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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 関係が変わったのは、同居をはじめてから三か月ほど経った、初夏の日だった。
 帰宅すると、静かだった。志津馬のアルバイトが休みだというのは聞いていて、そういう日志津馬は、音楽を流しながら自室で制作に没頭しているのが常だった。ほか、制作をしていないときでも、満が帰ると玄関まで走って出迎えるのが志津馬という男だったので、暑っ苦しい出迎えがないのは、なんだか拍子抜けして落ち着かなかった。絵具でも買いに出かけたかな、と見当をつけつつ、廊下を進む。
 志津馬の部屋も静かだったが、扉がわずかにあいていた。不意に部屋の中から「みつる」と掠れた声が聞こえた。呼ばれたと思い、満は志津馬の部屋の扉を無遠慮にあけた。
 最初に見えたのは、志津馬の腰から尻の、ほとんど白に近い肌色だった。志津馬はベッドに横たわり、ハーフパンツと下着を膝まで下ろして、懸命に自分自身の性器をこすっていた。かたく目を閉じていたが、満の気配に、はっと目をあけた。手指の動きも止まる。
――いま。
「みつる」と呼びながら、自慰をしていた。
 志津馬は慌てて布団に潜ろうとしたが、満の方が素早く動いた。志津馬の、男にしては華奢な身体をベッドに押し倒し、両手首を縫い止めて、満は真正面から志津馬の顔を覗き込んだ。
「――おまえ、おれが好きなのか?」
「……」
「おれの名前、呼んだだろ。……これ、硬いぞ、」
 膝で、志津馬の股間を押す。そこはぬるついていて、満の穿いているチノパンの布地を汚した。
「しずま」
「……」
「ほら、志津馬、」
 呼ぶと志津馬は観念して、消え入る声で「すき、」と言った。
「なに? 聞こえない、志津馬」
「すき、すき、です。ごめん。満、ごめん、……」
「なんでだよ」
「嫌いにならないで、汚いって言わないで……」
 その言葉が、満の心のどこかに深く刺さった。すさまじい喜びだった。日ごろ妬ましいと思うやつが、自分のことを好きだと言っている。それは志津馬の弱点となりうるのか。おれにとっての、利点になりうるのか。
 ごめんなさいを繰り返す唇を唇で塞ぎかえすと、志津馬は目をまるくあけた。
「……満、どうして?」
「おれに嫌われたくないか、志津馬」
 訊くと、志津馬はしばらくの沈黙の後に、こくんと頷いた。
「ごめん」
「謝るより、見せろ」
 膝でぐいぐいと股間を押してやると、志津馬は「あっ」と鼻にかかった声を出した。
「志津馬、見せろ。自分でしてるところ。おれを頭の中でつかってたんだろ」
「……」
「おまえの中でおれはなんて言ってんだ? ほら、見せてみな、見ててやる」
「……できない、」
「できないことないだろ。……ああ、じゃあ、触ってやる」
 志津馬の身体は軽く、簡単に持ちあがった。ベッドの縁に腰かけ、その上に志津馬を乗せる。背後から抱きかかえる格好で、足を大きくひらかせて股間に手を伸ばすと、志津馬の肩先がひくりと跳ねた。目の前に白い首筋が剥き出されている。背骨の、ぽこりと浮いた骨を満は舐めた。
「いや、汚いから、満」
「汚くないよ……ほら、自分でも触ってみろよ」
「……いや、」
「志津馬の、真っ赤でぬるぬるしてる」
「いやだ……」
「こうされたかった、ってことだろ」
 志津馬の、小ぶりな性器をゆっくりと見せつけるように扱く。先端を指の腹でぴとぴとと叩くと、粘液が糸を引いた。いやらしいな、こんなに感じて、しずま――過去、どこの誰にも言ったことのない卑猥な台詞を、志津馬の耳に吹きかけるようにして発音した。志津馬はいや、いや、とそのたびにかぶりを振ったが、手を取って性器に導いてやると、困った顔で背後の満を振り返った。
