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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 おれたちは、人はみな星なのだと秋空は思う。まわり、巡り、かがやき、光りを放つ星。それぞれがそれぞれの特性を持ち、それぞれの尺度で公転周期している。誰かと出会ったとき、秋空はああいまこの人と周期が同期した、と思う。同じ周期だったらこのまま巡るかもしれない。しかしそんなことはほとんど起こらない。やがて星と星との距離があいて、人は離れゆく。運が良ければまた巡りあう。そのときまで、どうかお元気で。秋空は常にそういう意識を持ちながら、他人と接している。
 たとえば夕とはどこまで添えるだろう。どこまでともにまわれるだろう。いまはぴたりと重なっている公転周期が、いつ離れるのだろう。
 体育すわりでテレビを見て、母と談笑を交わす夕を少し離れたところからぼんやりと見つめながら、秋空はそう思う。
 夕と母との奇妙な会合がはじまったのは十一月の初めごろ、それ以来、三週連続でこうやって夜を共にしている。夕個人とも二回会った。フリーターの秋空は短期のバイトを繰り返し、金が貯まったら旅に出る、という生活をしていて、いまはじっと旅の路銀を貯めている最中だ。その日は夕とは昼食を共にしたのだ。バイト先が夕の職場に近い、という理由で秋空から誘った。夕は嫌がらずに、むしろ喜んで応じてくれた。
 穏やかで静かで、こんなにも熱い人、と夕のことを思う。無口であまりしゃべらない。いつも静かに、凪いでいる印象だ。しかしそれは表面上の、見た目の話で、一度蓋をあけてしまえばするすると自分のことを語りだす。その口調には、つたないながら、熱を感じた。どうして自分は他人と同じようにうまくできないのだろう、どうして、どうして、という苛立ち、焦り、悔しさ。夕のよいところは、諦めていないところだと思った。自分にまだ見切りをつけていない。信じている。人は自分を許したとき、傲慢になる。そういう人間を秋空は何度も見てきたから、夕の気の張り方はある意味で痛々しくも感じたけれど、おおむね好意的に見ていた。
 ――いや、おおむねどころじゃない。この熱量をどうしたらいいのだろう。
 週に一度の飲み会は、初回だけ母の部屋で、以降は秋空のアパートで開催されている。そのほうが駅に近く、スーパーやコンビニにも近く、便利だ、と母が言い出したからだ。母の部屋だと気兼ねしているふうに見えた夕だが、秋空の部屋だとくつろげるらしく、先週はついに秋空の部屋に泊まっていった。布団がひとつしかないからと、同じベッドで眠った。背を向けて眠っても、触れた肩甲骨のあたりからじわじわと伝わる熱に、ただでさえ入眠障害をかかえている秋空は、寝つけなかった。
 今日も夕は泊まっていく。先ほど、風呂に入って持参した寝巻に着替えた。くつろいだ体、ボーダーのTシャツの袖口に覗いた手首の骨を見て、そこを齧る自分が容易に想像できた。手を取り、目を見あって舌を這わせてやったらどんな顔をするのだろう。噛んだら、痛い、と抵抗するだろうか。
「秋空?」と笑いながら振り向いた母と夕に、秋空ははっとした。
「私、そろそろ帰るから駅まで送って」
「はいはい」
「あ、僕も一緒に送ります」
「いいのいいの、さっきお風呂入ったでしょ、湯冷めしちゃう。秋空のベッドばーんと使ってくつろいでればいいのよ。気にしないで、また会社で会いましょう」
「……じゃあ、ここでお見送りします」
 夕は申し訳なさそうにうつむいていたが、母がコートを着、ブーツを履くと顔を上げて見送りをした。表は寒く、息を吐くと白かった。よく晴れあがった夜空を見上げ、母は「もう冬が来るのねー」と精一杯大きく深呼吸した。
「次はいつどこに旅に出るの」
「……まだ決めてない、けど、このあいだ行ったWが良かったから、今度はその周辺の島々を巡りたいかな。南半球、これから夏だし」
「何か月くらい?」
「さてね」
 ちらりと夕のことが頭をよぎった。いずれ星は離れる。
「年内はいるでしょ」
「多分、な」
