忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 実に煩わしげに、姉は爪を手入れしていた。先をラウンドに切りそろえ、やすりをかけ、マニキュアを塗る。淡いパールがかったベージュのマニキュアだった。憂鬱な顔で、それを黙々とこなしていく。
 姉の背後にテレビが置いてあった。しふみはそれを点ける。賑やかなバラエティ番組がぱっと場を白々しく、騒々しくする。姉は振り返り、それを鬱陶しそうにしばらく眺め、指先に視線を戻した。
「面倒くさいね、女ってのは」と言うと、姉は大仰にため息をついてみせた。
「そうよ、面倒くさいのよ。まずはワンピース。ワンピースを選んだら、靴とかばん。革物はNGよ、殺傷だと思われるからね。エナメルのパンプスを選ぶの。かばんはクラッチバッグかな。そしたらアクセサリーを考える。首、手首、指、耳。そうすると髪型だわ。美容院に行って、自分でもアレンジのできる髪型にしてもらうか、当日美容院に駆け込むか。髪飾りも用意して、……あとはネイルに、メイク。メイクやヘアアレンジは普段どれだけ見てくれを気にして触っているかで、化粧崩れや髪のほつれの具合が変わってくる。お式の最後まで保っていられる人が女として正しいんだわ。――わたしみたいな引きこもりには、無理な話。気鬱だわ」
 と、またため息をつく。
 姉はおとなしく内向的な性格で、その性分が災いして現在は休職中だ。そんな中で出掛けねばならぬ場がある。姉の幼馴染の男・温(ゆたか)の結婚披露宴が明日、執り行われるのだ。
 温とは、しふみも親交があった。姉の後ばかりくっついて歩いていた幼少期、温の家で温の母がふるまってくれたホットケーキやジュースの、あの乳臭い記憶を、いまでもありありと思い出せる。
 姉しかいなかったしふみにとって、温は兄同然だった。少年期を経て青年期へと年齢の移り変わったいまも、親交は続いている。
「本当ならしふみが出席していいのよ」と姉は言った。「私より仲いいんだし」
「結婚式なんてきらびやかなとこ出んの嫌だよ。知り合いもいねえし」
「いいじゃない、男は楽よ。衣装と靴さえあればOKでしょ、」
「簡単に言うな」
「あー、行きたくない」
 慣れないドレス、ヒールにメイク。おまけに温の小学校時代の同級生(つまり、姉の同級生)も同窓会かのように何人か集まると言ったから、彼女にはそれが気が重いのだろう。
(おれだって行きたくねえよ)
 心の中で、しふみは呟く。
(ずっと好きだった男がほかの女のものになる日なんて、最悪だ)

 ◇

 翌日になって、姉のシホは腹痛を訴えた。仮病ではなく本当に痛い、と真っ青な顔で脂汗をかいていて、母から間接的に告げられたのは、生理痛とのことだった。つくづく女って面倒くさいな、としふみは思う。
 冬の冷える季節の披露宴出席は、つらいと言った。会場までの送り迎えを担当するはずだったしふみは、じゃあどうすんだよ、と姉に当たり口調で尋ねる。姉は「しふみが行って」と答えた。冗談ではなかった。
「服がねえよ」
「お父さんのを借りればいいじゃない」
「あの人、恰幅がいいからおれにはオーバーサイズすぎる」
「じゃあお願い、ご祝儀だけでも届けて」
「後で届ければ。家、近所なんだし」
「……しふみが行ったら、温は喜ぶよ、」
「……温(おん)ちゃんに会えるとは、限んねえだろ、……」
 姉はつらそうにベッドに横たわっている。その目尻がうっすらと涙ぐんでいるのを見て、しふみはそっとため息をついた。シホもまた、温のことが好きだったのだ。彼にとっては気安い幼馴染でも、シホにとって温はそうではなかった。女として見てもらいたくて、それは叶わなかった。
 面倒くさい、憂鬱、人前は緊張する、などと言いながらも結婚披露宴への出席準備を進めていた姉の心中を思う。整えていた爪に必要がなくなってしまう。なんだか思いを汲んでやらねばならないような気になったのは、シホとは姉弟であると同時に、報われない恋の同士でもあったからだ。しふみはシホのベッドにのろのろと近づくと、「行きたくねえけど」とシホの肩先をぽんぽんと叩いた。細い肩だった。
「ご祝儀だけ渡してくる」
「――ありがとう、しふみ」
 手に少しだけ力を込めて、離す。ベッドから腹をさすりながら起き上がったシホは、クローゼットの下にまとめてあった荷物の中から、ご祝儀袋を取り出した。クローゼットの中には普段は地味なシホから思いもつかないような、鮮やかなサーモンピンクのドレスが下がっていて、しふみはむなしくなる。

 ◇

 披露宴会場に行くよりも温の家に直接行く方が早いだろう、と踏んだ。家は歩いて五分の距離にある。まだ朝早いから、おそらく家にいるだろうと思った。温自身がいなくても、両親や祖父母、親戚、ともかく誰か留守は残しているだろう。ちょっとお使いの気分で、しふみは温の家へと行く。家の前には親族のものと思しき遠方ナンバーの車が停められ、家自体の雰囲気を異常にさせていた。
 マイクロバスも停まっていた。これで親戚を引き連れて式場へと向かうのだろう。ひょいと家を覗くと、はいはい、と出てきたのは驚いたことに温自身だった。
「さっきシホからメール貰ったところ。今日は行けないからしふみを寄越す、って」
「ご祝儀渡しに来ただけだよ」
「参列してけよ」
 それは、嫌だと思った。しふみは首を横に振る。
「服、ないし」
「おれのを着ればいいよ。今日のおれは主役装備だから、普段着るお呼ばれ用の礼服は必要ないからな。ここで着替えて、親族用のマイクロバスで一緒に式場に向かえばいい」
「……」
「自分のことなんだけどさ、慶び事だ。祝ってくれる人が多い方が、嬉しい。シホの分の料理も無駄にならなくて済むし。そう、あの式場に決めたのは、料理が美味いからなんだ。しふみにとっちゃタダでフルコース食えるようなもんだろ? 頼むよ、いてくれよ」
「温ちゃん?」
「シホの臆病がうつったかな、緊張で吐きそうだ。……安心する顔が並んでてくれると、おれも、気が楽になる」
 温はうつむき気味に、二の腕をさすった。ただならぬ緊張の度合いが伝わってくる。シホと言い、温と言い、強引なやつらばかりだと思う。誰もしふみの気持ちを察してはくれない。
 そしてきっぱりとNOと言えずに、結局は従ってしまう自分の意志の弱さにも呆れる。
「……しょうがねえやつらばっかりだよな、」
「来てくれるか?」
「おっちゃんおばちゃんらとバス乗るのは気づまりでいやだから、おれは自分で車を運転してくけどな」
 温は笑った。


→ 後編


拍手[18回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501