忍者ブログ
ADMIN]  [WRITE
成人女性を対象とした自作小説を置いています。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


 商店街の一角に入る理髪店で、夜鷹と揃って散髪をした。顔剃りも済ませて夜鷹は無精髭だった帰国当初に比べればずいぶんと若い見た目になった。お互いにさっぱりしてから寺の最寄りまで行けるバスに乗る。山門からは徒歩だ。普段ランニングを趣味とする青と違って夜鷹は身体付きこそ細いが、それは決して体力のなさを表すものではない。大した息切れも見せず、山門から続く石段を上り切って見せた。
 寺に顔を出し、くだんの忘れ物とやらを見せてもらった。黒いバッグ一式で、ハンカチと数珠と手帳が入っていた。手帳に挟まれた名刺で確かに母親の葬儀の弔問客だとわかったので、預かり、あとは叔父に任せることにした。墓地へと進む。墓と墓のあいだをすり抜けながら、「そういえば浅野の墓もここか?」と夜鷹に訊かれた。
「いや、……おれたち夫婦に墓はないから。千勢の実家の墓に収めた。T県」
「だって、没交流だったとしても吾田家の嫁だろ? なんで実家に戻すんだよ」
「事情があるんだ」
 墓の前まで来て、墓掃除を簡単に済ませ手を合わせる。夜鷹は手を合わせすらしなかったが、「事情ってなんだ」と追及を諦めたりはしなかった。
 青は墓地の端に寄った。
「浅野は事故死だろ? 交通事故」
「そう。職場で研修旅行があるからと言って出かけた先で事故に遭った。でも、本当は研修旅行なんかじゃなかった。社内でいい関係になってた不倫相手がいて、そいつとの旅行だったんだよ」
「そりゃ、また」
「お互いに伴侶がいた。内緒で旅行に出かけて、事故に遭って発覚した。向こうのご家族にも会ったけど、あっちも寝耳に水みたいな話で、お互いまともに話は出来なかったよ。話を聞いた千勢のご両親が駆けつけて、……ただひたすら謝罪された。けしからん娘で申し訳ない、と。遺体は千勢の実家で引き取って、おれは一度も墓参りには行っていない」
「それが十二年前か」
「そう。最後におまえに会ったとき」
「……あのときは淋しい、と言わなかったな。おまえ」
「こらえたんだ。おまえに言われていたから。それに、罰みたいなものだと思った。おれは千勢と結婚したけど、それは昼間の道をどうしても歩きたいという意地から来るものだったから、それを千勢はどこかで見破って、だから不倫でこういう結果になってしまったのかな、と。彼女をそうさせたのはおれの行動が原因で、死なせてしまったのは、報いなんだ」
「ばか言ってんじゃねえ。相変わらず思考にいちいちロマンスを挟む男だよな。浅野が死んだのはヘマやらかしたからだ。おまえへの罰や報いのために死んだんじゃねえ。浅野は浅野の人生がそれで終わりだったから死んだんだ」
「夜鷹は、寿命ってあると思うか? 未来ってのは決まっている?」
「未来は決まっちゃいない。ただ、りんごが空に向かっては落ちないように、決まった法則はある。物理だな。ここが詰まったら血が止まって死にます、とか」
「……夜鷹が銃で撃たれても生きているのは、物理?」
「運がよかった、としか言えねえ。ヘマしなかったって意味だな。まあ、危ないところに首突っ込んでったのはおれだし、これで下手こいて死んでもそれまでだな、とは思った。おまえと道が分かれてからは、ずっとあった感覚だ」
「……おふくろが死んだとおれが連絡をしなくても、夜鷹はここへ来たのか?」
「撃たれて、治療されて、退去命令を告げられたときに、身体があるうちに身体でしか出来ないことをしないとな、と思い直したんだ。それだけだよ。事故の教訓ってやつだ」
 夜鷹は腕時計を確認して、「用が済んだら行こうぜ」と言った。
「戻るんだろ、今日中に」
「うん。東京に」
「おまえんとこ行っていい?」
「おれのマンション? 夜鷹の実家じゃなくて?」
「野暮なことは言うなよ。しばらく泊めろ」
 ああ、と頷くと、夜鷹は先を歩き出した。


← 25


→ 27





拍手[10回]

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。

2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」

2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
カウンター
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新記事
フリーエリア
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]

Template by wolke4/Photo by 0501