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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 進学したのは私立大学附属の中学校で、中等部からの入学は多少珍しかったが、夜鷹にとっては苦になる出来事ではなかった。大学までそのまま上がるかまでは考えなかったが、少なくともいままで所属していた公立校よりは激しい能力差がなく、学力レベルにおいては桁違いだったため、こうやって差別の出来上がりだと進学当初は思った。同級らは悪い連中ではなく、だが不思議と個々に差の大きかった小学生の頃を懐かしく思う。どちらにせよ夜鷹は浮いている類に属した。やはり口の悪さか意地の悪さか。それでも夜鷹は全く構わなかった。群れる気はない。誰とも、どこでも。
 高等部に進級した際、夜鷹は学校の交換留学の制度を利用して二週間の短期ではあったが海外に行った。旅先から送ったポストカードを青は喜び、サマースクールで再会したとき、「夜鷹に将来の夢は国外?」と訊かれた。
「さあな」と答える。
「あちこち自由に行ける職がいい」
「なんだ、もう具体的な案がありそう」
「青は? 天文学者か?」
 青が小遣いを貯めてようやく天体望遠鏡を購入してから数年が経つ。暇さえあれば覗いている話で、今回のサマースクールにも特別申請を出して持参していた。
「いや、学者じゃなくてもいいんだけど」
「天文に関する仕事?」
「仕事は、なんでもいいんだ。天文は仕事にしなくてもいいかなって。まだまだ見たい星も知りたい謎もたくさんあるけど、それは趣味で叶える興味の範疇で構わない。ただ、……うまく言葉にできないんだけど、淋しい思いはしたくないから、そうならない将来がいい」
「それ夢って言うのか?」
 突っ込んだものの、本人もやはりうまく言葉にならないようで、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「……夜鷹は好きな子って、いんのか」
 随分と悩んだ挙句の質問が恋話で、だが内容が興味本位ではないことは分かった。夜鷹はいつもの軽口を叩く口調で、あっさりと「いるよ」と答えた。
「そっか。かわいい?」
「かわいくはねえかな」
「胸が大きいとか、足が綺麗とか」
「手足は長い。背も高い。でも、身体的特徴だけで好きになってるわけじゃねえ。鳥類じゃないからな」
「でも、『だけ』ってことは身体的特徴で惹かれる部分もあるんだ」
「おまえだってあんだろ。胸のでかい女に顔埋めてみたいような欲求が」
 そう言うと、青は黙った。随分と長いこと沈黙している。そんなに黙っていては合わせた星が動くだろうがと思ったが、せっかく持参した望遠鏡を前に、本人の心はどこか上の空だった。
 夜鷹は舌打ちをして、用意した水筒に淹れた紅茶を口にした。夏と言えど高地の合宿所だったので、夜は長袖の上着を必要とするほど涼しい風が吹く。
「もう浸水してる感覚」と答える。
「浸水?」
「海でもプールでもいいけど。水の中に潜るだろ。温度差に肌が粟立って、水の重さに身体が不安定になる。呼吸もできない。けど、それにずっと浸っていると慣れて、水なしじゃいられなくなる。絶対に水の中で生きられないのは分かっているのに、肌を纏う水が恋しい。そういう感覚」
「……そいつはよっぽど近いのか、おまえに」
「そいつ以外におれに近寄らねえだけだよ」
「相手もそう思ってるのかな? 肌にぴったりそぐう感覚を、夜鷹に」
「知るか」
「相手の気持ちを確認してないのか? 夜鷹が?」
「確認してどうするんだよ。恋愛成就の方向性が全く同じのわけがない。ただ利害が一致してるだけなんだよ、実は」
「もっと夢のあること言ってくれよ。高校生なんだし」
「触りたいと思っていて、触れる身体がそこにあるから一緒にいるだけだ。好きだ愛してるって言って、それがどこに由来するかなんてお互い確認しねえんだよ。本当はな、好きだの意味なんか人の数だけ違ってんだ。夢ね。ばからしくて反吐が出る」
「……夜鷹の好き、は、『浸水』なのか」
「『溺れる』の方かもな」
