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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 サマーニットに細身のチノパン、という格好は、辰巳さんによく似合いました。しかしそれでは少しだけ寒そうでしたので、わたしの上着を貸してあげます。これはユニセックスデザインの薄手のPコートで、春先によく着ていましたが、秋でも差支えないようです。辰巳さんは驚いた風に、「意外と普通の服もあるんですね」と言いました。
「ママは、店でこそ極端に男がする女装、って感じですけど、私服は、そうしていると女性ですね」
「あら、褒められているのかしら」わたしのいまの服装は、薄手のニットに、タータンチェックの巻きスカート、厚手の靴下にヒールのないサンダルです。長い髪はラフにバレッタでまとめて、背中に流してあります。
「センスがいい。ファッション系の学校でも通ったとか?」
「高校に被服科はあったけど、あたしは普通科だったわ。興味はあったし、被服科に友達も多かったけどね。あ、モデル、そういえばやらされたわ。文化祭でファッションショー」
「へえ。なにを着た?」
「なんだかよく分からない服だったわ。ガチャガチャしてた。ひらひらしたのが着たかったのにねー」
「がちゃがちゃ、って」
 辰巳さんは笑いました。ようやく見せてくれた笑顔に、ほっとします。わたしと辰巳さんは駅前まで出て、電車に乗り、三駅離れた繁華街で降りました。ランチの時間を少し過ぎていましたが、狙っていたお店では「二名様ぶんならなんとか」と仰っていただき、ランチプレートをいただくことが叶いました。
 少しエスニックの入った、クリームパスタのランチでした。食べ出したら急に食欲が湧いたのか、あるいは泣いておなかが空いたのか、辰巳さんは旺盛な食欲でそれを平らげました。とても良いことです。わたしは微笑みを浮かべながら、ゆっくりとランチを楽しみます。
 窓の外では、繁華街らしく人がひっきりなしに通り過ぎます。急ぎ足で行く人が多いです。みな秋物衣類でしたが晴れの日にふさわしく中には袖を捲った人やハーフパンツ姿の人もいました。辰巳さんに上着は必要なかったかもしれません。わたしもこの格好では、少し暑いと感じました。
「いい日ねえ」
 そう言うと、辰巳さんは黙って頷き、お水のお代わりを頼みました。
 食事はきっちりワリカンで、わたしたちは店を出ます。買い物をしたいと言ったのはもうじき弟の誕生日が近いからです。なにがいいかしらね、と辰巳さんに相談するでもなく聞いてみると、「家族仲いいんですね」と意外な方向からの返答がありました。
「そうね、いいわ。でも大変だったのよ、ここに至るまでにね。母は泣くし父は怒るし、弟は変な目つきで見てくるし。あたしがゲイだってことで、誹謗中傷もあったみたいだし。本当、あたしひとりさえいなければ、って思ったわ。あたしが存在しなければ。彼らは『まとも』だから」
 あえて辰巳さんの言葉を模してつかうと、辰巳さんは濃く凛々しい眉をしかめました。
「でもなんとなかった。いま田舎の家は弟が面倒見ててくれてるの。あたしも、少しだけど仕送りしてるのよ。父は膝が悪くてね。家をバリアフリーにしたら、お金がかかって。少しでも足しになってくれたら、と思って送ってるけど、弟からは笑いながら『足りない』なんて言われるような、そんな家よ」
「……いい家族だね」
「女の格好で帰省してくるな、と言われるのよ? だからお正月だけは、男装するの」
「うん、……いい家族だよ」
 辰巳さんは目を細めます。それから少し上を向いて、青空を見あげました。
「綺麗な青ね」
「ああ」
「あたし、思いは告げた方がいいと思うわ。それが叶っても叶わなくても、言わないでなかったことになるより後悔がない」
 これはわたしの経験から言うのです。わたしの台詞に、辰巳さんは上を向いたまま静かに「そうかな」と言いました。
「いまならまだなかったことに、」
「ならないでしょ、キスしちゃったんだし。それよりも以前に、愛おしいと思ってしまったんだし。恋をしてしまったんだし。いいことなのよ。誰に恋したって、本当は。ちゃんとあなたの想いを伝えるべきよ。そして話しあいなさいな。いままでのこと、これからのこと、ふたりともいちばん前向きになれる方法で結論が出たら、最高じゃない?」
「……ママは前向きなんだね」
「そういう思考になるようトレーニングしてきたの。自分と長い長い対話をして。どうせ生きるなら誰よりも楽に、自分が楽しいように、フリーに生きたいじゃない? 自分勝手、というのとはちがう意味でね。――あなたは違うかしら?」
「……おれは、ある程度の責任はきちんと背負うべきだと、思う。逃げたらいけない」
「辰巳さんは、そうね、そういうところが魅力だわ」
「固い、真面目、ってよく言われるよ」
「辰巳さんの好きな人がどんな人が知らないけど、そこが好きだ、と言うと思うわ」
 あ、この色いい色ね、とわたしは通りがかった店先のワゴンに目を留めます。冬もののマフラーが並んでいました。
「辰巳さんには深い赤が似合うわね。こっちのグレイも素敵だけど」
「そうかな、」
「似合うわ」
 濃い赤い色のマフラーを首元に当ててあげると、辰巳さんは少しだけ照れて、身を捩りました。けれど、
「おれが赤なら、」
 と、赤いマフラーの隣にあったやわらかなグリーンのマフラーを、あなたは手に取りました。
「渡部にはこれだと思う」
 やさしく微笑んで、そう言いました。


