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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「……」
「寮はやっぱり、学校に通う人のためにあるところだから、休学したらいられないよっていう規則があるので、いったん退寮して。実家にいるとやることないけど、だからって寝っ転がってる気にはなれない。それで変に焦ったりして、やっぱりしんどくて、……今日は先生の誕生日だから、会いに来たんですけど、なんかこう、もっと、……もっと明るいってか、こんな話をするつもりでも、なくて、」
 慈朗はますます体を固く縮こませる。テーブルに顔が引っ付きそうだった。
「元気ですよって、先生に言うつもりだったのに。大学超楽しいです、って」
「ばか」
「……」
「なんでもっと早くここに来なかったんだよ、おまえ」
「……」
「なんで黙ってようと思ったんだよ、そんなこと、――おれに、」
 理は立ちあがった。怒りや、むなしさや、淋しさ、いろんなものが押し寄せてくる。知らずのうちに慈朗が苦しんでいることがなにより痛かった。慈朗には元気にいてほしかったのだ。理のことなど構えなくて忘れるぐらいに。
 慈朗は突っ伏したまま、細かく震えていた。背に手を当てると震えが酷くなる。シャツの上からでも分かる痩せた身体が、とてつもなくやるせなかった。
「寒いのか」
「……寒い、」
「うん」
 慈朗をテーブルから引きはがし、上体を起こさせる。瞳には涙が滲んでいた。そういえば今日はあまり笑い顔を見ていない。昔はあんなにころころとよく笑っていたくせに。
「ほら」と、腕を伸ばした。
「……」
「来い、雨森」
 そう言うと、慈朗は戸惑いつつ、理の腕の中に身体を寄せた。腕をまわさせて、思いきり抱きしめる。渾身の力加減に負けた体は、理の腕の中でしなった。それから負けじと理の背にまわした手に力を籠め、胸に顔を押し付け「うう」と唸った。
 一度弾ければあっという間で、慈朗はわあわあと泣いた。
 理の腕の中で、理に縋りつき、胸に鼻を押し付けて、ずっと泣いている。手の力は緩められることがなく、どんなに悔しく、どんなに無念で、どんなに苦しいかを物語っていた。理はただ黙ってその身体をしっかりと抱き留める。子どもに言い聞かせてあやすような余計な言葉は一切口にしなかった。出来なかった。そんな言葉で元気になるぐらいなら、学校を休学するなんて事態には陥らないことは分かる。
 いままでこらえていたのだろう、凄まじく激しい泣き方だった。何十分でも泣いて、泣き止まなかった。全身の力を振り絞って泣いている慈朗が哀れでならない。どんなに腕や腰が痺れて痛んでも、理は慈朗を抱きしめ続ける。
 どのくらい泣いていたか、いつの間にか日が暮れていた。この時期は陽が落ちるのが早い。薄暗くなった部屋の中で、慈朗はひっくひっくとしゃくり上げていた。もう目も開けられない。身体は熱く、泣き疲れて眠りが隣にいるらしかった。
(子どもみたい)
 だがそれは、嫌悪すべき感想ではなかった。うとうとと眠りにかかる慈朗を抱え直し、抱きあげると簡単に持ちあがった。軽くなってしまった身体がせつない。抱えたまま二階へ上がり、自室へ入る。慈朗を壁際におろそうとすると、力の抜けた手がそれでも理を掴みなおした。
「大丈夫だから。布団を敷くだけだ」
「……」
「ちょっとだけ我慢してろ。ちょっとだけだ」
 言い含めて、慈朗から身体を離す。慈朗はもはや自分の身体に力を入れることが出来ないようで、壁に背をつけるとずるずるとその場に崩れた。泣いて腫れぼったくなった目蓋は真っ赤だ。理は押入れから自分の布団を引っ張り出し、丁寧にシーツを張る。
 再び慈朗を抱きあげ、布団へと運ぶ。寒そうに身体を固くするので一緒に布団に入った。抱え込んでやると、慈朗はそっと目を開けた。「寝ろ」と言って目蓋に腕を押し付けた。慈朗の熱い身体が徐々に眠りに引き込まれる。理も慈朗の髪に顔を押し付けて、目を閉じた。
(……誰かと眠るなんて、もうずっと、してない)
 久しぶり、なんて表現では足りないぐらいだと思った。ずっとこの家で、ずっとこのままひとりで暮らしていく。そうやって生涯を終えるのだと思っていた。まさか教え子をこうやって自室に招く日が来るとは思わなかった。そしてそれがたとえ今日一日限りのことだったとして、自分はこの記憶やこの熱さを思い出してこれから先を過ごせる、と思った。
 違う、と熱くなりはじめた身体の奥底で、誰かが異を唱えた。
(……そうだな、違うな)
 理はそれを認めた。そんな綺麗な感情ではなかった。慈朗が泣き縋って来たから、もうこの男を離せない。なにがどうなろうと守ってやりたいし、世間が慈朗を蝕むのなら、閉じ込めてしまい込んでおきたい。慈朗が嫌だと言っても我を通す気がした。それだけ慈朗のことをいとおしく思ってしまっている。
(家に、帰したくないな)
 次第に思考が沈んでいく。
(どこにもやらない)
 眠りに落ちる間際、そう思った。


(3)

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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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