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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 思春期のころには、この人生に見切りをつけていた。平凡な顔と体、なんの特技も持たず、注目されたことは一度とない。むしろ、欠点だらけだった。足は遅く、体は固い。頭の回転が遅く、目が悪かった。友人らのよくまわるしゃべり声が聞き取れず、自身の声にも張りがなかった。同級生はみなうらやましかった。あんな声で歌ってみたい。あんな速さで走ってみたい。あんなふうに暗記して、百点を取ってみたい。どれも全部ぜんぶ、自分には無理な話。
 兄がいけなかった。二卵性双生児で生まれた光一(こういち)と夕(ゆう)は、たった数時間しか生まれが違わなかったにもかかわらず、兄の光一がなにもかもをさらって持って行ってしまった。両親祖父母のよいところを結集させたのが光一で、残った寄せ集めが夕。兄とは、似る箇所などなかった。見目麗しく、冷静で公平で、水泳が得意で、屈託なく誰からも愛された兄。兄が光なら、夕はそこに出来た影だった。
 おまけに思春期の多感な時期に、自分は男が好きな人間なのだと気づいてしまった時の、なんだろうか、絶望、やるせなさ、諦め。
 今後誰とも添うことなく生きる人生なのだと思った。とりわけ思春期に感じた猛烈な体の飢えも、こころの淋しさも、全部自分で癒して生きる。所詮その程度の人間で、生まれ落ちただけありがたいのだ。生を与えられたことがもう素晴らしいのだ。
 そう思って二十二年間生きてきた。

 ◇

 兄は一流大学の経済学部に進学した。実家はちいさいながらも不動産会社を経営しており、それを継ぐべく大学進学した。夕は端から期待されておらず、商業高校に進んだのちは、地元の精密機器メーカーに就職した。と言っても手先は不器用だし、目は肝心なところでかすむ。就いたのは事務職で、実家でも必要とされていた職ではあったが、それをしなかったのは、夕のせめてもの抵抗だった。あのまま実家にずるずると居続けたのでは、兄と比較される人生で終わる。職業だけでも家から離れなければ、というのは早くから持っていた危機意識だった。
 会社の事務部門は受付のすぐ傍に構えられており、夕はその出来の悪さゆえに、受付のパート社員にかわいがられていた。彼女には夕と同い年の息子がいて、これがまた親の心子知らずで、ひとり旅にふらっと出ては母親の肝を冷やすようなことをやらかしているのだという。けれども本人はいたって平気で、母の手を煩う。もっと甘えてほしいのに、手がかからない子というのは淋しいもの、と彼女はよく言っていた。だから夕がかわいいという。弁当ひとつ食べるにも時間のかかる夕の傍に昼休憩の際にやってきては、ジュースだのみかんだのをくれた。
「うちは早くに旦那亡くしちゃったから、母と子ふたりだけでね。でも男の子なんか生むもんじゃなかったわ。すぐ大きくなっちゃって、全然構わせてくれないの。かわいくない」
 夕の向かい側でみかんを剥きながら、彼女はそう愚痴をこぼした。早くに親離れした息子は家を出て、彼女はいま、ひとり暮らしだという。いっそわたし再婚しようかなあ。でももう面倒くさいのはごめんだなあ。彼女の愚痴に、夕は上手に答えられない。
「夕くんは好きな子や彼女いないの」
 そんなの、いるはずがなかった。夕が好きになっていい人はこの世に存在しないし、好きになってくれる人がいるわけがない、と思っていた。しかしそうとも答えるわけにはゆかず、夕は目を伏せる。
「あはは、いいのいいの素直に答えなくても。かわいいなあ、夕くんは。素直でいいなあ。うちの息子ったらね……」
 彼女の長話は、それでも嫌いじゃなかった。夕をこんなにかわいがってくれる人はほかにいなかったから、母親がみんなこうならいいなと、ぼんやりと思っていた。
 彼女のおかげで、彼女の息子についてはやたらと詳しくなっていた。誕生月は十一月で、どこの大学を卒業して、いまどこに住んでいるのか。いまどこを旅しているのか。南半球のWという島に行っていると聞いた時は、心からすごいな、と思った。夕は海外へ出たことがない。パスポートを持っていないし、持とうという意思すらなかった。家業を継がなかっただけで実家暮らしは相変わらずで、幼いころから暮らすこの街から、出たことがない。
 彼女が一度、息子の写真を見せてくれたことがある。正月に息子を伴って夫の実家へ顔を出した際に、義父母がふるまう度の強い酒に、珍しく酔いつぶれた息子の写真をスマートフォンに収めたのだという。「こうしてるとかわいいんだけどね」と彼女が見せてくれた写真に写っていたのは、大きな体を毛布の上に丸めて眠る青年の姿だった。彼女の話からは想像つかなかった、幼い姿だった。とくとくと心臓が血を送り出す。うらやましいと思った。こんな風に誰かにいとおしく思われ、写真に写されること。彼女がなんのかんのと言いつつも愛情を持って息子に接しているのがわかる。
 好きに旅に出て、母を心配させ、それでも愛されている。
 顔を合わせたこともないのに夕の心を占めてしまった青年の、あの寝姿が、いつまでも焼き付いた。


→ 2



10月はついぞ更新が出来ずほったらかしになってしまいました。忙しすぎた……。
全5話です。お付き合いください。

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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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