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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 目覚めは、朝だった。だいぶ夜も浅い時間に寝入ったが一度も起きなかったのは、誰かの隣が温かく安心するものだったからだろうか。身体中が凝っていて、無理に動かすと痛めそうだったのでそっと手足の先から順に動かす。慈朗はまだ眠っていた。目が腫れている。
 目覚ましもかけずにいつも通りの時間に起きられたことに苦笑した。月曜日だから、今日からまた仕事が始まる。本当に月曜日かな、と一瞬本気で危惧して、スマートフォンを確認した。慈朗と眠りすぎて一日二日はすっ飛ばしてしまったように、時間の感覚がない。
 ちゃんと月曜日の朝だった。充電を忘れていたので出勤までの束の間でプラグを繋ぐ。身体を起こして離しても慈朗は目覚めなかった。髪にくしゃりと触れ、理は起きあがった。
 シャワーを浴び、髭を剃り、湯を沸かし、コーヒーを淹れる。ふたり分の朝食を作る。冷蔵庫を見て、そういえばケーキを食べ損ねたなと気付いた。生菓子で賞味期限は過ぎている。起きるかなと思い、再び二階へ上がった、
 声をかけると雨森はようやく身じろぎ、だるそうに身体を起こした。必死に目をこすっている。「開かない」と言った。声が掠れている。「先生、目が開かない」
「あれだけ泣けば腫れるのも当然だよ。顔洗って、ちょっと冷やしとけ」タオルを投げる。
「……なんか久しぶりに、寝たって感じします」
「うん、よく寝てた」
「……」
「これから朝飯だ。ケーキもある」
 そう声をかけると、慈朗は「起きます」と言って布団から抜けた。理の後ろをぼんやりとついて来る。洗面台で顔を洗い、濡らして絞ったタオルを目元に当てながら、台所へやって来た。
「めし、どうする? 食えるか?」
「……すこし。ケーキ、は、食べます」
「うん」
 慈朗を席に着かせ、予備の食器に簡単な食事を少なめに用意した。ケーキも皿に盛って出してやる。理は出勤まで間もなく、いつも通りに食べたが、向かいの慈朗はやはり食が進まぬようで、ひと口食べては箸を置き、目元にタオルを当て、またしばらくして口にものを運ぶ、という感じだった。茶を飲み、ケーキのクリームをすくい、舐めて、また目を閉じる、の繰り返し。それでも全く食べないでいられるよりはいいか、と思った。
 先に食事を終え、理は出勤の支度をする。
 明らかに慈朗の機嫌が悪くなった。食事の途中で不安そうに膝を抱き、支度で慌ただしく部屋をめぐる理を恨みがましく見ている。それから膝に顔を埋めた。帰りたくない意思表示は充分伝わる。
 帰す気はなかった。
 これで出かける、という段になって、理は改めて慈朗の傍に立った。
 慈朗は膝から顔を上げ、理を見て、また顔を元に戻した。「いやです」と言う。「……帰りたくない」
 理はふと食べ差しの慈朗の食事に目を向けた。無様につつかれたショートケーキが食卓に載っている。それを指でつまんで、口に運んだ。それから慈朗の後ろ髪を掴み、無理に顔を上げさせる。
 慈朗の目が開かれる。顔の距離を一気に近づけ、唇を押し付ける。無理やり口をこじ開け、舌で甘いスポンジとクリームを慈朗の中に押し込んだ。
 ん、と慈朗から吐息混じりの声が漏れる。
 舌で押し込むだけ押し込み、名残を惜しみながら下唇を軽く食み、唇を離した。
「月曜日だから、七時くらいには帰れると思う。台所や風呂場は好きに使っていい。夕飯はまた一緒に食おう」
「……」
「家にはちゃんと連絡入れとけよ。出掛けるなら鍵かけてって。そこにあるから」
 行ってくる、と言って玄関へと向かう。こんなことを言うのも久しぶりだ。玄関で靴を履いていると慈朗が台所から小走りにやって来た。
「――……行ってらっしゃい」
 それにはひらりと手を振って応えた。


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沙羅さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
念願かなって入学した美大ですが、慈朗にとって丸ごと全部がハッピーではなかったようです。(ただし私は、こういう挫折や失敗の経験は将来必ず生きると思うので、しない方が怖いような気もしてしまいます。)柾木も大学受験では苦労していますから、その辺りをきちんと受け止められる存在は慈朗にとって救いだったと思います。
沙羅さんのおっしゃるように、芸術系の大学は大変だと思います。それぞれが個性の塊で、そこから抜きん出るのは努力だけではないものも作用するように思います。あまり詳しくは書きませんでしたが、「休学」という結論に至ったときの慈朗の心情を思うと、私まで焦りや悔しさを感じます。
柾木と慈朗のこれからの決断に引き続きお付き合いください。
拍手・コメントありがとうございました。
粟津原栗子 2019/08/21(Wed)08:09:45 編集
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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