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 古い畳敷の居間で夜鷹と弁当をかき込み、食べ終えた夜鷹はその場に横になった。行儀の悪さよりは、疲労を感じられた。喋ることは山ほどあるのに、それも出来ないほど疲労している。旅の疲れ、怪我での帰国。隣の和室に布団を敷き、夜鷹を引っ張って横にさせた。
「夜鷹、シャツ脱がすよ」
「……いい、構うな」
「そういうわけにいかないだろ」
 薬か体液か、なにかが肩口に染みた夜鷹のシャツは洗う必要があった。「着替えはあるか?」と聞くと、「スーツケースん中」と妥当な答えが返って来た。
「鍵はどこだ」
「ポーチ……」
「ポーチはどこだよ。こら寝るな、」
 だが腹が膨れて安心したらしい夜鷹は、ずぶずぶと眠りへの道をひた走る。答えがなかったので諦めて夜鷹のシャツのボタンを外していく。と、日焼け知らずの白い腹に平たいボディポーチが巻きついていた。ベルトにつながったそれを外す。中から知らない国の紙幣がいくらかと、夜鷹のパスポート、カード、スーツケースの鍵が出てくる。
 スーツケースを探ったが、この季節に合うような衣類はかぶりのものしかなく、肩の怪我を考えて結局は青のシャツを着せた。夜鷹には少し大きい。ひと仕事終えて身体が汗ばんだので、青はシャワーを浴びて自身も着替える。戻っても夜鷹は眠っていた。髪に触れ、目元に触れ、頬に触れる。夜鷹がいるな、と思った。まだ信じられなくて、夢のように思える。
 夜鷹の衣類と自分の衣類を抱えて、近くのコインランドリーで洗濯をする。乾燥まで済ませて家に戻り、自分の寝床は居間に作った。狭い造りの家ではなかったが、夜中に逃げられたら嫌だという気持ちがどうしてもあり、夜鷹が通らずにはいられない部屋に布団を敷いたのだ。
 絞った明かりの下で、夜鷹のパスポートをひらいた。いくつものページに、いくつもの国を通過したスタンプが押されている。赤いスタンプ、青いスタンプ。知らない文字、知らない国。最初のページに戻り、夜鷹を夜鷹と証明する旅券を見た。サインは漢字で「前嶋夜鷹」と夜鷹特有の走り書きで印字されている。てっきりサインはローマ字表記を使っているかと思ったから、意外に思った。
 写真の夜鷹も、黒い髪で、黒い目で、黒い眼鏡をかけていた。いま隣で眠っている夜鷹よりも若い。息をついて、パスポートを置いた。眉間を揉む。この家を出て東京に帰るつもりだった今日、まだNにいて、青は一体なにをしているのか分からなくなる。
 明かりを落とし、青も横になる。あまり深くは眠れず、何度も寝返りを打った。それでも明け方にはようやく深めの睡眠に落ち、気づいたときは、夜鷹の素足が青の胸に載っていた。
「……人を足で起こすな、」
「青、シャワー使わせろ」
「ご勝手に、……」と言いかけて、それが出来ないのだと理解して起きた。「傷は?」と訊く。
「昨日までに比べりゃ遥かにいい」
「それはよかった。傷濡らすとまずいんじゃないか?」
「ラップでも巻いときゃいいだろ」
「ラップなんかないよ。もう本当にそこらのもの処分しまくった家だから……洗ってやるからちょっと待ってろ」
「そりゃサービスがいいな」
 青は顔を揉み、起き上がった。念のためにコンビニのビニール袋を割いて夜鷹の傷の上に巻き付け、浴室に招く。一切を脱いだ夜鷹が身体を晒す。
 椅子もマットすらもなく、浴槽の縁に頭を置かせて夜鷹の髪を洗った。身体も洗ってやる。スポンジもないから、石鹸を懸命に手で泡立ててこする。浴槽の縁に頭を置いていた夜鷹は、鼻から息を漏らした。
「興奮する……」口調はそっけなく、欲望のありかは分からなかったのに、夜鷹の性器は青に触れられて兆していた。
 視線を絡ませる。目の悪い夜鷹に合わせて顔を近づけた。夜鷹が昔の夜とそっくり同じに、口を開けた。青を待っている。腹の上に置いた手を石鹸のぬめりそのままに滑らせると、夜鷹は震える息を吐いた。
 当たり前みたいに夜鷹の首筋に口づけ、当たり前みたいに夜鷹の性器を握り込む。ためらいなく口に含んで唇で扱く。頭上で夜鷹が呻いた。さまよっていた夜鷹の手が、青の髪をまさぐった。
「……おふくろが倒れてたの、ここなんだ」
 唇を離して夜鷹に告げる。夜鷹は黒い目をさらに濃くし、「は」と嘲った。
「そりゃますます興奮する話だな」
「萎えただろ。……流すよ」
 興奮を諦めた性器から手を離し、シャワーのコックをひねる。石鹸を流しながら「髪、よく見たらめちゃくちゃだな」とコメントした。
「ああ、自分でやったり人にやってもらったりだったから。髭だってテキトーだしな」
「散髪行けよ、夜鷹。顔剃りまでやってもらえばさっぱりする。そのあいだおれはちょっと用足ししてくるから。終わったらどこかで飯食って、今日のうちには東京に戻ろう」
「ずいぶんと急ぐな」
「傷の経過はここにいるより実家で見てた方がいいって話だよ。ここ、なんにもないから」
「あのばあさんはなんで死んだんだ」
「くも膜下出血。風呂場で倒れてそれっきりだった。元々あんまり身体に無茶のきく人じゃなかったから、学校も早期退職して隠居生活だった。まめに電話はしたけどひとり暮らしにさせたままおれはこっちに戻らなかったし、……叔父さんが気づいてくれなきゃ、手遅れももっと手遅れになってた」
「孤独死か」
「ああ……」
「おまえのせいじゃねえよ」
 夜鷹に甘えたいのか、視界が淡くぼやけた。叔父から連絡をもらったときも、遺体を見たときも、葬式のときも、片付けさえも、全く泣けなかったというのに、いまさらこうして滲むものがある。
 シャワーを止め、夜鷹の身体を丁寧に拭いて服を着せた。昨夜コンビニで買った食料を夜鷹とふたりでつまむ。「散髪はいい考えだが現金がない」というので、金をいくらか渡してやった。
「おまえの用事ってなに?」と訊かれた。
「ああ、昨夜お寺から連絡があって。葬儀の際の弔問客の忘れ物っぽいものがあるから確認して欲しいと言われたんだ。だから寺に。ついでに墓参りをね。とりあえずおれは行くからっていう出発の挨拶ぐらいしようと思って。次いつこっちに来るかはまだめどがついてないから」
「ふうん。面白そうだな。おれも行く」
「え?」
「墓参りというか、見物だな。線香あげる義理はねえし。おれの散髪が終わるまで待ってろ」
「あんまり面白がるな」
「おまえも散髪したら?」
 夜鷹はにやりと笑った。青は髪を引っ張り、「そうだな」と答えて今日の予定が決まった。



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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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