忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 *

 土曜日はよく晴れていて寒かった。隣にいる夕は分厚いセーターを着ていたが、寒そうだった。よりにもよってデートの先は遊園地なのだから自分のベタさ加減に笑ってしまう。十二月で盛り上がる頃かと思えば、それはイルミネーションの点灯する夕方以降の話みたいで、土曜日の昼間だってのに人影はまばらだった。
 あまりにも夕が震えるから、秋空は夕に自分の羽織っていたカウチンカーディガンを着せてやった。もとから体温の高い体質で、暑さには困っても寒さには困ったことがない。このセーターは二十歳の誕生日に詩子から与えられたものだ。ものは古いけれど虫食いもないし毛玉も取った、あんたが着なさい、と言って渡されたそれは肘の擦り切れた部分にだけパッチの当てられた、父のおさがりのセーターだった。いつの間にかこんな大きなセーターが似合う年頃になっちゃったのねえ、とそのときの母は微妙な表情で憂いたものだった。
「夕、似合うよその色」と言うと、夕は顔をぽうっと赤くした。
「きみのほうが似合ってた」
「おれはパーカー一枚で十分だからさ。……なに乗る?」
 と聞いてとりあえずジェットコースターを目指したが、一発目で断念した。夕が、案の定というかなんというか、乗り物酔いをしたのだ。コーヒーカップでも見ているだけで酔いそう、というので、あれこれ乗り回るのは諦めて、散歩をした。休日なので人は少なくとも親子連れが多かった。夕の酔いが治まったころにフードコートのくたびれたハンバーガーを食べて、コーラを飲んで、夕を置いてけぼりに一度だけアトラクションを楽しんで、そのあとはふたりで観覧車に乗った。
 夕方に近づくにつれて、イルミネーション目当ての客が増えてきていた。観覧車は二周した。二周目に「こんな街だったんだね」と夕が言うから、秋空は「こんな街だったんだ」と答えた。
「いつ、行くの」
 夕が聞いた。
「新年あけて五日目」
「じゃあ年末年始はいるんだ」
「いるよ。準備でばたばたしてるかもしんないけど」
「よかった。――新しい年は一緒だよね」
 それは、心底うれしそうな微笑みだった。てっきり夕は怒っているか、呆れているかしていると思っていたから、夕のこの態度は秋空にとってとても不思議なことだった。
「怒ってないのか」
 おそるおそる尋ねる。夕は首を横に振った。
「うらやましいと思う」
「――」
「どこへでも、好きなタイミングでいつでも飛び立てる。背中が軽い。僕はできない。怖くて、自信がなくて、タイミングも計れない。だからうらやましい。憧れる。僕にとってきみはそういう人だから、……一生きっと、片思いみたいなもんなんだ」
 眼下に広がる街を見つめて、夕はそう言った。そんなことを言う恋人ははじめてだったから、秋空は驚く。みな、僕を見てよとか、置いていくのかとか、我儘や恨み言を吐いて終わった恋ばかりだった。
 夕は近くにいるのに遠い。ふたりの距離は一生埋まらない、とさえ思う。夕はおそらくそのコンプレックスや、劣等感を離さないだろうし、秋空はフリーであることを望む。
「詩子さんに聞けばわかると思うんだけど、……会社に、三か月で辞めた人がいて」
 夕はぽつりぽつりと語り始めた。
「歳は僕らよりも五歳年上で、離婚歴があった。その人とは、少しだけ仲が良かった。辞める少し前に、ちょっと飲みにいかないかと誘われて、駅前で飲んだ。そのときに、彼は『気が遠くなる』と本当につらい顔で言ったんだ」
「気が遠くなる?」
「うん。短期の雇用だったらまだいいらしいんだけど、長期雇用だと、一生このままここで働くのかと、それでいいのかと、心がざわめくんだって言ってた。不安で仕方がなくなるって。だからどの企業に就職しても長続きしなかったし、嫁をとっても同じだったって。彼はつらい顔のまま退職して、それっきりになった。きみといると彼の台詞をたまに思い出す」
「……少し、分かるな。同じ場所にとどまることへの恐怖みたいなもの」
「そっか」
「ああ」
「僕にはそれがよくわからない。同じ場所にとどまれるのは安定の証拠だと思ってしまう。明日も生きていていいよっていう保障。……きみはなんていうのかな、いまを楽しむことに夢中に見える。わがままで勝手で、ずるい人だよ。でもその軽さがいいんだ。僕はと言えば、とても重い。いろんなしがらみがある。抜け出せないトンネルで、自分に勝手に重しを載せて、がんじがらめで生きている。そういうヘビーな僕は変わらないし、吹けば飛んでくきみも変わらないだろう。それを辛くも思ったけれど、」
 がたん、とゴンドラは降り場へ到達し、言葉はそこで途切れた。自然と出口へ向かって歩いていた。
 夕が再度口をひらいたのは、遊園地の出口を出たところだった。
「たとえば地球でいう、太陽。太陽の周りを、僕ら回っているんだ。圧倒的な存在。月にとっての地球でもいい。――きみにとってのそういう星に、僕はなれるかな」
「――」
「……詩子さんみたいにはなれないけど、なろうとする努力はしてもいいんじゃないかって……きみの家になったらいいんだ、と、思ったんだ」
 自信なさそうにうつむいた恋人の肩を秋空はとっさに抱いた。頬を寄せる。これまでこんなことを言ってくれた人はいなかった。
「――必ず戻る」
 そう言うと、夕はそっと頷いた。
「旅先からは、はがきを送ろう。少し珍しい切手を貼って、送る。夕に会いたいと思いながら旅をするよ。それで帰ってきたら旅の話をたくさんするから、聞いてくれる?」
「写真、たくさん撮って帰ってきて」
「ああ、いいね」
 不意にこわばっていた夕の体の力が抜けた。秋空は抱きとめきれずに、ふたりでぐらりと傾がる。アスファルトにへたり込んだ体を、どうしたのかと擦る。夕は「今日はこれを喋ろうと思って緊張していたから、力が抜けたんだ」と情けない笑顔を見せた。
「本当は旅に出てほしくなんかないんだ。淋しいし、不安だ。……そういう駄々をこねようとか、色々考えて」
「考えて、喋ってくれたんだ。――夕はいい子だな」
「……」
「おれにとって最高のいい子。そういう夕が好きだよ。家だって言ってくれて、嬉しかった。ありがとう」
 夕は照れていたが、くつくつと笑い始めた。それはそれは最高に愛らしい笑顔だった。