 数週間して、冬はもうすぐというころ、お店に鳥居さんが顔を出しました。おひとりです。「辰巳のやつ、実家継ぐって言って会社辞めたわ」と席につくなり言いました。
「ママ、辰巳となんかイイコトしたろ、」
「あら、言いがかりもいいところよ」
「だっておれ、見たもん。あいつが会社休んだ日、ママとあいつとでデートしてるところ」
「手すら握っちゃいないわよ」
「あーあ、なんだよおれだけ仲間外れで。淋し、」
 と鳥居さんのつぶやきがあまりにも悲しげだったので、ああ、あなたはよっぽど可愛いがられていたのね、とわたしは嬉しくなります。
 連城辰巳くん。わたしがかつて大好きだった男の子。
 偶然とはいえ、あなたがわたしを頼ってくれたこと、嬉しく思います。最後にわたしに買ってくれたマフラーを、わたしは死ぬまで離さないでしょう。
 あなたはあの後、どうしたでしょうか。意中の彼と思いを遂げたでしょうか。実家へ帰ったということは、結局言わなかったのでしょうか。
 それは分かりません。あれきりあなたは姿を見せませんでした。
 ですがわたしのことを覚えていてくれた、気持ち悪がらないでくれた、渡部、と呼んでくれた、様々な幸福をあなたはわたしにくれたから、わたしは祈ります。あなたの幸福を、前途を。どうかどうかとすがる気持ちではなく、ゆったりとしたあの微笑みに返すような、ふくらみのある感情で思います。
 もうじき冬が来ます。わたしたちの田舎はとても冬が深いので、都会暮らしに馴れたあなたは、凍えるかもしれません。それを温める誰かが、あなたがいちばん望む誰かであるようにと、祈ります。
「ね、鳥居さん。今夜は一杯おごるから、辰巳さんのお話しましょ。好きな人とどうなったかしらねえ?」
「知らねえよ。なんだよ気になるのかよ、ママ」
「鳥居さんの恋のお話でもいいのよ」
「最近は大人しくしてるぜ、おれ。ママの方こそ、どうなんだよ」
「ふふ、どうかしらね」
 ただ、祈ります。
 


End.



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みねきかやさま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
そう、今回は視点や口調など色々と「新しい」を目指して書きました。女言葉のおねえは受けるのか? と疑問でもありましたが、素敵、と仰っていただけたので、ほっとしております。
過去作についてはすみません、もう全然整理が追いついていないというか、ほったらかしの状態でとりあえず仕舞い込んでしまっていますが、いつかきちんと整理してやりたい、とも思っています。お約束出来ないのが申し訳ないのですが、気長にお待ちいただけたら、と思います。
次回の更新も張り切って参ります。そのときはお付き合いください。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/09/19(Sat)07:41:03 編集
アリィさま(拍手コメント)
はじめまして。読んでくださってありがとうございます。
そうなんです、辰巳が次第に敬語でなくなってきた、というのが今回のポイントだったりします。あくまでも読んでいる方の想像にゆだねたいので詳細を語ることはしませんが、アリィさんのご想像で合っています。
散々な思い出があって、それでも渡部は吹っ切って生きて来たと思います。今回のことは辰巳にはどうあれ、渡部にはとんでもないご褒美だったことでしょう。これで渡部は元気に、また、バーを切り盛りしてほしいと思います。
お話が好きだ、と仰っていただけて、とても嬉しいです。次回の更新もぜひお付き合いくださいね。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/09/19(Sat)07:54:45 編集
Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。Beiさんのコメント読んで思わずにやり。ちっちゃい思惑ですがあれこれ思案して想像していただけたようで、嬉しいです。
過去、ひどいことをしてしまった、と悔やむことは多くても時が遅かったりして、なかなかすっきりとすることはなかったりしますが、このふたりにはそういう場が訪れてくれてよかったな、と書いた本人ですが思います。
冬は色んなものを包括する季節だとも思います。冬へ、というタイトルは一見するとつめたく感じられますが、最後まで読むと主人公の渡部と重なるように、と思ってつけました。わりと気に入っています。
米津玄師さんですが、ボカロについては知人がドはまりしているそのおこぼれを頂戴するぐらいで、もう全く詳しくありません。ただ、そんなわけなので「米津玄師」の名前ではわりと初期のころから聞いていたりします。「街」などおすすめです。
男性が歌う「あたし」、結構気になって聞いてしまいます。今回の発想点は他にも色々とあるのでそれらのミックス編、という感じでしょうか。
書くのがスムーズで楽しかったので、男性の「あたし」もの、またいつか書きたいです。
また次回の更新でお会いいたしましょう。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/09/19(Sat)08:13:40 編集
nさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
「徹子の部屋」にくすくすと笑ってしまいましたw でもオムニバス形式はまたいつかきちんと書いてみたいと思っています。いい案をいただきました。ありがとうございます。
秋は色彩が深まる感じが好きです。「冬へ」というタイトルでしたが秋の色彩をイメージしておりましたので、伝わって嬉しいです。渡部にとっては嬉しい秋だったのではないかと想像しています。nさんの仰る通りで、初恋はきちんと成仏したかと思います。
また次の更新をお楽しみに。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/09/19(Sat)21:50:56 編集
りんごさま(拍手コメント)
秋らしい素敵なHNですね。読んでくださってありがとうございます。
お気に召して頂けたようで、ほっとしています。コメントは本当に励みになります。また次の更新もぜひ、よろしくお願いしますね。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/09/19(Sat)21:56:21 編集
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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