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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 その夏は梅雨明けが遅かった。
 梅雨の終わりまでしつこく残った雨のおかげで地面は乾かず、湿度の高い不愉快な八月だった。日光は照り、風は凪ぐ。理が数年前に異動してきたいまの学校は施設が古く、よって設備も古い。冷房の効きが悪く、効いたとしてかび臭い嫌なにおいしかしなかった。夏休みに入れば授業はない。生徒もいない。そういうわけで、冷房自体もごく控えめな使用だった。
 いまの学校に移ってから、理は車で通勤するようになった。前やその前の学校は実家から比較的近かったので公共交通機関を使ったのだが、異動して、遠くなった。単身赴任する案も少しは考えたが、慈朗が嫌がったので、やめた。つくづく甘い自分を自覚する。それにそこまでして自家用車で通いたくない理由があるわけでもなかった。(あまりにも問題の多い学校だと鬱屈した生徒によって車にいたずらされる、という懸念はあったが、いまの職場はそれを心配するほどでもない。)
 連日の猛暑日、連夜の熱帯夜。身体にこもる熱を理はうまく発散できない体質のようで、それは発汗機能などが関係してくるように思うが、解明に至ったことはない。とにかく八月は消耗する。その消耗がピークに達したとき、理は起きあがれなくなる。それが毎年のことで、頭痛、眼痛、めまい、倦怠感などの予兆がある。
 その日も理はそのにおいを嗅ぎ取った。これはまた調子を崩すな、と思える予感だ。毎年断っても断ってもばかみたいに丁寧にやって来るのだからお中元みたいなもので、だったらつめたく冷やした水ようかんだったら嬉しいのにね、と言ったのは赤城だった。赤城はひどい甘党なのでそういう思考になるようだった。それを慈朗に話したら、「おれなら果物がいいな」とコメントした。「桃だと嬉しい」と言う。慈朗の実家では毎年Oの親戚から白桃が贈られてくるといつか聞いたことがある。
 そういう、くだらない過去のことを思い出しながら、慈朗に連絡は入れておいた。「今夜からおそらく寝込む」「早く帰る」。あまり詳細なメッセージを送らなかったが、通じるだろうと思った。慈朗と暮らしはじめて二年目の夏で、看病など人の世話のへたくそな慈朗だから、要するに「こちらのことは心配せずかまわないでいい」という意味合いも含んでいた。
 早めに帰宅するも、家の中は空だった。慈朗は一昨日の早朝から出張で留守だが、今日は帰って来る。帰宅の時刻までは聞いていなかった。まだ帰らないんだなと思いつつ、寒いんだか熱いんだか分からぬ身体を引きずって、台所の隣の六畳間に布団を敷いた。いつ「お中元」がやって来てもいいように準備は整えてある。二階まで上がる気力がないので洗濯物は慈朗に任せることにした。そのうち帰って来るだろうと思いながら布団に横になってまどろんだ。
 夜になって目が覚めた。まだ陽がなんとなく残っていてほの明るい。いつもならもっと早く熱が上がり、食欲が失せ、起き上がれなくなるほどなのに、発熱の度合いが緩やかだ。こういうのが案外重症化するんだよなと懸念しつつ、身体を動かして風呂場へ向かった。濡らしたタオルで身体を拭って着替える。夏場、一昨年あたりから理は寝る際に浴衣を使っていた。父が好んで使っていたものが整理の際に出て来て、状態がよかったので使うことにしたのだ。羽織って腰を緩く結ぶだけなので、慣れてしまえばパジャマより手早く楽だった。
 慈朗はいない。戻っていないということは洗濯ものは取りこまねばならない。二階へ這い上がって物干し場から衣類を下ろした。ガラス張りなので放っておいても風雨に当たる心配はないのだが、こういう細かなところに癖のあるのが理という男だった。
 階下で人の声がした。どうやらひとりではなく複数だ。慈朗だろうか、とぼんやり考えていると、今度ははっきりと物音がした。誰かが二階へ上がって来る。
 ひょこっと顔を覗かせたのは慈朗だった。
「ごめん、いま理からのメッセージ読んだ。身体、辛い?」
「まあまあ」
「そっか……あのさ、実は友達が来てて、……大学の同期で、同じ寮だったんだけど。そいつが泊まらせてくれって言うんだ。同居人がいるからだめだって言ったんだけど、ひと晩ぐらいとか言われて、それで」
 それで声がふたつ聞こえたのか、と納得した。
「別にいい」
「いや、帰らすよ。理の夏風邪の方が心配」
「思ったよりは熱が上がってないんだ。今年のお中元は手加減したんじゃないの。おれは下で寝るから、泊まらせてやんな。二階、そっちの部屋は空いてるんだし」
「東部屋?」
「朝日はいちばんに入るだろうけど」
「いや、……ごめん、理」
 慈朗の手がするりと理の額に伸びた。「確かに熱はあんまりないね」と慈朗が言う。襟元のあいた薄手のTシャツから見える、汗をかいた肌が妙になまめかしく、恋しかった。慈朗に会うのが三日ぶりだからか、風邪で人恋しくなっているのか。
 おかえりを言い忘れたと思い、それを口にしようとして、階下から「シローっ? まだかー?」とよく響く声が聞こえた。頭の芯にぐらぐらする太さだった。
「ああ、もう……」
 慈朗の身体がぱっと離れる。そのまま階段を下りると思いきや、ふと立ち止まり、理の元へ駆け寄ってきた。
 理の肩口に額を載せて「ただいま」と言い、すぐに下へ降りて行った。



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マロンさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
マロンさんの柾木に対する「愛」(?)が伝わって思わず笑ってしまいました。そんなに好かれているとはと驚いています。柾木、よかったなあ。
この番外編は柾木が風邪を引く、という話ですので、ご心配をおかけするかもしれません。慈朗には慈朗なりの想いもあります。引き続きお付き合いください。
拍手・コメントありがとうございました。
粟津原栗子 2019/08/31(Sat)06:39:11 編集
プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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