忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 翌朝、漠さんはなかなか起きてこなかった。一方で深山くんはかっちりとシャツを着こみ、元の涼やかさに戻ってしまっていた。それでも深山くんの表情に影が差しているのを私見逃さなかったわ。げんなりと、疲れている風に見えた。
 私が足元へ寄ってきたのを見て、深山くんは「きみってさ」と私に声をかけた。
「人の言葉がわかるって本当?」
 漠さんがそう言ったのかしらね。確かに分かるわ。でもそれは漠さんの前だけの話にしているの。深山くんの言葉に、私は知らんぷりよ。
 深山くんは困った風だったけれど、コートを着こみ始めた。帰るのかな、と思いきや、なにか書き置きを残している。散歩に出かけるみたい。荷物はそっくり残したままだった。
 私はついていく。足が冷たいわ。後からてってってってとついてきた私を見て、深山くんは「ついてくるんだ、」と表情をほころばせた。今回は特別よ。あなたが淋しそうだったからね。
 歩きながら、深山くんは「おれ、恋人がいるんだ」と語りはじめた。
「付き合ってもう十年だよ。一緒に暮らし始めて四年。結婚、という道は男同士だからないんだけど、一緒に暮らしていればさ、見てくれはもう同じようなもんだよ。おれはあいつの分のめしまで一緒に作る。食器洗いはあいつがする。ふたり分の布団を干しておいて、同じ部屋で眠る。夜中にあいつのいびきで起きる。暮らし始めの最初はそんなことさえ微笑ましくて、うるさいなって苦笑して、わざと鼻をつまんで起こしてみたりしたけど、最近は腹立つだけだから、枕を投げたり、蹴とばしたり、耳栓をしたりでまた眠る」
 ここがどこなのかを深山くんは分かっているのか、途中の林道を折れて山道へと入っていった。ざくざくと枯れ葉の折れる音が響く。
「これを幸せというんなら、おれはひとりでいいやって思った。それぐらい、飽き飽きしてしまった。……あんなに好きだった相手なのにな、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
 向こうはそろそろ両親におれのこと話したい、って言ったんだ。それをおれは拒んでいる。逃げちゃいたい気持ち。おれの気持ちはとっくに離れていて、向こうは諦めずにこれからやって行こう、と思っているのが、とても重い。ああ、このままだと一生この気持ちのままあいつと添うんだって。気が遠くなった。そうやって腐ってたころ、漠さんに会った。人馴れしなくて、不器用で、でもすごい絵を描いて、……惹かれるのはあっという間だった。おれは、あの人がかわいい。すごく、かわいい人だ」
 深山くんはそこで立ち止まって、空を仰いだ。葉を落とした木々の枝の向こうに、青空がちらついている。冷たい空の色をしている。
「漠さん、そういうの全部聞いて、でもおれに抱かれてくれた。今夜だけだっていう約束。……漠さん、薄い体でおれにいいように扱われて、すごく苦しそうだったし、痛そうだった。今日だって起き上がれてないし。なんで、なんでセックスなんかしたかな。気持ちよくなきゃ、一晩だけの相手だなんて全然意味ないのに――」
 深山くんは手で顔を覆い隠すと、そのまま枯れ葉の上に膝をついた。上等なスラックスの膝が汚れてしまうのも構わずに。
 彼はう、と呻いた。泣いているのかもしれないわ。
「――たとえばあいつと別れて、漠さんと一緒になった先にあるものがいまのおれと同じだとしたら、漠さんに飽き飽きしてしまったら、おれは漠さん以外の人とまた恋をするんだろうか?」
 どうかしらね。そういう場合もあるし、そうでない場合だってたくさんあるわ。
「そう思ったら、――踏み出すのが怖い。いまのままがいいんじゃないかと、」
 そのとき、向こうからがさがさと葉っぱを踏み分ける音が聞こえてきた。「ああ、いた、いた」とそれは漠さんだった。深山くんはぱっと立ちあがる。慌てて涙をぬぐって、漠さんの元へ軽やかに駆けていった。
「――大丈夫? 体」
「心配するなよ。確かにきみほど頑丈じゃないけど、軟にも出来てないんだ」
「ごめん」
「なにがだよ」
「目が覚めたときには傍にいてあげたいと思っていて、……怖くなって、逃げた」
 深山くんの正直な言い分に、漠さんは苦笑した。
「深山くんは、誠実だね」
「違う」
「帰らないでいてくれた。わざわざ書き置きまで残してくれた。充分だよ」
 不意に漠さんはしゃがみ込むと、私を抱きあげた。
「つっちゃんは、散歩のいい相棒になっただろう」
 喉をごしごし撫でられて、私は目を細める。
「ああ、確かに」
「……最後のお願い、聞いてくれるかな」
「……なに、」
「なんでもいいよ、小さいころの話をして」
「小さいころ?」
「うん。幼かった深山少年の話を聞きたい」
 漠さんのリクエストに、深山くんは息を吐くと、「じゃあ、冬の話」と言った。
「おれの故郷はばかみたいに雪ばっかり降る町で、冬はいつも、いますぐ雪の降りそうな曇天、っていうイメージなんだ。小学校も高学年のころ、引っ越しで離れてしまった幼馴染がいた。そいつとは仲が良かったから、親の携帯電話借りてメールのやり取りをしたり、たまに手紙を書いた。そいつが引っ越した町は全然雪が降らなくて、冬でもぴかっと晴れるそうだ。それが見てみたくてね……ひとりで電車に乗って、会いに行った」
「どれぐらいの道のりを?」
「さあ、どれぐらいあったのかなあ。隣県を超えてさらに進む、みたいな……すごいんだよ、ちゃんとそいつの住む町まで着いたんだ。駅前で空見あげたら、星が遠くに光っていた」
「友達には、会えた?」
「会えたよ。会えて、絆を深くして、色々経て、おれたちは恋人同士になったんだ」
「そう……」
「そんな時期があったのに、いまじゃこんな気持ちで、それで、おれは――」
 その口を、漠さんは塞いだ。もう喋るな、という風に、両手で深山くんの口を塞いだ。深山くんはびっくりして目を丸くしたけれど、少しだけ目を伏せて、漠さんの手首を取った。その指に深山くんはくちづける。唇を押し当てるだけの、やさしいキスだった。
「――もう、帰りなよ、深山くん」
 漠さんはふるえながらそう言った。
「恋人と暮らす街に、帰るんだ。帰って、シャワーを浴びてたっぷり寝たら、きっと忘れる。もし忘れなくても、どうでもよくなる」
「……」
「おれのことが、……」
 私には、漠さんが必死で「忘れないで!」って叫んでいる声が聞こえたわ。深山くんにも聞こえていたと思う。
 だけど深山くんはこらえて、「分かった、帰る」と、言った。
「帰るけど、どうでもよくなんかならないよ」
 もう一度、深山くんは漠さんを抱きしめた。漠さんはやっぱり腕を絡ませなかったけれど、深山くんの腕の中で、子どもみたいに泣きじゃくっていた。


← 3

→ 5




拍手[25回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501