 満にいいように性器を弄られ、快感で真っ赤に潤む瞳、頬、ふっくらと赤い唇。きゅっと寄った眉根。そそられて、満はその唇にキスをした。貪るように口内を探りながら、手のスピードを速める。手の下にある志津馬の手は、そのうち自立して、自らの性器を扱きはじめた。
「――ふ、んんっ!」
 唇を塞いだまま、志津馬はいった。精液は壁に立てかけてあった制作途中の絵画にまで飛んだ。それを見て、満の心臓がどくんと音を立てる。憐れだと思い、こうすれば志津馬の絵が汚せる、と分かって、興奮した。満自身の性器もまた、すっかり硬く、布地を押しあげている。
 茫然と荒い息を吐く志津馬を、先ほどと同じくベッドに押し倒す。志津馬はされるがままだったが、服を脱ぎはじめた満を見て、ようやく顔を持ちあげた。
「……満?」
「おれがいってない」
 志津馬の脚の間に身体を滑り込ませる。志津馬の尻を探り、窄まりを押して「いいよな」と言うと、志津馬の身体が途端こわばった。
「あ、うそだ、……満っ」
「男同士って、ここつかってするんだろ、志津馬」
「知らない、おれしたことない……いやだ、こわい、」
「志津馬」
「こわい」
「怖くない。――それとも嫌われたいか、おれに」
 つめたく言うと、志津馬は黙った。これじゃ完全にレイプだ。自分の口から出た脅し文句に愕然とした。がんがんと頭の奥が痛む一方で、性欲は膨れあがる。奇妙に興奮している。手が勝手に動く。志津馬のそこは、狭くて、きつかった。
 それから志津馬は、痛い、とも、怖い、とも、やめて、とも言わなかった。ただ黙って満のすることに耐えていた。途中、夢中で腰をつかっているときにふと、頬を撫でられた。「満っておれのこと好き?」と訊くので、ああ、と頷いてやった。それはうめき声に近く、ただ息継ぎの合間に漏れ出た声だったのかもしれない。
「――そうだよね。だからこんなことしてるんだよね……」
「……」
「おれもだいすきだ」
 そう言って、志津馬は笑ってみせた。その瞬間、満は吐きたくなったが、腰を動かすことに没頭した。性器さえ擦っていれば、性感に我を忘れた。最悪に長い、はじめての夜だった。


 翌日は志津馬の方が先に目覚めていた。目をあけたらしげしげと満を見つめているピュアな瞳があって、満はひどくうろたえた。志津馬はすぐに笑顔に変えて、「おはよう、満」と言った。ひどい夜だったというのに、なにがそんなに嬉しかったんだろう。朝の光の中、洗濯だの朝食の支度だのでちょこまかする志津馬を捕まえて、満は、「その、昨夜は」と言った。その後の句はなにを言うべきか迷って、結局「大丈夫か、身体」と訊ねた。
 志津馬はほっと笑って、「身体は平気。――嬉しかった」と言った。
「満とはじめて一緒に寝た」
「ああ、……うん」ひどい行為の後、そそくさと自室に戻れば良かったのにそうしなかった。志津馬に対する罪悪感があり、なによりも不憫で愛おしい気持ちが湧いて、昨夜は志津馬のベッドで志津馬を抱き締めて眠った。
「満はさ、あったかいなあって思って、静かに眠るなあって、……嬉しかった、いっぱい発見があって」
 鳥の羽や、外国のコイン、珍しいかたちの瓶に、つかいかけの刺繍糸。志津馬はいつかそういったものを「おれの宝物」として見せてくれたのだが、そのときとまったく同じ顔をしていた。満は心から悲しくなったが、泣かなかった。どうやったら壊せるのだろう、この純粋さを。心の中に暗雲が立ち込めてゆく。濃く水蒸気を含んだ、雨雲。
「おれのことすき?」と志津馬が訊ねる。満はどうしていいのか分からぬまま、吐息を漏らしてちいさく頷いた。
 志津馬が笑ったのが空気で伝わった。
「満、だいすき」


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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