 そこでまた沈黙が出来、やがて青の口から「おれの『好き』はおかしいんだと思う」と吐息がこぼれた。
「おまえはまともだよ」
「違うんだ。性格の話じゃなくて、……淋しいのが嫌で人の傍にいたいと思う。けど、傍にいても淋しさを埋められない。身体の内側がずっと冷えているんだ。それを自力でも、他力でも、温められない」
「……誰にでも?」
「……こいつの傍にいたいなと思うやつはいるよ。でもそれは、叶えちゃいけないことだから」
「決めつける意味がわかんねえな。ひとまわり上の女教師に恋でもして社会的な立場が危ないのか?」
「……その方がずっとましだ、きっと」
 横顔を窺うと、冷えで青醒めていた。夏の肌とは思えない。夜鷹は草地に寝転がり、「別に無理に話す必要もねえよ」と言った。
「話したいって言うなら聞くけど、おれは同情しないし、道筋だって示さない。おまえの『好き』なんか知ったこっちゃねえ。絶対に共有なんか出来ねえからな」
 そう言うと、青は寝転ぶ夜鷹を覗き込んだ。青ざめているが強い瞳をしていて、胸が騒がしくなる。
「どうしてそんなこと言うんだ」
「事実だろ」
「なにかを一緒に分け合って食べて、美味しいね、そうだねって、分かち合うことが出来るだろう?」
「美味しいと感じていても、そいつの美味しさを、おれは全く同じには感じられない。おれたちは個人なんだよ。同じ味覚は持たねえんだ。身体はひとつきりだ。心もな。分け合えない」
「そんなのは淋しいだろ、夜鷹」
「美味しいね、と言うことは出来る。共感ってやつだ。だがそれはやっぱりそいつだけの感情なんだ。苦しいことも、淋しさも、恋しさも、」
 夜鷹は青の胸を突いた。
「青、おまえだけのもの。おまえだけが味わう、おまえだけの人生だ」
 青は顔を歪め、胸に当たった夜鷹の手を強く掴み、うなだれた。
「それは嫌なんだ、おれは」
「だったら道はふたつだな。共感して慰めてくれる、おまえにとって都合のいい相手を見つける。そういうものだと思って諦める。後者は悟る必要性があるだろうから、宗教や哲学でもかじってみれば?」
「……おれは、ひとりになりたくない」
「いますぐ出す答えじゃねえよ。いずれ出る答えかもしれねえ。まあそれまで苦しいってんなら、憂さ晴らしぐらいは付き合ってやるから、泣くなよ」
「なにに付き合ってくれんの?」
「いまだって天体観測に付き合ってやってんだろ。もっと刺激が欲しいなら、ポルノでも見に行くか? おまえの身長なら十八禁でもいけそうだな」
「……やめとく。天体観測で充分だ」
 夜鷹の手を離し、青もまた夜鷹の隣に寝転んだ。
「夜鷹は、友達だよな」とひとりごとのように青は言った。
「おまえの定義する友達とおれの定義する友達が一致するならな」
「一致するよ、……するさ。ずっと大事な、友達だ」
 青は腕で目元を覆った。星を見る気はないらしく、夜鷹は「おまえいつまでNにいんの」と話題を変えた。
「いつまで?」
「進学考えてるだろ? 大学はこっち来いよ」
「東京?」
「年中ずっとサマースクール状態だ。会えるようになる。夏だけじゃなくな」
「……でも、母さんは地元の大学に行って欲しいって思ってるみたいで、」
「そりゃ母親の都合で、おまえの都合じゃない。親子ってのは面倒だよな。一応加味してやらないとまずいらしいあたりが、不愉快に面倒だ」
 青は困惑を隠さなかったが、「夏だけじゃないんだな」と小さく復唱した。
「……行けるなら行きたい。Nを出たい、おれも」
「ああ」
「夜鷹の傍にいたい」
「なら決まりだな。受かれよ。言っとくけどうちの大学は難関だから」
「知ってる。夜鷹はストレートで上がれるの?」
「いまの成績のままなら」
「じゃあおれも頑張ってA判定取る」
「楽しいことしようぜ、青。淋しい暇なんかねえよ」
 その答えに安堵したか、青はやわらかく微笑んで「うん」と答えた。



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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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