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小学六年生になって参加したサマースクールは、お互いに学習も進み成長していることもあって、より高度で専門的な講座を選択した。もはやNの社会教育施設ではなかった。ただフィールドワーク込みの合宿型だったので、寝泊りはともにした。
青はこの時期に一気に背が伸びた。夜鷹も伸びたけれど、追いつかない。陸上部に所属していて走っていると言い、細い身体はよく鍛えられていた。夜鷹の目線に気づくとはにかみ、名前を呼んでくれる。屈託なく呼ばれても夜鷹は素直になれない。なる気もなかった。
その日もフィールドワークに出た。地質の専門学者による講座で、断層を見つけ写真に収め、地図に書き記していくものだった。近くに山林の迫る田舎の集落だった。夏場の照りつける太陽光に殺意を抱きながらも興味に任せて進んでいたら、これは、と思う地層を見つけた。畑の畔だったが、明らかに地面の続きがおかしく、隣の畑と分断されている。それが面白くてその先へ、先へと進んでいたら、いつの間にやら山林の中に入っており、皆とはぐれていた。
地図とコンパスはあるので、ひとまず現在地を探ろうと周囲と地図を見比べて見当をつける。そこへパタっと雨粒が当たり、地図を濡らした。夕立になる。避難しようと木の下に潜り込もうとして、遠雷を聞いた。雷はまずい。木の下になどいたら雷を落としてくださいと言っているようなものだ。ひとまずそこを離れ、山林を抜けることを目指す。里へ出れば家があり、家がなくても田畑の脇に小屋でもあれば、雷雨をしのげると思った。夕立なら一時で済むだろう。湿気た地図を頼りに森を抜けようとして愕然とした。一気に降り出した雨が飽和し、水が溢れ、林道は川のようになっていた。
スニーカーだが、仕方がない。水深と水流に気をつけながら水の中を進む。だが上手く歩けず、途中で転んだ。転んだ拍子に手と膝を突き、ズボンを破って膝からは血がだいぶひどく滲んだ。
タオルで患部を縛り、やはり進む。でも途中で嫌になった。救助は期待しない。自力で戻る。けれど上手くいかないときに下手に動いても首を締めるだけだ。藪の中で立ち尽くしていると、脇に祠を見つけた。獣霊供養の祠で、庇などはなく、石碑が立つだけだったが、充分だった。石の台座に腰掛け、ぼんやりと地面を見つめる。
時計を確認した。騒ぎにはなっているだろうな、と予想がついた。集合時刻を過ぎており、夕立もひどい。夜鷹自身が見つけてもらうことを考えていないから、事務局は慌てているだろう。このまま死ぬ可能性は低いと断言出来たが、面倒臭い事態にはなっている。膝に当てたタオルは相変わらず血で濡れる。思いのほか傷が深く、痛みも増していた。
どういう行動が正解か、と考える。青と離れなければ良かったと思った。断層に興味だけを持って進むことが、どれだけ危険を伴うことか分かる。青は里山を皆と離れない程度に散策していたから、そこにくっついていればよかったのだ。だがそれは青と夜鷹におけるサマースクールの意味が異なることだった。だから自分が間違ったとは思わない。判断を誤っただけだ。
じっとしていると、頭上の木々や葉に落ちる雨粒の音がはっきりと聞こえる。それぞれに音階が違うんだな、と思った。雷鳴が鳴るたびに時間を数えて距離を測っていたが、近くもならなければ遠ざかりもしない。警察沙汰は面倒だな、と思っていると、不意に目の前の雑木が揺れ、ひょっこりと顔を出したのが青だったので素直に驚いた。
「いた、見つけた」と青は安堵と自信を同時に滲ませた表情で微笑んだ。
「青?」
「先生たちに黙って宿舎抜け出してきた。子どもたちは宿舎に戻って、あとは大人に任せろって話だったけど、おれの方が絶対に夜鷹を見つけ出す自信があったから。――怪我したのか?」
膝に巻いた、血の滲んだタオルを見て青は表情を曇らせた。
「ばかかおまえは。こういうときに子どもの出番はないんだから、経験値だけは溜まってる大人に任せて部屋で大人しくしてろよ」
出てきた言葉が罵倒だったので、夜鷹は自分に呆れつつ、青にも呆れていた。青は真面目な顔で「ばかはお互い様だろ」と言った。夜鷹の罵りも承知している、という口調だった。
「傷、見ていいか? どうした?」
「……転んだ。結構痛くて、とりあえずこの浸水した道を進む勇気はねえなって」
「いい判断だと思う。ひとまず雨が過ぎるのを待とう」
青はリュックサックからチョコレートバーを取り出し、半分を夜鷹に渡し、もう半分を咥えながら夜鷹の膝の傷を確認した。
「砂がくっついてる。ちゃんと洗わないとだめだ」
「こんなところで洗えるかよ」
「それもそうだ。おれ、配られたペットボトル持ってる」
そう言って封切られていなかった烏龍茶のペットボトルを取り出し、キャップを開けて、それをドボドボと膝にかけまわした。
「――っ」
「痛い? 傷が深いな。でも我慢して」
洗い流したあとは、まだ血が止まっていなかったのでもう一本タオルを取り出し、直接圧迫をして止血をした。そうこうしているうちに雨が小降りになる。雷鳴も遠ざかりはじめた。
「夜鷹が怪我なんてな」と青は少し笑った。
「いつもはおれの方がちょっとした怪我で夜鷹にばかにされるのに」
「完全におれの不注意だった。反省してる。まあ、叱られたら謝るけど、怒られるなら唾でも吐いてやろうかな」
「やめろって。みんな心配してたんだ。あのさ、無事でよかったんだよ、本当に」
葉に落ちる雨音を聞きながら、ふたりでその場にたたずむ。ちょっと顔を傾けられれば青の肩に頬を預けられると分かって、つい、夜鷹はその細い肩に縋った。
「夜鷹?」
「……変だと思ったんだ。炎天下を歩き過ぎたな……」
上着の袖をめくり、腕を晒す、日光に当たっていた部分は赤く腫れ、発疹が出来ていた。首筋や耳も、帽子で覆いきれなかった部分は同じだった。
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
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