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四.青と夜鷹(midnight to predawn)



 するすると人混みを分けて進む背中を追いかける。魚みたいだと思った。水の流れを完全に熟知しているから、障害をものともしない。そんなわけないだろう、と青は腕を伸ばした。右手を強く掴んで引くと、その衝撃というよりはなにか別のものに起因するような反応で、夜鷹は声をあげた。
「――ってぇ」
「逃げるな、夜鷹」
「分かった、分かったからそんなに強く掴むな、てか引くな。傷引っ張られて痛えんだ」
「傷?」
 言われてパッと手を離した。夜鷹は左手を荷物から剥がし、右肩をそっと押さえた。
「そういえば電話口で療養だって言ってたな。肩か? どうした」
「銃で撃たれた」
 その答えは予想のはるか上空を飛んでいく。夜鷹は肩口のシャツを確認し、「くそ、なんか滲んでる」と忌々しそうに言った。
「見せろ。銃で撃たれるようなことを、なんで、」
「ちょっと抗争に巻き込まれたんだよ。かすっただけで、傷は大したことない。ただヤブ医者だったもんだから、術後がどうもよくない気がすんだよな。帰国したらまず日本の医者にかかれとボスに言われたが、こっちで医者も面倒」
「いや、かかった方がいい。確かに滲んでる。血は止まってるのか?」
「縫われたはずなんだがね」
「こんなとこじゃ確認もできない。傷は右肩だけか?」
「この通り五体満足で帰国してる。まあ、多少の擦過傷や打撲はあるけどな」
「分かったもんじゃないな。――くそ、もう逃げるなよ」
 念のために夜鷹の左手首を掴み、荷物をさらって歩き出す。夜鷹が変に逃げるから逆方向の口まで来てしまった。こちら側のロータリーは裏玄関なので、あまり人通りがない。ゆえにタクシーも停まってはいなかった。それに外科の病院に向かうならやはり方向が違うのだった。元来た道を戻る。
「なんで逃げた」
「おまえの彼氏なんか紹介された日には絞殺死体を山中に埋めることになるからさ」
「ばか、あれは地元の幼なじみだよ。わざわざ香典を持ってきてくれたんだ」
「その紙袋?」
「そう。あいつの嫁さんが用意してくれたって菓子もあるらしい。後でな。病院が先だ」
 左手を引かれるままに、夜鷹は黙って大人しくついてきた。反対側のロータリーまで来て、ようやくタクシーを捕まえた。市民病院に向かうよう運転手に告げる。夜鷹の大きな荷物はトランクに収まった。
 タクシーの中でも左手首をずっと掴んでいた。そうしないと不安だった。またどこかへふらっと行ってしまえる、と思う。そのあたりは長年の経験から、信用がない。
「本当は今日、東京へ帰るつもりだった」と青から沈黙を破った。
「幼なじみと昼飯だけ一緒にして、ここは去るつもりだったんだよ。葬儀も片付けも終わったから。でも、おまえが来るって言うから、」
「おれのせいかよ。電話寄越したのおまえからだぞ」
「会いたかったから、こんなに早く会えて、うろたえる……」
 いまさらになって震える膝をさすった。夜鷹が右肩にもたれかかってくる。
「傷、熱持ってきた。ちょっと貸してろ」
「辛い? 横になるか?」
「いや、これでいい」
 夜鷹は目を閉じる。肩に置かれた夜鷹の真っ黒な髪からは、知らないにおいがした。
「おかえり」


 夜鷹の傷の経緯と経過を診た医者は驚きを通り越して呆れていた。帰国の途中ではガーゼを取り替えられなかったこと、当てられていたガーゼが汚染されていたことで、夜鷹の銃創は化膿していたのだ。夜鷹には抗生剤が打たれ、傷も縫い直された。帰国して早々の外科治療に参っているのは夜鷹本人で、処置が済んでもベッドの上で目覚めなかった。深く眠っている。
 鈍く頭痛がした。カーテンを開けて外の様子を窺うと、日暮れの空から雨がパラパラと落ちていた。そういえばそんな予報だったと思い出す。
「様子はどうですかねえ」と外来の看護師がカーテンをくぐってやって来た。
「帰れそうならお帰りいただいていいんですけど、だめそうなら無理せず入院で様子見ましょうか?」
「いや、帰ります」
 答えたのは夜鷹だった。看護師の声で目が覚めたらしい。
「ああ、お加減どうですか、前嶋さん」
「熱引いたっぽいです。大丈夫」
「薬が効いてますからね。大丈夫なら会計進んでお帰りください。痛み止めと抗生剤と化膿止めの処方箋も出てますから、忘れずに。まめにガーゼは取り替えてください。まだ傷口診る必要がありますので、このままここにかかるなら次回の来院の予約取ってもらえばいいんですけど、前嶋さん東京なんでしたっけ? あちらの病院にかかられるなら紹介状用意しますが」
「紹介状でお願いします」
「分かりました。用意いたしますので受付で受け取ってお帰りください」
 看護師は用件だけ伝えてベッドから離れた。夜鷹はシャツに袖を通し直して、身支度をはじめる。
「カード使えるよな。両替してないから現金がない。保険証ないし、請求がこえーな」
「保険でなんとかならないか? それに帰るって、どこに帰るんだよ。まさか東京か?」
「いや、今日これ以上の移動はさすがにしんどい。おまえのとこに泊めろ。それともおまえは今日中に東京に戻らないとまずいのか?」
「いや、それはなんとでもなるけど、……家の鍵を叔父に預けてたんだ。受け取り直さないと」
「じゃあ手配してこい。おれは会計して薬局に行く」
 夜鷹は立ち上がり、染みのついたシャツで処置室を出た。夜鷹が手続きを済ませるあいだに青は叔父と連絡を取って家の鍵を受け取った。
「――雨か」病院を出て夜鷹は漏らした。
「タクシーで戻ろう。家、布団ぐらいしかもうないんだ。夕飯買って行こう」
「うなぎ食いてえなあ」
「無茶言うな」
 タクシーで途中コンビニに寄ってもらい、朝出た家にまた戻る。
「おまえの実家、そういやはじめて」
 夜鷹は嬉しそうというよりは、愉快でたまらないという顔をした。



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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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