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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 翌朝は青より早く目覚め、庭木に水をやってシャワーを浴びた。洗い替えのシャツに着替え、朝食を作る。そのうちに青が目覚め、床で眠ったことで痛む身体を揉みながらキッチンへやって来た。
「夜鷹、」
「シャワー使えよ。上がったら飯にすっから」
「夜鷹聞いて。おれは、」
「あとで聞く。ゼミで行かなくちゃなんなくて、そのあとバイトなんだ。おまえ今日は?」
「……就職活動の下調べと、図書館」
 ふうん、とおざなりに答えて、青をシャワールームに追いやった。支度をしているうちに青が着替えて戻ってくる。今度はダイニングに向かい合って、食事を取った。
 沈黙の食卓で青が口をひらいたのは、食後の紅茶で一息ついたころだった。
「夜鷹、昨夜のこと」
「おまえすげえ酔っ払ってた。言ってることめちゃくちゃだったし」
「違う。夜鷹、おれは覚えてる。忘れていない。おれは、」
「留学しようと思うんだ」
 唐突な夜鷹の発言に、青は分かりやすくうろたえた。
「留学? 短期の?」
「違う。大学を卒業したら、向こうの大学院に進学する。今年は旅行やめて、資金を貯めるためにバイト漬けの夏休みだ。もちろん具体的な学力の準備もする」
「……それは、帰ってくるのか? 日本に」
「分からない。このまま日本で院に進もうかと思ったが、こっちじゃやれることが限られてるから。担当教官に相談したらおれは国内より国外へ出た方がいいと勧められた。あっちの大学院の教授にも相談してもらってるところだ」
「……逃げるのか?」
「やりたいことがここにないだけだよ」
「違う。夜鷹、おまえはおれから逃げるんだ。おれはどれだけ、……決して叶えてはいけないことだと思いながら、おまえを、……どれだけ、」
「おまえの苦しみはおまえのもの、おれの苦しみはおれのものだ。おれたちが同一になることはない」
「夜鷹、」
「青、愛してるよ」
 青は言葉を失い、黙った。
「ずっとそうだ。おれはずっとおまえに浸水してるんだ。これから先も変わらないだろう。だが水の中では生きられないんだよ、青」
「夜鷹、おれは、……おれ、……は、」
「離れようぜ、青」
 その言葉は、なによりも夜鷹を傷つけた。
「サマースクールの時期は終わったんだ」
 朝食を食べ残して、夜鷹は席を立つ。残飯を片付け食器を洗っていると、同じく食器を手にした青が傍へやって来た。
「夜鷹、夏休みはずっとバイトか?」
「進学資金を貯めたいからな」
「二日ぐらい空かないか」
「おれの話聞いてたか?」
「登山したいんだ。夜鷹が前に山頂で見たっていう雷雲とか、星空とか、森林限界の尾根とか、……おれも見てみたい」
「……同じもんは二度と見られねえよ」
 日程はあとで調整しようと言って、ふたりで食器を片付けた。


 盆休みを過ぎたころに日程を合わせて登山をした。Tという山で、山頂が花崗岩で白いのが特徴だった。日帰りでも行ける山だが、星を見たいという青のリクエストで山頂近くの山荘に一泊することにした。バスに乗って登山口まで、そこからの行程は歩きだ。山歩きに慣れない青を先行させた。地図読みは互いに得意なので、道に迷うことはなかった。
 よく晴れていて、森林限界を過ぎて頭上を覆うものがなくなってからは容赦なく日光に照らされた。途中で休憩を挟みつつ、ハイペースで山を進む。すれ違った登山客から「頂上のあたりで白いコマクサの終わりかけを見れますよ」と情報を得て、青は「白いと珍しい?」と訊いた。
「フツーはピンク色だ。高山植物の女王だぞ。前にサマースクールで植物学の先生に習ったと思うけど」
「そうだっけ? いつのサマースクールだろ。花の名前は覚えられないんだよな。……なんで白い?」
「そこまで知らね」
 休憩を終わらせてまた道を進む。尾根へ出て青は息をついた。「本当に白い」と言ったのが、山肌のことなのか、花のことだったのかは、分からなかった。
「その辺の岩、ガラス質だから迂闊に触ると切るぞ」
「そうなのか?」
「あと汗は体温を奪うから、上になんか羽織っとけ」
 山荘に荷物を預け、軽装で頂上へと進んだ。冷えた空気が肌の熱をたちまち奪う。「青いな」と青は漏らした。足元以外に地面はなく、木々は低いし、建物もない。スカイウォーカーにでもなったような心地をそう表現したのだろう。
 夜鷹は周囲に出る雲を見て、「天気もちそうだな」と言った。
「少し別行動するか? 三十分後にここへ集合」
「いいよ」
 不意に青は夜鷹の頬に触れた。心臓が鋭く痛む。夜鷹の帽子のひさしを深くして、「アレルギーには注意して」と言って山頂から続く尾根を確かな歩幅で歩いて行った。
 夜鷹は何度も訪れている山の、頂上付近の、突き出ている岩に登って際に立った。眼下には深く谷が切れ込んでいる。不思議と怖くはなかった。山へ来るといつも想像する。滑落する自分のことだ。あっさりと死ねる、生死の境の曖昧な土地。美しいものと恐ろしいものは裏表で実に近い。ここもそういう土地で、白い岩肌も、照りつける日光も、青空も、谷を埋め尽くす緑の木々も、鳥肌を立てるほどに美しく、夜鷹を簡単に裏切る。その潔さが夜鷹は好きだ。
 三十分後に待ち合わせ場所に向かうと、青は遅れてやって来て、夜鷹の手に白い石を載せた。
「さっきこれで指を少し切った。硬いのかと思って触ったら案外脆くて。やるよ、それ。夜鷹は手を切るなよ」
「ここ、国立公園だから採取は禁止なんだよ」
「黙ってればいい」
 白い石塊をハンカチで包み、ザックのポケットに突っ込んで山荘の方へ向かった。夕食にはまだ早く、山荘の外に出されたベンチに座ってビールを飲んだ。日暮れに向かって風が出てくる。下では感じられないような強い風だ。風に負けて山荘に戻り、ふと土産物を売っている方を向いて、青は「なにか買って」とせがんだ。



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寒椿さま(拍手コメント)
ご無沙汰しております。唐突に始まっておりますが、読んでいただけて嬉しいです。
やはり物語ですので、こうありたいとか、こんな興味を持ちたいとか、こういう人が魅力だとか、私の思うようなところを書く部分は大きいです。一方でその逆もあり得ます。
そして今回の物語の根っこには「自立」や「孤独」があります。金銭的な自立、社会的な自立、精神的な自立など様々ですが、誰もがなにかに依存して暮らしているはずで、それを振り切って暮らせるのか、という私自身のクエスチョンがこもっていたりします。
あとは私はどうやら「口の悪い」人が好きなようで、今回存分に書きましたがまだ書ける気もしています。もっと掘り下げたかったかもしれません。

色々と書きましたが、ひとまず今月いっぱいはこの更新続く予定でいますので、お付き合いくださいますと幸いです。
また、まだ公開に踏み切っていない作品も多々あります。まだ構想段階のものも、書いたけどブラッシュアップが済んでいないものも、様々です。あまり更新の頻度は高くありませんが、サイトを閉じることはいまのところ考えておりませんので(サービスの終了などの都合で発表の場所が移る可能性もなくはないですが)、引き続きお付き合いいただけると嬉しいなと思っております。

本日も更新ありますのでお楽しみに。
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2020/07/05(Sun)05:47:59 編集
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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