禁忌を冒してまで満を選んだ、という事実に。自分が選ばれた人間みたいに思えてくる。優越感、その後にやってくるのは、ひどい自己嫌悪。
 やはり、志津馬が描けなくなればいいと思いながら、志津馬を乱暴に抱く。
 コインに表と裏があるように、自分にもそういう顔が存在しているみたいに思えた。表面の満は真面目な勤務態度で仕事をこなし、志津馬に優しく笑いかけ、家事を進んでやる。志津馬の才能を応援してさえいる。鳥が飛ぶのを魚が泳ぐのを不思議がって眺める瞳を、微笑ましく思っている。
 裏面の満は、志津馬への憎悪でいっぱいだ。才能を憎く思い、なぜ自分には与えられなかったのか自己を責め、その怒りを、志津馬にぶつける。志津馬が泣いて懇願するのを喜んでいる。今日は裏、裏、表。明日は表、朝は表だったけれど夜は裏。そんなふうに、コインはくるくるとひっきりなしに裏返りながら日が過ぎる。
 大学卒業の年から二年が過ぎ、志津馬は変わるかと思ったが変わらず、創作活動を続けている。夢を諦めることを知らず、キャンバスに描きつけることしか知らない無垢な瞳と毎日いつでも対面する。自分はひどく変わったと思う。裏、表、裏、表。
 なぜ志津馬の傍で生きているのかな、と最近はよく思う。


 梅雨で、毎日のうっとうしい雨に苛々している。おまけに声すら聴きたくないと思っている女から仕事中に電話がかかってきて、さらに苛々した。凜子(りんこ)は大学時代の同期で、志津馬と仲が良かったが、満とはとことん馬が合わなかった。ナチュラル系オーガニック女子、とでも言おうか。おっとりとした喋り口調で、ふわふわとしたことしか言わなかったが、その裏で頭の回転の速い女だということは分かった。天然を装っている、そのあざとさが気に食わなかった。
 彼女はその日もまた、ゆっくりと丁寧に、しかし強めの語気で、ことを語った。
『骨折』
「え?」
『志津馬くんがね、梯子から落ちて右腕を骨折したのよ。ほかもにもね、打った箇所があちこちあるから、念のために精密検査をね。ねえ、聞いてる?』
 うるさい喋り方だ、と思いつつも、心臓が冷えた。明日からの個展に向けた準備で、志津馬はギャラリーへ作品搬入に出かけていた。凜子はその手伝いに駆り出されていた。満も頼まれていたが、仕事の日だったので断った。志津馬の絵を見たくなかったし、展示の準備にせわしないスタッフを見たくなかったからだし、凜子にも会いたくなかった。
 梯子は、展示のスポットライトの調整に使っていたという。スタッフに任せればよいものを、人手が足りないからと言って、志津馬自ら梯子にのぼって手を伸ばしたという。ばかだな、と思う。雨のせいで頭がうまく働かない。志津馬が落ちて怪我をして、それで? とぼんやりと窓ガラスに落ちる水滴を見ながら、思ってしまった。
『志津馬くんを病院に迎えに来てほしいの。お医者さんがお話があるみたい。あ、保険証の場所がね、志津馬くんの部屋の机のいちばん上の抽斗に入っているからそれも持ってきて欲しいって』
 用件だけ話すと、凜子からの電話は切れた。彼女もまた満のことを快く思っていない。長電話は、しようもなかった。
 重たくため息をつき、仕事をこなし、満は退社時間ぴったりに退社した。いったん家に寄らねばならないのが面倒だ。
 病院ではすぐに志津馬に会わせてはもらえなかった。ナースステーションに志津馬を引き取りに来た旨を告げると、別室へ案内された。診療時間の過ぎた診察室だ。そこへぼさぼさの白髪頭の、黒縁眼鏡をかけた白衣の男性が看護師を伴ってやって来る。やあやあ、お待たせしてすみません。ちょっと色々と手間取っていましてねえ。医師は久野(くの)と名乗った。
 志津馬の傷を聞いた。梯子から落下した際、手を思い切り突いて、右手首を骨折、肩を打撲。倒れてきた梯子の下敷きになり、眉間を切る。目に当たらなくて良かったですよ、と久野は言った。頭は大丈夫。
 ほか、身体中に、とりわけ背中に傷があることを指摘した。
「治りかけているんです。だから今日出来た傷ではない。ではいつのものか? おそらくここ一週間、といったところでしょう。叩いて出来たと思われる傷です。こう、うつぶせにしたところに、左手で襟首を掴んで抑え込んでね、右手で、思いきり叩いている。何度も」
 冷や汗が一気に噴き出した。ようやく霞んでいた意識が覚醒する。
 そこまで分かるものなのかと、満は目の前の一見とぼけていそうな老齢の医師が怖くなった。
「あなたは村瀬志津馬さんと、どういうご関係ですか?」
 久野の目が鋭く冴える。
「……ルームメイトです。それだけです」
「村瀬さんの傷のことを、ご存知でしたか?」
「……知りません」
「私たちは村瀬さんの傷を、DVによるものだと考えます」
 久野ははっきりと言った。
「親しい誰かに繰り返し、暴行を受けている傷です。城田さん、……心当たりは?」
「分かりません。僕では……ありません。僕は知りません」
「城田さん」
「僕は、……知りません」
 そう言うのがやっとだった。喉がやたらと乾いている。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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