忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 深山くん、という人のことについて、私が知っている限りのことを話すわ。彼は背が高い。漠さんも長身の方だけど、もう少し高い。去年、はじめて家に来たときは、ダークグレイのウールコートを羽織っていた。背が高いせいかしらね、ミドル丈のそれはとても似合っていた。漠さんは年がら年中おんなじような格好をしているけれど(大体が薄手のタートルネックに、ワークパンツよ。冬場はそこにダウンを羽織るだけなの)、深山くんはきっとおしゃれさんなのね。いつ来てもシャツの柄が違った。そしてセンスが良かったわ。
 多分、朝いちばんの列車で市街の駅まで来て、そこからレンタカーを借りてやって来るの。到着はいつもお昼ごろよ。「これが楽しみなんです」と言って、駅中で買ってきた駅弁をたいていは持参している。漠さんの分もあるわ。それでふたりでお弁当を食べながら、まずは居間で、ああだこうだと話をする。仕事の話ね。
 たっぷり時間をかけて打ち合わせをしてから、深山くんは漠さんの仕事場に入っていく。大きなカメラを持っているときもあるから、深山くんはカメラマンも兼ねているのかもしれないわね。そこから先はなにが起きていようと私は分からないわ。私が行っちゃいけない場所っていうのはよく分かっているから、たとえ夏場の扉が開いている時期だとしても、私はそこへ立ち入らないしね。(物わかりのいい猫なのよ、私は。)
 時折、楽しそうに弾む声が聞こえるときもある。かと思えば、しんと静まっているときもある。深山くんの声は、漠さんより低いわ。見た目は漠さんより幼い感じがするのにね、とてもいい声をしているの。それが時折響く。やさしい声だと思うわ。
 深山くんは私を見るといつもぎょっとした顔をする。猫が苦手なのかしら、と思ったけれど、どうやらそうじゃないみたい。私の存在を忘れている、って感じかしらね。それからぎこちなく「やあ」って手をあげるけど、私に触れようとはしない。やたらめったら甘ったるい声で触ろうとしてくる人よりもずっといい、とは思うけどね。私たち慣れないもの同士よ。
 借りたレンタカーの車中で、深山くんがなにか物思いにふけっているのを、私知っているわ。
 漠さんの家に着いてすぐには、車の中から出てこないの。クラクションを鳴らさないように上手にハンドルにうなだれて、しばらくじっとしている。それからよしって顔をあげて、車から出てくるの。漠さんは深山くんに対して緊張感を持っているけれど、深山くんもまた漠さんに対して緊張しているのかもしれないわね。どんな緊張かは知らないけれど。
 その日も深山くんはいつもの儀式のように、ハンドルにうなだれてから、車を降りた。
 私は外にいて、深山くんを待っていた。だって家の中じゃ漠さんがあっちうろうろこっちうろうろ、落ち着かないから。車を降りた深山くんはまさか降りたそこに私がいるだなんて思わなかったみたいで、私を見てたいそう驚いていた。
「――おお、えーと、月さん」
 私はつんとおすまし。
「今日はお世話になります。よろしくお願いします」
 と深山くんはきちんと頭を下げてから、後部座席に乗せた荷物を降ろしはじめた。私は先に玄関へ向かう。そしてひと鳴きして、漠さんを呼んだ。
 どかどかと廊下を走る音が中から響いた。勢いよく玄関の扉があく。私の後ろには深山くんがすっと立っていた。漠さん、その姿を見て言葉に詰まったみたいだった。深山くんが「こんにちは」と言う。
「先生、おめでとうございます」
「えっ?」
「個展開催と、画集出版と。ちょっと気が早いけどお祝いに、これをどうぞ」
 そう言って深山くんが漠さんに花束を渡す。あら、いつの間にそんなの用意していたの? 花束は、緑色を基調にしていた。この辺ではまず見かけない、なんだか珍しいかたちの花や実が束ねてある。
「あ、グリーンシャムロックだ。……これクリスマスローズかな? すごいね、花びらが何重にもなってる、」
「さすがお詳しいですね。僕は花の種類がよくわからないから、花屋に全部お任せでした。……先生、漠さんなら、花束をいちばん喜びそうだな、と思って」
 漠さんは照れ笑いを浮かべた。
「色々買ってきたんですよ。お惣菜とか、アイスクリームとか。お酒は苦手だとお伺いしていたので、ジュースをあれこれ、とか」
「ありがとう。実はちょっと心配していたんだ。昨夜雪が舞ったから、日陰は凍っていないかな、車で来るのに、と思って」
「僕の故郷は雪国です。大学卒業までそこにいましたから、慣れっこですよ」
 緊張同士だと思っていたけれど、会話をはじめたら、彼らは滑らかに打ち解けた。もう慣れっこになった家の廊下を、深山くんは漠さんと進む。私はとっくに先に行って、居間のこたつに潜り込んだ。
 深山くんが用意したお惣菜を温めなおして、ふたりは宴会をはじめた。深山くんもお酒が苦手だとかで、アルコールなしの宴だったわ。よく喋るな、っていうぐらいにふたりは喋った。夕方からはじまった宴会は、深夜までゆったりと、途切れることはなかった。私はすっかり眠くなっていて、こたつを出たり入ったりしながら、ゆらゆら寝ていたわ。
 ボーン、と古い時計が鐘を鳴らして、私は目が覚めた。十二時をまわったみたい。居間につながる客間で、漠さんが布団を敷いていた。深山くんの分ね、とはじめは思ったのだけれど、漠さんの様子はなんだかおかしかった。ため息ばかりついている。深山くんの姿が見えない。
 声をかけようとして、やめた。私はこたつ布団の上にしゃんと座りなおして、漠さんを見ていた。がらりと扉があいて、深山くんが部屋に入ってくる。お風呂に入っていたらしかった。漠さんがまとわせている石鹸と同じにおいがしたわ。
 お風呂からあがった深山くんは、におい立つ夜の花だった。寒いのに、薄いシャツ一枚で漠さんの前に現れると、漠さんがまた大きく息をついた。ふたりから同じにおいが立ちのぼっているように見えた。私は直観する。このふたりはいま、同じ方向を向いている。お互いの淋しさに惹かれあっている。
 ぎこちなくふたりはお互いの体を抱きしめあった。
「――寒い」と深山くんは呻くように言った。
「そんな格好でいるからだ」
「言い直します。淋しい」
「……」
「この淋しさは一体なんなんでしょうね」
「……わかるもんか、おれに」
「キスしていいですか、」
 深山くんの求めは漠さんの求めで、ふたりは唇を重ねる。布団に倒れる寸前に、漠さんがなんとか身をよじって、部屋の明かりを消した。
 私はじっと動かず、それを見ていた。

 痛い、と漠さんは呻いた。腕で顔を覆い隠して、「痛い、痛い」とすすり泣いた。
漠さんの上に覆い重なった深山くんが、「ごめん」と謝る。
「いい。痛い、でもやめないで」
「漠さん、」
「やめるな……」
 漠さんの体を深山くんは必死であやした。漠さんの腕は深山くんの体に絡まない。深山くんはそれに困っている風だった。ふたりは体をこんなにも密着させておいて、距離を埋められないでいる。
 漠さんは辛そうだった。深山くんも辛そうだった。



← 2

→ 4




拍手[23回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501