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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 風紀委員会の顧問だなんてまったく面倒な役職になってしまった。田之上(たのうえ)は、溜息をつく。放課後の職員室、机に頬杖をついて、目の前に立つ生徒について考える。三年四組二十九番、西川結(にしかわゆう)。田之上が風紀委員会の顧問になってから風紀検査をもう三回実施しているが、そのどれにも引っかかり、何度注意しても、直さない。
 制服は規定通りに着ている。髪型が問題なのだ。いつでも完璧に整えられた、さらさらに艶めく黒髪。
「――だーかーらー、西川。うちの学校にはな、男子の前髪は眉毛の上の線まで、襟足はシャツの襟につかない程度、っていう長さの規定があんだよ」
「知っていますよ。もうなんべんも先生から聞いたから」
「それを直せって言ってんだよ」
「いやです」
「いやです、じゃねえ。規則だ。そんなキノコカット、問題外なんだよ」
「キノコカットじゃないです。こういうのはマッシュヘアーって言うんですよ」
「つべこべ言わねえでそのうっとうしい前髪を切れ」
「絶対に、僕にはこの髪型が似合うんです。おでこ出すなんてそれこそ問題外ですよ。譲りません」
「似合う似合わないの話はもっと先でしろ。いまはな、みんな規律守って学校に通ってんだよ。学校ってのは、そういうとこなの」
「僕は髪も染めていませんし、制服も着崩してない。三組の野田くんたちみたいに髭生やしたり、金髪オールバックだったり、ピアスあけたり、ブレザーからシャツの裾出したりなんて、高校生らしからぬみっともない格好はしていないつもりです。彼らの方が問題なのに、どうして僕だけ呼び出されているんですか?」
「あいつらはちゃんと風紀検査の日は髪を黒に戻してピアスも外して来たからだよ。規則は守ったの」
「それ、ちゃんと守ったって言わないですよ。そもそも、風紀検査の日だけ直してくるなんて、主張がない証拠です。いきがっているだけ。なよなよしい。それでまた風紀検査が終わったら、金髪で学校に来るんでしょ? 意味ないって先生だって分かってる」
 達者な口をいっそ塞いでやりたい。田之上はどうすべきか考えて、ふーっと長く息をつく。西川の言うことはもっともで、清潔感、という意味で言うならば、彼ほど身だしなみに気を遣っている生徒はいないだろう。この三年間で、西川が制服のネクタイを緩めているところも、第一ボタンを外しているところさえも、見たことがなかった。上履きのかかとを履きつぶしていることも、スラックスを腰で穿くこともない。ありえない。
 自信の現れであるように思う。彼はいつだって背筋がまっすぐに伸びていて、堂々としていた。だから田之上はそれ以上追及が出来なくなってしまう。素行が悪くなければ、成績だっていいのだ。
 そうやっていつも田之上と西川は表面上ひととおりの攻防戦を繰り広げ、「明日までにその髪をなおして来い」と最後はうやむやで終わる。
 だが今日ばかりはそれを許すことは出来なかった。
「明日、卒業式なんだぞ」
 そう言うと、西川はにっこり笑って「僕の魅力を来賓の方々はじめみなさんに見ていただける素晴らしい機会です」と答えた。
「ちーがーうー。卒業式の日だからちゃんとしろ、って言ってんだ。自己PRなんてのはな、卒業式でする必要はないんだよ。セレモニーにはセレモニーに見あったスタイルがあんの」
「卒業式だからこそ、僕のパーフェクトをパフォーマンスする必要がある、と考えます」
「そりゃあな、西川。おまえのその髪型はおまえによく似合っているよ。でもな、決まりなんだ。おまえがこのS高校に入学して生徒として通学する以上、S校の規則で通学しなければならないんだ。いままで甘くしてきたけど、卒業式はだめだ。これからこの学校を卒業し、上級学校へ通うにしろ就職するにしろなんにしろ、ひとりの人間として、社会へ出て行く。その決意や、姿勢や、構えや、覚悟を、来賓やご家族に披露する、そういうセレモニーなんだ。そしてその姿勢をいちばんわかりやすく伝えるのが、規律を守る、ということなんだよ」
 と言うと、西川はひるんだのか、唇を横一文字に結んだ。職員室内で唐突に拍手が起きた。「素晴らしいスピーチですね、田之上先生」と、見れば学年主任の小林という老年の教諭が近付いてきた。
「西川くん、田之上先生のおっしゃること、分かるでしょう」
「……」
「分かったら、今日はもう帰りなさい。明日の遅刻はだめですよ」
「……はい」
 西川は「失礼しました」と深く頭を下げて、職員室を出て行った。なんだ、小林先生の言うことなら聞くのかよ、と思うとまた苛々するが、小林は「さて髪を切ってくるでしょうかねえ」とおっとり言った。
「どうでしょうね」
「ま、いいんですよ。彼きっと田之上先生の発言で一晩ずっと悩むでしょうから。切るにしろ切らないにしろ、悩み考えることが大切です」
「はあ」
「田之上先生の言葉はきっと彼に響いたと思います」
「だといいんですが」
 ふと、職員室の窓を見遣る。この地方では三月の初旬ではまだ雪が残る。明日も冷え込みは厳しそうだった。


→ 後編









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Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
Beiさんからのリクエストは残念ながら外れてしまいましたが、楽しんでいただけているようで嬉しいです。「気持ちいい!」とあったので、西川良かったなあと思う一方で、田之上先生ご苦労様です、と労をねぎらわずにはいられないです(^_^;)
さて卒業式で西川は髪型を変えてくるでしょうか?w
Beiさんの予想が当たるかどうか、お楽しみに。本日更新です。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/06/15(Mon)08:20:38 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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