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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 辰巳さんは会社をサボることになりました。わたしが起こさなかったからです。わたしもシャワーを浴び仮眠を取って、昼過ぎ、ぼんやりと居間へ下りてゆくと、辰巳さんもやはりぼんやりとした佇まいでソファに座っていました。
「ひどいじゃないですか、ママ。――さぼっちゃいました」
「たまにはいいのよ」
 ふたり揃ってベランダの向こうの空を見あげました。爽やかな秋晴れで、良い天気です。今年はこんな日は珍しいです。雨が多いのです。
「ママには恋人、いるんですか」
 ふと辰巳さんが訊ねます。
「いまは、いないわ」
「ええと、過去付きあって来た人は――男、ですよね」
「ええ、そうね」
「男が男を好きになるのは、どういうことだと思いますか?」
「どういう、とは?」
「その、……間違ってる、まともじゃない、っておれは思うから」
「そうかしらね?」
「え」
「って、思うようにしているのよ、あたしは。あたしぐらいあたしを認めてあげなきゃあたしが可哀想じゃない。おまえアタマおかしいぞ、ってあたしは中学のころから言われてた。でもどう考えても、あたしはちゃんとあたしなのよ。あたしはあたしの道を歩めることが、正しいの」
「……」
「昨夜、鳥居さんが仰ったこと、そうだと思うわ。世の中の大多数から外れたから間違っている、ってことはないと思う。辰巳さんには、好きな方がいらっしゃるのね」
「……ええ」
「男性なのね」
「そう、です……」
「それで悩んでいらっしゃるのね」
「……」
 辰巳さんはうなだれ、手で顔を覆いました。肩が震えています。「こんなはずじゃなかった」と指と指の隙間からため息が漏れ出ます。
「――いままで付きあったことのある人はみんな女性です。男が気になったことなんかなかった。でもいま、どうしてもどう考えても好きなのはあいつなんだ。あいつもおれが多分、好きだ。このあいだ、酔った勢いでキスをしました。気持ちが良かった。あと数秒かけてたら、多分、止まらなかった」
「止まらなくて良かったんじゃない? お互いに好きなら」
「おれはね、愕然としたんですよ。まさかおれが、男相手に恋をするとは思わなかった。そういうのは別次元のとち狂ったやつらの話だと思っていて、……すみません、ママのこと悪く言いたいわけじゃないけど」
「分かるわ、大丈夫。続けて?」
「……あいつって言うのは、大学の時の同期です。あのころから仲が良くて、いまでもよく一緒に飲みに行ったり、温泉行ったりしてたんです。あいつは頭の出来が良くて、というよりそれしか取り柄がなくて、大学院に進んだ後はそのまま研究室の助手になりました。ずっと同じ大学にいて、――それが今度、講師として地方の私立大学に迎え入れられることになったんです。もうじき引っ越しちゃうんです、あいつ」
「遠いのね」
「そう。それを聞いたとき、おれはすごくショックだった。淋しかった。怒りも沸いた、なんでおれを置いて行くんだ、って。あいつは、苦しそうな顔をして、呻いた。淋しいね、タツ、とか言って、……聞いたこともないような声音で、それがたまらなくって、抱き寄せて、キスを、」
「うん」
「もう片時だって離したくない、と思うのに、あいつは行っちゃいます。おれの心の整理もつきません。おれの田舎はものすごい山奥で、農家で、おれは長男だから跡取りです。いまはサラリーマン勤めなんかしているけど、そろそろ帰って、嫁さん探さなきゃいけない。嫁さん取って、家継いで、子ども作って、育てて、――そういうことが、なんにも、出来なくなるんですよ、男に恋をしたら。親や弟妹を裏切ることにもなる。特に、……じいちゃんは頑固で厳しい人だから、認めてはくれない。親父もおふくろも、もう還暦が近いってのに、おれに期待してるのに、今更、……好きな男がいるから実家戻りませんとか、そんなの、言えない」
 辰巳さんの震えがひどくなりました。わたしは喉を塞がれたような気がして、呼吸が上手くゆきません。必死で辰巳さんの背中をさすってやります。どうかこの人が温まりますように、楽になりますようにと。
 ああ、ああ、なんということでしょう。なんていう重圧を、辰巳さんは背負っているのでしょうか。田舎の、澄んでクリアな分だけ純化してずしりと重たい空気をつきつきと肌に感じます。淋しいでしょう、好きな人が遠くへ行くことは。苦しいでしょう、こころが追いつかないことは。重いでしょう、身内からの厚い信頼や期待は。
 辰巳さんは痙攣するように身体をこわばらせて泣いていましたが、やがて「ちょっと顔洗って来ます」と言って、わたしの手を払って立ちあがりキッチンで顔を洗いはじめました。わたしはタオルを出してやります。しっかりと顔を拭って、そのまま、辰巳さんはキッチンのシンクに背を向けて、ずるりと腰を下ろしました。
 またうなだれます。
「すみません、誰に話したらいいのか分からないけど、誰かに話したくなって」
「気にしないで」
「おれは多分このまま、……あいつにはなにも言わないで、実家継ぎに戻ります」
 わたしはなんと答えてよいやら、首をわずかに傾げました。
「なかったことにするの?」
「それがいちばんいい。被害が最小限で済む」
「被害、ねえ。……ね、おなかすかない?」
 わたしの申し出に、辰巳さんは顔をあげました。
「ゴハン、食べに行きましょう。ついでに少し買い物もしたいから、付きあってくれる?」
「……いいですけど、」
「じゃあ決まりね。向こうで髭剃ってらっしゃいな。着替え、用意しておくから」
 前の男のために用意してあった衣類が、新品で押し入れに仕舞ってありました。おそらくサイズはちょうどよいと思います。秋物だったかどうかはちょっと定かではありませんが、今日は極端な気温の日でもなさそうです。
「ありがとうございます。でも――着替えって、女物?」
 いたく真面目に聞いた辰巳さんの、これにはわたしは笑ってしまいました。


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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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