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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 店の営業は夜の八時から始発がはじまるまで。宵っ張り営業をしています。鳥居さんとお連れの辰巳さんは深夜一時ころまで粘りましたが、やがて帰ってゆきました。
 秋は夜長。早々と夜の帳を下ろします。朝も遅くなりました。夜間、薄着でいれば寒いと感じるような季節です。わたしは秋が好きです。あなたの誕生月が秋でした。
 営業を終え、佐々木くんと別れ、わたしはお店のシャッターを下ろします。タタンタンタンタン、と電車が走る音が遠くから聞こえます。と、背後に影を感じてとっさに振り向きました。驚きました。鳥居さんと別れたはずの辰巳さんが、そこに立っていました。
「――夜通しいらっしゃったのかしら?」
「その、……行くところが、この辺はよく分からなくて、」
「やだ、風邪引くわ……お店に戻って来られても、良かったのに」
 どうせ始発まで営業している店です。辰巳さんはひどく疲れた顔をしています。眠れずにさまよったのでしょうか、このしょうもない風俗店ばかりの界隈を。
「あたしの家、すぐそこなの。来る? 温かいスープがすぐ出るわ」
「行ってもいいんですか? 鳥居さんが、ママには主義があると言っていました。公私を絶対に混同しないと」
「主義はあるわよ。でもあなた、――本当にひどい顔」
「……」
「放っておけないのよ」
 行きましょ、と言ってわたしは辰巳さんの一歩前を歩きます。辰巳さんは大人しくついて来ました。


 お店から徒歩三分でわたしのマンションへ到着します。「ちょっと片付いてないけどいいわよね、どうぞ」と、辰巳さんを中へ促しました。インテリアはモダンに、白黒グレイでまとめています。元からそういう色あいが好みなのです。お店でこそスパンコールのついた赤やサテンのピーコックブルーと言った派手な色あいのドレスを選びますが、家に帰ればオフホワイトのニットにグレイのスカート、そんな風です。
 辰巳さんをソファに座らせ、わたしはすぐにキッチンへ向かいました。わたしだってずっと立ちっぱなしの仕事で疲労困憊ですが、辰巳さんはそれ以上に疲れている風でしたので、まずは温かいものを、と思ったのです。缶詰のコーンや乾燥わかめと顆粒コンソメをカップに入れ、お湯を注ぐだけで簡単なスープが出来上がります。お出しすると、辰巳さんは「本当にすぐ出てきた」と少しだけ表情を緩ませました。
「飲んでて。ちょっとあたし、着替えてくるから」
 超特急で化粧を落とし、着替え、おろしていた髪をまとめあげて再び居間へ戻ります。辰巳さんはソファに深く沈んで、ぼんやりと宙を眺めていました。わたしに気付くと、少しぎょっとした風でしたが、「その方が自然です」と言いました。
「なにが、かしら?」
「化粧落としている方が。女装してるけど、違和感が減りました」
「やあね、化粧落としたらますますおっさんよ。ただ慣れてきたってことよ、きっと。これからあたし朝食だけど、一緒に食べる?」
「いや、あまり腹は減ってなくて。ていうか最近、減らなくて」
「あらだめよそれ。まあでもスープ飲んだものね。いいわ」
 くあ、と辰巳さんはあくびをし、それから「失礼」と言いました。
「そのソファで良ければつかって頂戴。毛布出してあげる。少し寝るといいわ」
「でも、会社。……いったん家に戻らないと、」
「戻れないからあんな風に夜通しさまよってたんでしょう? よく分かんないけど、寝なさい。会社には間に合うように起こしてあげる」
「じゃあ、……三十分」
「ええ、分かったわ」
 辰巳さんはわたしから毛布を受け取ると横になりました。何度か寝返りを打ちましたが、すぐに健やかな寝息が聞こえてきます。三十分後に起こす気は、わたしはさらさらありませんでした。明らかに疲れている、それも精神的に疲労している人です。家に帰れないでいる人です。昨夜鳥居さんと話していた、男を好きになったことと関連するのでしょうか。分かりませんが、休息を必要としていることは分かりました。
 辰巳さんの寝息を聞きながら、わたしはトーストとハムエッグとサラダを用意し、ミルクティーを淹れます。次第に明けていく空、鳥の鳴き声が渡ります。
 わたしも眠くなってきました。



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はるこさま(拍手コメント)
いつも読んでくださってありがとうございます。
食事のシーンは、一時期すごく頑張って書いていたのですが、最近は必要最低限にとどまってきました。とはいえ、書くのは楽しいです。はるこさんの表現がまた素敵で、嬉しかったです。
そうなんです、渡部は「頼もしい」人なんです。きちんと丁寧に生活出来ている人かな、と思います。恥じない生活をしている。この渡部の存在ではるこさんにエネルギーを与えることが出来ている、とのことですので、書いて良かった、と思います。
ぜひ今日の更新もお付き合いくださいね。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/09/17(Thu)07:26:13 編集
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プロフィール
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粟津原栗子
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自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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