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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 私と漠さんは、よく一緒に散歩に出る。え? 犬ならともかく、猫が一緒に散歩するだなんて聞かない? それは猫それぞれでしょ。とにかく私は、漠さんがふらっと外に出ると後を追っていくのよ。
 ここは山がすぐそこに迫った、小さな集落よ。柚子が名産で、あちこちの畑や家の軒先に木が植えられているの。ひとりと一匹でうらうら歩いていると、向こうの道端で手招きする影があった。漠さんも私も目がいいから、それが誰なのかすぐに分かった。人影はここに住んでもう五十年になるという、エキさんだった。
「エキばあちゃん」
「今朝はよく冷えたなァ」
 おいで、おいで、とエキさんは家に寄るよういう。古い家は丈夫で、エキさんがお嫁に来たときから変わらないという。私と漠さんは顔を見合わせる。「ちょっとだけ」と、漠さんは顔をくしゃっと笑顔に変えた。
 エキさんは私のことを「美人さん」という。私もまんざらではない。エキさんの家では猫を飼っていないけれど、私がやって来たとき用の猫缶が、この家にはちゃんと揃っている。
 こたつにあたらせてもらいながら漠さんは、「この間のりんごと、野沢菜の漬物、美味しかったです」とエキさんにお礼を言った。エキさんの長女はNの農家に嫁いだ。その季節で採れたNの特産を送って寄越す。漠さんはそれをおすそ分けしてもらったのだ。
「なァにな、ひとりじゃ食いきれんでェ。今日あんたをあげたのは、ほれ、餅食わせっと思ってな。こないだ話したろ、今年は餅を早くついた、って。今年は次男の家でお年取りだからな、年末に餅をついてる暇がねェからよ、時期早くしたんだ」
「息子さんは、Tでしたっけ」
「そォさァ。あんた、帰省は?」
「うーん、いまちょっと締め切りがキリキリで、」
「そうは見えねェなァ」
 エキさんは笑う。私はあくびをした。そうね、猫とのんびり散歩してるぐらいだものね。
 ひとしきりおしゃべりを楽しんでから、エキさんは餅を煮てくれた。この辺りは丸餅をみそ仕立てのお汁に入れて食べるのが一般的だけど、漠さんの故郷は違うそうだ。はじめこそ食べ方の違いに驚いていた漠さんだが、エキさんの手料理をなんべんも食べてきて、いまじゃ「これがおふくろの味だな」だなんて言うぐらい。
 エキさんが、「最近の仕事はどうだ?」と訊いた。
「たまーにレンタカーが停まってんじゃねェか。ありゃ東京から来んのかい?」
「うん、そう。特急で来て、駅で車を借りて、来てくれるんです。……おれが人混み恐怖症で、人の多いところには出られない、ってわかってるから、わざわざ。ありがたいですよね」
「そりゃあんたの絵がいいからさァ」
 エキさんの率直な言葉に、漠さんは複雑な表情を浮かべた。
「でも、もうじき来なくなりますよ。いまの仕事、この締め切りが明けたらようやく完了するんです。あとは細々としたことが残るけど、わざわざ足運んでもらわなくてもいいわけで。……静かになります」
「そうかい。でもさ、縁ってのはまた巡ってくもんだから、あんたの周りはなかなか静かにならんじゃないかと、思うんだけどね」
「そうかな」
「んな若いうちからあきらめたような顔せんでいいって話さ」
 エキさんの意見に同意だったので、私も鳴いたわ。エキさんは缶詰のお代わりの催促だと勘違いしたみたいだったけど、漠さんは「そっか」と私の頭を撫でてくれた。
 漠さんの淋しさは、私もよく分かってる。
 淋しくなければきっと、私みたいな猫なんかかわいがらないでしょう。漠さんは対人恐怖症の気があるけれど、本当は誰かに寄り添ってみたい、寄り添われたい、って思ってる。でもそれは自分には向かない話だって諦めてもいる。絵を描くことで我を忘れたいの。
 エキさんは五人子どもを産んだ。エキさんの時代だったらお嫁に行ったり婿に行ったりして、みんな家庭を持つことが当たり前だったかもしれないけれど、エキさんのいちばん上の息子さんといちばん下の娘さんはまだ独身だって聞いた。「無理して嫁婿行かんでもいいか、って気になったのは、最近だなァ」ってエキさん笑ってた。時代は変わる。在り方は変化するのよ。
 エキさんからたくさんお餅を持たされて、私たちは来た道を戻る。いい天気だった。でもちょっと足が冷たいわ。早くおうちに帰ってストーブの前でぬくぬく眠りたい。
 帰宅したら、留守電が入っていた。いまどきなら携帯電話で済ます人が多いけれど、漠さんは携帯を持たず、固定電話で連絡を取りあうの。おじいさんの代で引いた電話回線を、そのままつかっているんですって。ちかちか光るランプを見て、漠さんは電話機の操作をはじめた。さあっと顔色が変わる。そして大慌てで電話をかけなおした。
「――あっ、芦崎(あしざき)です。芦崎漠です」
『あーすみませんね、……』
 電話は、当然ながら相手の喋っていることはよく聞こえなかったわ。でも漠さんが喋っている相手が、漠さんの緊張ぶりから、「深山くん」だってことは分かった。しばらく喋ったあと、電話は切れた。家の中を無音が支配する。
 漠さんは電話機の前から動かなかったけれど、やがて私の方をゆっくり振り返った。
「――深山くんが、この締め切りが明けたら打ち上げしましょう、って」
〈よかったじゃない。嬉しいのね?〉
「人混みに出るのは緊張する、と言ったら、お、おれの、おれの家に来てくれるって。泊まっていくみたい――どうしよう、つっちゃん、」
〈落ち着きなさい。深呼吸するの、いい?〉
「ま、まずは締め切り――そうだ、締め切り片付けなきゃ……ああどうしよう、おれ、嬉しくて飛んでっちゃいそうだ」
 漠さんはどもりながらも、とても嬉しそうだった。


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Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
「かわいい」と仰っていただけて、月さんは「当然よ」とでも思っているでしょうし、漠さんはあわてふためいていそうです。ひとりと一匹でにぎやかな彼らのお話はまだ続きます。最後までお付き合いくださいね。
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2015/12/12(Sat)08:48:05 編集
プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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