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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「登頂記念に」
「じゃあおまえもなにか買って寄越せよ」
「さっき石をあげた」
「あれで誤魔化すな」
 売店で言いあいながら土産物を選ぶ。ろくなものはなく、お互いに選び出したのは絵葉書だった。青が選んだのは木版画のレプリカで、夜鷹が選んだのは山頂の写真だった。
「これでまたおれに手紙を書いて」と青は言った。
「おれも書く」
「分かった」
 山荘内の雑魚寝の一室で、日干し程度でごまかされている布団に横になって昼寝をした。目が覚めると陽は落ちていた。食堂で夕飯を食べる。大した料理でもないのに、豚肉の入ったカレーは美味しかった。
 防寒と防風対策をして、山荘の外へ出る。ヘッドライトを頼りに歩き、尾根からわずかに下った草地に寝転んだ。ここなら風を防げる。ヘッドライトを消すと、頭上を覆う星々がにわかに騒ぎ出した。お祭り騒ぎのやかましい夜空を見上げ、青は「すごい」とため息をついた。
「こんなに――すごいのか。天の川がくっきりだ」
「今日は月の影響がないせいだな」
「あったとしても下よりずっとすごいよ。天体望遠鏡持ってこなくても充分だな、これだと」
「あんな重たいもの持って登山するばかがいるかよ」
「星座盤は一応持って来てるんだけどな。すごい。下じゃ見えない星が肉眼で見える」
 青は隣で興奮し、息を飲んでいる。そのうち頼みもしないのに星空の解説をはじめた。夜鷹の視力でもちゃんと分かる星を、ひとつひとつ丁寧に説明する。
「――おまえはいつもこんなものを見てたのか」と青は言った。
「いつもじゃねえよ。日帰りで帰る山もある。天気の悪い夜だってな。今日のおまえはラッキーだ」
「よだかの星」
「あ?」
「ってどれだろうって思って星を見はじめたのが天体に興味を持ったきっかけ。小三でサマースクールにはじめて参加したときだった」
「……宮沢賢治の?」
「うん。鳥が星になるあの話」
 青は起き上がった。夜空を見上げながら「『よだか』って名前の友達が出来た夏だった」と言った。
「……でもあの童話の鳥は、醜いんだよ」
「そう、醜い。でもめちゃくちゃ飛んで星になった」
「おれ、あの話嫌い」
「夜鷹は嫌いだろうな。宮沢賢治自体に同感しなさそうだよな」
「おまえは好きそう」
「うん。ちいさい頃からずっと好きで読んだ。まだ父さんが一緒に住んでたころに読んでもらった記憶があるよ」
「おまえらしいコンプレックスの塊の記憶だな」
 星空を見上げていた青が、夜鷹を見下ろした。星明かり以外の明かりのない場所で、青の目がやけにはっきりと光り、夜鷹を見つめているのだと分かった。
「夜鷹」
 顎を取られた。青の影で星空が隠される。夜鷹は目を閉じ、唇を開けた。餌をねだる鳥の雛のように待っていたのに、青の唇は近くにあってもなかなか触れない。ただ間近で顔を、目を覗き込まれる。たまらなくなって舌先で青の唇を舐め、自分から唇を押し付けた。
 青はそれを受け入れ、角度を変えてキスをする。何度も舐める。うるさい暴風にも紛れずなまめかしい水音がした。
 身体が震える。胸がざわめく。脳髄が煮える。指先から溶ける。なにも考えられないまま次を求めて身体を起こしかけたが、青に軽くかわされ、夜鷹はキスをし損なった顔を青の肩先に埋めた。
 青もまた草地に寝転ぶ。
「夜だったら、こういうことになる」と青は夜鷹の髪を撫でて言った。
「昼間、こんなことは出来ない」
「……おまえが気にしてんのは、世間体?」
「分からない。でも人の目は怖いと思う。真っ当じゃないって言われるよ。おかしいよって。狂ってるって」
「言われたか、誰かに」
「……」
「大方おまえの母親あたりだろうな。想像はつく。教師をやって、女手ひとつでおまえを育てた、世間体を気にするおまえの母親。息子には幸せになってほしいと思って正しい道を示す……そんなところだろ」
「……母さんには、おれだけだったから、」
「子離れできてないって言うんだよ、そういうのをな。おまえはそれに気付いているが、母親のためだと言い張って見ないふりをしている。せまっくるしいのに我慢だ。自己犠牲にすらなってない」
「言うな、」
 うるさいとばかりに口を塞がれた。そういうキスの仕方は本当に青らしくなかった。夜鷹は妙に息苦しく、楽しい気分になった。こうしてこいつの感情を覆う外殻を剥がして剥がして、最後に残る純粋な性質はなんだろうか。
 それを夜鷹は見たい。けれど青は嫌がる。だからこの恋が夜鷹の望むようになることはない。
「ずっと夜だったらいい」と青は苦しそうに呻いた。
「でも星は自転するし、太陽は昇る。朝は来る。昼間は仮面をかぶるようで、それがなんだか、まるで」
「まるで?」青の頬を撫でた。
「おれは、夜にしか飛べない鳥みたいじゃないか……」
「……よだかの星の話か?」
「そう、醜いんだ。とても、醜い。でも、昼間で生きていたい」
「甘ったれた比喩だな。……それがおまえの、淋しい、ね」
 苦しい、と同義だなと思った。こだわりを捨てればいつかは克服される苦痛かもしれない。けれど夜鷹はそれに関与しない。青のことだから。他人事だから。
 青は青でしかなく、夜鷹は夜鷹でしかない。同化はあり得ない。
 好きでも嫌いでも無関心でも、身体を分けた以上は、みな同等にそういうことだ。
「おれだって夜しか飛ぶ気はねえよ」と答えた。
「おまえは、夜にしか飛べない。おれは、夜に飛ぶ」
「……言葉遊びだ。夜鷹らしくないな」
「戻って寝るか。冷えて来たな。明日は御来光を見るから早いぞ。夜明け前には山荘を出る」
「朝なんか来て欲しくない」
「言ってろ」
 起き上がっても男は苦悶に歪んでいたので、その膝に乗り上げて頬を掴み、キスをした。青はそのときようやく、キスで目を閉じた。
「帰る気がないなら、いつまでもここにいろ」
 言い捨てて寝床へ戻るつもりだったが、強く手を引っ張られてやっぱり青の上にとどまる。
 青は夜鷹の頬を両手で包んだ。吐息が当たる。
「夜鷹が好きだ」
 青の瞳は、暗かった。
「ずっと好きだ。でも、愛せない」
「昼間飛びたいから」
「そう。昼を歩くようにと言われて、……おれは抗えない」
 夜鷹は青の手に自身の手を重ねた。
「世の中がそうだから仕方ない、とおれは思わない。思わないし、おまえに言ってやらねぇ」
「……」
「おれは夜飛ぶ。でも昼間も飛べる。そうやって暮らす。青、ここは分かれ道だ」
「分岐する道がまた交差することって、あるかな……」
「ねじれの関係なら、空間が違うから、ないな」
「球体だったらある」
「軌道がずれなければな」
「じゃあ、この先のどこかでおまえに通じているんだと、おれは信じる」
「真面目だよ、おまえはな」
 青に引っ張られて、唇ではなく、額を合わせた。目を閉じてしばらくそうする。善良な鳥は寝ているのだろう。けれどいまはまだふたりとも夜しか飛べないから、夜は眠れない。
 肩に触れ合い、夏休みのはじめに見た洋画に出てきた挨拶程度のキスをして、山荘に戻った。


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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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