「あなたこのあいだの誕生日でいくつになったんだっけ」
「二十三歳」
「そう、もうそんな歳なのね。――白髪が増えるわけだわ」
 そこで母は急に立ち止まると、びしっと人の顔を指さして、「まあ三十歳ぐらいまでよ」と言った。
「そうやってフラフラできるの。そのうち、落ち着いちゃうから」
「そうかな。親父は?」
「あの人は、結婚しても落ち着かなかったわ」
 父は、秋空が三歳のときに亡くなった。登山家で、冒険家で、写真家という肩書で、その通りの人生を生きた。一か所にとどまれる性分ではなかったのだ。秋空が大きくなったら一緒に旅に出たいといっていて、それは叶わなかった。海外の山で滑落死したのだ。
「おれもそうかもよ」と言うと、母はぷうっとわかりやすいかたちで頬を膨らませた。
 駅前の大通りまで来ると、母は「ここでいい」と言った。
「早く夕くんの相手してあげて。――おやすみ」
 そうしてスタスタ歩いてあっという間に見えなくなった。さすが女手ひとつ二十年もひとり息子を育ててきただけあって、怖いものはないらしい。母の台詞に少々困惑しつつも、秋空はもと来た道を戻る。
 アパートまでたどり着くと、部屋はきちんと片付いていた。
「別によかったのに、片付けなんて明日で」と言うと、夕は「ひとりで手持無沙汰だったから」と答える。それからぽつぽつ話して、明日があるから、と寝ることにした。秋空がシャワーから戻ってくると部屋は薄暗く、夕はベッドの端っこに、そんなに隅に寄らなくてもいいだろうというぐらい端に詰めて横になっていた。
 隣に潜り込んで、おやすみ、を言う。今夜は薬を飲んでいない。あの薬は時限爆弾を投下するようなもので、飲んでしばらくは効き目を感じないのだが、十五分、三十分と経つと猛烈な眠気を感じて、すとんと眠りに落ちてしまう。これが苦味との代償だ。
 背を向けて、なかなか寝付けなかったが夕のいる夜に薬を飲むのは惜しい。一晩中起きていて構わないから夕の気配を嗅ぎ取っていたかった。
こほん、とひとつ夕は咳ばらいをした。秋空は息を吐く。「起きてる? 夕」と聞くと、ややあって「起きてる」と声がした。
「ええと、……」
 夕の気持ちは、なんとなく気づいていた。自分の気持ちも、夕には明らかであると思う。
「来ないか、夕」
「……」
 夕は黙っていたが、数十秒の沈黙の後に「おかしい、と、思う」とつかえながら言った。
「友達同士でも、こんな風に同じ布団で寝たり、しない。……少なくとも僕には、そういう友達は、いない」
「うん」
「僕は、……僕は、」
 夕は言葉を一生懸命に探している。だが見つからない。秋空は起き上がり、ぎしりとベッドを軋ませた。
「おれだって、旅先は除くとしても、他人とベッドを共有するなんてそうあることじゃない」
 語りかけながら、夕の肩にそっと触れる。
「あることじゃないんだ」
「……」
「来てよ、夕」
 あくまでも、夕のほうから来てほしかった。夕が殻をやぶるところを見たいと思ったのだ。夕は顔を見せないまま起き上がり、それからゆっくりと向き合って、顔を上げた。眉根が寄って、それは眼鏡をはずした夕がものをじっくり見るときの癖だったのだが、泣きそうにも見えた。
 そっと秋空の手に触れる。と、勢いよくしがみついてきた。それを秋空はしっかりと抱きとめる。
「きみが好きだ」と夕は言った。「ごめんなさい」
「なんで謝る」
「僕は、僕なんかが好きになっていい人はいないと思って生きてきた。好きになってくれる人もいないと思ってた。全部自分で完結させて生きていくんだ、……って、」
 ひくりと夕の肩が跳ねた。夕のこめかみに、秋空はキスをする。夕はかたくなに秋空の肩に顔を押し当て、キスをさせてくれない。赤子をあやすようなリズムで、夕の背をたたいてやる。
 星が近づいた。いまふたりは一緒に公転している。このあとはどこへ行くんだろう。――それでもいまは、と思うと、もちろん夕の体を離せるはずがなかった。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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