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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 帰したくないと自分は思っていて、相手も帰りたくないと言うのだから、帰すはずがなかった。慈朗はそのまま、二週間ほど理の家にとどまった。家には「友達のところにしばらくいる」と伝えたらしい。病気療養で実家に帰っている息子を心配はしただろう。けれど変に行動を制限するようなことを、慈朗の家庭はしなかった。
 慈朗は主に家の中にいて、それまでの不眠が嘘のように寝倒してばかりいた。たまに起きあがったときは、勝手口から庭に出た。食事の準備は出来なかったが、洗濯だけはまめにしてくれて、ありがたかった。肌寒い日は理の分厚いセーターをすっぽりとかぶって日なたに丸まっていたりして、かわいいもんだな、と思っていた。
 木枯らしが吹いて寒いさむいと帰宅した日、慈朗は起きて台所のテーブルに着いていた。電気ストーブをつけ、湯たんぽを抱いて、器用な手先で針金をいじっている。理がしばらく学校に飾っていまは持ち帰り、物干し場の先に吊るしていたモビールを直しているようだった。帰って来た理に「おかえり」と言い、まだ針金をいじる。
「懐かしいだろ、それ」と言ってやった。
「うん。……先生の家にまだ取ってあったって、びっくりしたけど嬉しかった。羽根のとこちょっと曲がってたから、直してる。あとちょっと、」
「風呂は?」
「沸いてる。おれ、先に入っちゃった」
「別に構わない。おれももらってくる」
 風呂に浸かり、冷えた身体を温める。ほっくりと温まって出て来たときには、慈朗のモビールは完成していた。慈朗の手の先でゆらゆらと揺れている。
「もうそういうの、作んないのか」と冷蔵庫を探りながら尋ねる。冷えるので、今夜は鍋物にしようと思って材料だけは用意してあった。
「……あんまり集中力も、なくて」
「まあ、無理やり作るもんでもないけどな。おまえの腕なら、いい小遣い稼ぎになりそうだなって思っただけ」
 慈朗を背に、自分は調理台に向かって食事の支度をはじめる。鶏が美味そうだったのでそれをメインに寄せ鍋にしようと思っていた。個人的な好みを言うならもつ鍋が食べたかったが、寄せ鍋なら魚でも豆腐でも野菜でもなんでも入れられる。慈朗は徐々に食欲が出つつあったがまだ小食で、だから痩せすぎの身体のことを考えると栄養バランスを重視したかった。
 鍋の支度が出来て、食卓にカセットコンロを据えて土鍋を置いた。食おうか、と器を渡すと、受け取りつつも慈朗は理の顔を正面からまっすぐに捉えた。
 ことんと音をさせて食器を置き、「先生」と、小さいがはっきりした発音で言った。
「おれ、もう帰らないといけない」
「……大学に戻る?」
「ん、それは、まだ……だけど今日、父さんから連絡があって。家にいられないのも分かるけど、あんまり友達の家に長くとどまるのもやめなさい、って言われた」
「まあ、心配は分かるが、……」
「おれも、そうだな、って思う。いまずっと先生の家にいて、ごはんも風呂も着替えも全部先生の厄介になってて、……家賃や生活費入れてるわけでもないのに、こんなに、なんにもしないのに」
「それはおれが気にする話だ。おれが気になってないんだから、問題ない」
「……うん、でもやっぱりさ、……家には、戻んなきゃな、って」
 慈朗の声は自信なさげに沈む。いったん鍋の火を止めて、理も慈朗の顔を正面から見た。
「おまえが元気になって、また大学に戻るって言うなら、送り出す。もしくはその準備期間に充てるから帰る、とかならな。けど、まだ充分じゃないだろ」
「……」
「それともおまえは家に帰りたいか」
「……」
「とりあえず食おう」
 手を伸ばすと、それでも慈朗は椀を寄越したので、食欲が戻りつつあることには感謝した。鶏やら野菜やら豆腐やらをよそってやる。自分の器にも盛って、ふたりで黙って食べた。
 食べ終え、食器を片付け、なんとなくふたりでテレビを観た。この家にテレビはあるがそれはもっぱらニュース番組での情報収集に限られており、朝すこしつけるが、熱心には活用されていない。けれどその日は娯楽らしく、映画を観た。金曜日で映画が放映されており、慈朗が観たいと言った。古い映画は、映画を撮った監督が亡くなった、その追悼の意が込められていた。
 観ている最中、ずっと手を握っていた。映画のエンドロールまで丁寧に見終えて、理は大きく伸びをする。「休もうか」と言うと、慈朗も頷いた。なんとなく離れがたく、なんとなく一緒に洗面台をつかって、狭い階段を上がる。
 この二週間弱、同じ布団をつかっていた。理ひとり分の布団では狭かったから、古い客用布団を並べて敷いたが、くっついて眠るのであまり意味はなかった。先に理が布団に潜りこみ、慈朗のスペースを作ってから、布団を持ちあげて招いてやる。慈朗は理の腕の中にすっぽりと収まる。理は慈朗の髪に鼻を埋めて眠る。そういう日々を幾日も繰り返す。
 だがその夜は、理の腕の中に収まるも、慈朗は顔を胸に押し付けず、理の顔を至近距離から見た。
 まっすぐで真っ黒で大きな瞳とぶつかる。
「おれ、帰りたくない」
 慈朗はそう言った。
「先生とここにいたい」
「……じゃあ、考えなきゃな」
 慈朗の髪をつまんで軽く引っ張る。
「おれも、いまのおまえを帰す気はないんだ。それが親御さんの強い希望でも、どうしてもな。だからそれが出来るだけみんなの意向に添うような方法を考えないと。おれとおまえのわがままだけじゃなくて」
「……先生ってやっぱり先生だね」
「ばあか。おれは後で揉めて面倒になるのが嫌なだけだ」
「とっつきにくいし、目つき悪いし、怖いけど、でも、……先生が先生なの、おれはすごく好き」
「……ふん」
「好きだな……」
 じわ、と温度が上がった気がした。慈朗の身体も、理の身体も。相変わらず至近距離に慈朗のまっすぐな目がある。見られていることに照れくささが沸き、慈朗のまなじりに唇を押し付け、反射的に瞑った目の、目蓋にも押し付けた。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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