[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
*
店の営業は夜の八時から始発がはじまるまで。宵っ張り営業をしています。鳥居さんとお連れの辰巳さんは深夜一時ころまで粘りましたが、やがて帰ってゆきました。
秋は夜長。早々と夜の帳を下ろします。朝も遅くなりました。夜間、薄着でいれば寒いと感じるような季節です。わたしは秋が好きです。あなたの誕生月が秋でした。
営業を終え、佐々木くんと別れ、わたしはお店のシャッターを下ろします。タタンタンタンタン、と電車が走る音が遠くから聞こえます。と、背後に影を感じてとっさに振り向きました。驚きました。鳥居さんと別れたはずの辰巳さんが、そこに立っていました。
「――夜通しいらっしゃったのかしら?」
「その、……行くところが、この辺はよく分からなくて、」
「やだ、風邪引くわ……お店に戻って来られても、良かったのに」
どうせ始発まで営業している店です。辰巳さんはひどく疲れた顔をしています。眠れずにさまよったのでしょうか、このしょうもない風俗店ばかりの界隈を。
「あたしの家、すぐそこなの。来る? 温かいスープがすぐ出るわ」
「行ってもいいんですか? 鳥居さんが、ママには主義があると言っていました。公私を絶対に混同しないと」
「主義はあるわよ。でもあなた、――本当にひどい顔」
「……」
「放っておけないのよ」
行きましょ、と言ってわたしは辰巳さんの一歩前を歩きます。辰巳さんは大人しくついて来ました。
お店から徒歩三分でわたしのマンションへ到着します。「ちょっと片付いてないけどいいわよね、どうぞ」と、辰巳さんを中へ促しました。インテリアはモダンに、白黒グレイでまとめています。元からそういう色あいが好みなのです。お店でこそスパンコールのついた赤やサテンのピーコックブルーと言った派手な色あいのドレスを選びますが、家に帰ればオフホワイトのニットにグレイのスカート、そんな風です。
辰巳さんをソファに座らせ、わたしはすぐにキッチンへ向かいました。わたしだってずっと立ちっぱなしの仕事で疲労困憊ですが、辰巳さんはそれ以上に疲れている風でしたので、まずは温かいものを、と思ったのです。缶詰のコーンや乾燥わかめと顆粒コンソメをカップに入れ、お湯を注ぐだけで簡単なスープが出来上がります。お出しすると、辰巳さんは「本当にすぐ出てきた」と少しだけ表情を緩ませました。
「飲んでて。ちょっとあたし、着替えてくるから」
超特急で化粧を落とし、着替え、おろしていた髪をまとめあげて再び居間へ戻ります。辰巳さんはソファに深く沈んで、ぼんやりと宙を眺めていました。わたしに気付くと、少しぎょっとした風でしたが、「その方が自然です」と言いました。
「なにが、かしら?」
「化粧落としている方が。女装してるけど、違和感が減りました」
「やあね、化粧落としたらますますおっさんよ。ただ慣れてきたってことよ、きっと。これからあたし朝食だけど、一緒に食べる?」
「いや、あまり腹は減ってなくて。ていうか最近、減らなくて」
「あらだめよそれ。まあでもスープ飲んだものね。いいわ」
くあ、と辰巳さんはあくびをし、それから「失礼」と言いました。
「そのソファで良ければつかって頂戴。毛布出してあげる。少し寝るといいわ」
「でも、会社。……いったん家に戻らないと、」
「戻れないからあんな風に夜通しさまよってたんでしょう? よく分かんないけど、寝なさい。会社には間に合うように起こしてあげる」
「じゃあ、……三十分」
「ええ、分かったわ」
辰巳さんはわたしから毛布を受け取ると横になりました。何度か寝返りを打ちましたが、すぐに健やかな寝息が聞こえてきます。三十分後に起こす気は、わたしはさらさらありませんでした。明らかに疲れている、それも精神的に疲労している人です。家に帰れないでいる人です。昨夜鳥居さんと話していた、男を好きになったことと関連するのでしょうか。分かりませんが、休息を必要としていることは分かりました。
辰巳さんの寝息を聞きながら、わたしはトーストとハムエッグとサラダを用意し、ミルクティーを淹れます。次第に明けていく空、鳥の鳴き声が渡ります。
わたしも眠くなってきました。
← 3
→ 5
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
03 | 2025/04 | 05 |
S | M | T | W | T | F | S |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
27 | 28 | 29 | 30 |