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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 理はあえてゆっくりと洗濯ものを片付け、遅れて階下へ降りた。台所には短髪の、いかにも快活そうな男がいた。「こんばんはー」と理を見て手を振る。Tシャツの袖から露出する腕は太く、よく鍛えられた身体をしていた。
 こんばんは、のイントネーションがここら辺とは違った。
「夜分にすんません、立花求(たちばなもとむ)言います。シローとは大学の同期ですわ。まあ、シローよりおれの方が先に卒業してもうたんやけど。いま夏休み中でして、あ、映像編集の会社に勤めてんのですけどね。ま、夏休みやーて、青春十八きっぷ使て電車旅してんのですわ。ちょうどこっちまで来て終電なりそうやて、シローに連絡してお邪魔しちゃいました。今晩よろしゅう頼んます」
「えーと、キューの出身は関西なんだよ。ごめん、うるさいね」
「きゅう?」
「あ、あだ名。名前が『求める』って書くから」
「せや、ずっとキュー呼ばれてますん、お兄さん? もどうぞお好きに呼んだってください。もうね、ちんまいころからキューやキューや呼ばれて、自分でもほんまの名前キューやないかって思うぐらい。立花キューやどう思います? なんか芸名みたいでこれでデビューできそう、て、なにデビューや、ははは」
 関西の人間が皆うるさいとは思わないが、よく喋ってやかましい。慈朗は慣れているのかもしれないが、理にはややきつかった。生徒でもよく喋る傾向の人間はいるのだが、理は必ずしもそれを好んではいない。
 あとは好きにしてくれ、と半ばあきれて理は隣の部屋に入った。
「あ、理、」
 気にしたのか慈朗が声をかけたが、手で合図して特に答えはしなかった。布団に横になるも、隣から声がよく聞こえた。「うるさくしてもうた? お兄さんなんやシローにあんま似てないな。怖い人やな」
「それがうるさいんだって。もう喋るな。喋ったら追い出す」
「そない無理言うなって。口から生まれて来たんがおれや。分かった、わーかった。音量落とすで。こないなぐらいでどや? そんな目で睨むなって」
 声がひそひそと潜められたが、音が聞こえていることには変わりない。理は寝返りを打つ。
「せやけど、怖そな人やけん、なんか雰囲気ある人やな。浴衣なん着て、よぉ似合ぉてる」
「……いいから、風呂場あっちだから、入って」
「一緒に入らへんの? 寮じゃよぉ長風呂したなぁ」
「入らねえよ!」
 いつまでも声が耳障りで、寝返りばかり打った。
 寝苦しい夜を過ごして、ろくに休めないまま朝を迎えた。熱を測ると微熱程度で、身体は重たいものの動けないほどではなかった。やはり今年の夏風邪は手加減があったのだろうか。だるさを引きずりながら簡単に朝食を作り、家を出て学校に向かった。玄関に脱ぎ捨てられたスニーカーを見て、うんざりする。あのやかましい男の顔をあまり見たくないし、自分が出かけているうちにまた旅に出るだろうと思った。
 登校すると、先輩美術教諭に驚かれた。「てっきり今日はおやすみされると思っていましたよ」と言われ、理は曖昧な返事をする。頭が重くてうまく働かないが、仕事が出来ないほどでもないのだ。「意外と動けるので、仕事をします」と言うと、彼女はそれ以上深くは追及しなかったが、後で「休憩にしましょうよ」と言って出してくれたのは梅昆布茶だった。いつも飲むコーヒーよりはこういう簡単なスープみたいなものの方が入るので、ありがたかった。
 早く帰れそうだったので生活雑貨の買い出しだけして帰るか、慈朗に連絡を取るか考えて、面倒になって車を動かした。繁華街にある古い映画館に入り、上映の近い適当な映画を選んで中に入り、椅子に深く腰掛けて目を閉じた。車の中で眠るには冷房をずっと効かせていなければならないし、うまく日陰を見つけられなければ日光がたまらない。こういうところの方が眠れる、と思った。うまいこと静かな音声の映画だったので、理はうとうとと眠った。次第に寒くなって起きた。映画館を出るとまたうだる暑さに飲み込まれ、車のエンジンをふかして家に帰る。もうさすがにいないだろうと踏んだ。
 それが、「おかえりなさーい」の調子はずれな明るさで迎えられて、理は閉口した。
 慈朗が申し訳なさそうな顔をしながら、やはり「おかえり」と言った。
「すんませんね、長居してます。また移動しよう思たんですけどね、久々にシローの顔見れたし、なんやおもろくなりまして。ここら辺あちこち案内してもらうことにしたんですよ。電車旅だと電車のあるところにしか行けへんですしね。今日はあすこ行きました、あすこ。高原美術館」
 ぺらぺらと立花はよく喋った。電車のあるところにしか行けないことを気にするなら端から電車旅なんかやめちまえよ、と心の中で理は悪態をつく。「シャワーをつかいますので」と適当に追い払って浴室へ逃げこんだ。ぬるいシャワーを頭からかぶっていると、「理、いい?」と慈朗が脱衣場から声をかけてきた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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