 最も冷え込む季節に頼りたい人がいないというのはどういうことか。そんなことを幾度も思ってはやるせない溜息をついていたせいだろうか、夢は鮮やかに何度も見た。秋空が夕に覆いかぶさり、愛を囁く夢だ。その度に恋しさを増幅させては、秋空が残したカーディガンのにおいなどを嗅いだりしてやり過ごした。日を一日、一日と数える。帰国まであと何日か。楽しみで、楽しみな分いまが辛くて、また溜息をつく日を繰り返した。
 はがきは、何十枚と届いた。日を空けずに送られてくる。地元で買ったと思われるポストカードだったり自前で撮った写真そのものだったりと様々で、「元気です」のたった一言しか書かれていなくても、夕を励ますには十分だった。
 冬もだいぶぬるくなった三月、夕は詩子と梅の花を見に有名な観光地を訪れた。
 詩子は息子の不在をぶつぶつ嘆いていたが、夕が相手をしてくれるから淋しくない、と言った。詩子には秋空との関係を告げていない。出国の前に秋空は「言っておこうか?」と言ったのだが、夕は首を横に振った。急がなくていいと思ったのだ。秋空との関係は変わるかもしれないし、一生このままでいられるかもしれない。ふたりには夫婦や親子と言った枷がない分、分離も自由だ。
「まあ、大丈夫だと思うけどね、うちのおふくろなら」と秋空が軽やかに言ったから、夕も大丈夫なんだと思っている。いずれ期を見て秋空が言うだろう。夕はそれを待つ。
 そこで詩子との関係が変わってしまうかもしれない。それこそ「星が離れる」だ。だが夕は思う。人は意思を持つ。持つから、関係は自らの意志と努力で変えられる。かつて詩子が秋空の父に言い放った言葉のように。どこまで添えるかは、自分とその人次第なのだろう、と夕は思う。
「春が来るのねえ」と梅の花を眺めながら詩子が呟いた。少し高台まで歩いたので、山の裾へ向かってぱっぱっと赤く萌ゆる梅の花がよく見える。いい風が吹いている。梅の香を運ぶ。
「春が、来ます」
 詩子の呟きにきっぱりと返すと、それが意外だったのか詩子は夕を見たが、やがて微笑んだだけだった。春が来る。秋空が帰って来る。風に花が薫る。
 そうして星は渡る。


End.


← 4





拍手[61回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
佳子さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
そうなんです、まだ冬も来ていないのに春の話題で終わりますw
読み手の方々が季節感を感じ取ってくださるといいなと思っているので、佳子さんのコメントににやりとしてしまいました。
次回の更新もお楽しみに。拍手、コメントありがとうございました。
粟津原栗子 2015/11/06(Fri)19:12:25 編集
はるこさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
冬が近いので、空が澄んできましたね。とりわけ夜空が素晴らしいので、星や彼の地に思いを馳せたお話となりました。
はるこさんのお話、興味深く読ませていただきました。いつも物語を作るときには、読む方の心身に迫ればいいなと思って書いています。どの書き手もそうだと思います。それが届いたようで、思いがけずリンクもしてしまったようで、いただいたコメント真剣に読み込んでしまいました。
変化というのは、私にはとても怖く感じることです。いまのままでいいじゃない、と思ってしまうので、私は夕派なのかもしれません。秋空ははるこさんの言葉を借りれば「まだ何者でもない」人ですが、そういう状況が平気な人でしょう。むしろ自分の立場に名前がついてしまうことを嫌がる人間かもしれません。進んで変化していく人と厭う人と、どこで分かれるんだろう、と思いながら書いた作でした。
夕に関して言えば、もっとわがままを言っていいんじゃないかとも思うのですが、気の弱い彼の、これが最大だったかと思います。彼の慎ましさは私も真似できません(笑)
「こんな強欲、呆れるね」と秋空も言っていますが、人はそういうものだとも思います。
変化の時期にあるようですが、お体は大切になさってください。よく眠れるようになるといいですね。(私のおすすめは体を温めることです。足先温まると眠くなってきますから。寝具を変えてみるのもいいかもしれませんね。)
またメールでもメッセージでも、お気軽に。
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2015/11/17(Tue)08:16:44 編集
はるこさま(拍手コメント)
お返事いただきまして、「よかった」、この一言の尽きます。はるこさんの日々の糧のひとつになるように、これからも精進してまいりますので、どうかよろしくお願いします。
この冬は暖冬傾向だと聞いていますが、寒さが凍みるようになってきましたね。お気遣いいただいてありがとうございます。はるこさんも、お気をつけて。
次のお話もお楽しみに。ありがとうございました。
粟津原栗子 2015/11/20(Fri)08:11:32 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501