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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 わたしのことを「ホモ」と言い出したのは誰だったでしょう。あまりにも的確で、指摘されてわたしは、ああそうだったのか、と自覚したほどです。わたしはぼんやりした子どもで、ホモ、と呼ばれてものうのうと学校へ通うぐらい、繊細な心を持ちあわせてはいませんでした。
 あなただけはわたしのことを「渡部(わたべ)」と呼びました。周囲の男子が言うように、「おい、ホモ」とは言いませんでした。それにしても一体どこで彼らはわたしをそうと思ったのでしょうか。態度? 目線? ものの喋り方? わたしは連城くんのことを好きだと誰にも打ち明けたことはありません。
 体育祭のフィナーレで踊られるフォークダンスの練習の日でした。男女ペアになりますが、男子の数が多すぎてうまく輪が出来ません。そこで先生は(思えば先生も面白がっていたでしょうか、わたしの、「ホモ」の存在を)男子をひとり女子役にまわすことにしました。当然、一致でわたしが決まりました。「名簿のいちばん最後なんだし」と。
 女役でわたしは踊ります。練習だし、当日は男子にまわすから、悪いな、渡部、と先生は申し訳なさそうに言いながらも、輪がまわってゆきます。わたしはありとあらゆる男子と手を取りあい、ステップを踏みました。あなたともリズムが躍って、わたしはしあわせでした。
 事件は放課後起こりました。当時、わたしは文芸部で、人数の都合で二年生ながらにも部長も務めておりました。部長らは生徒らの最終下校を見送った後に見回りをして、戸締りの確認と異常の有無の報告を行うのが常でした。通常の生徒らよりも下校が遅くなります。
 数人の生徒らが自転車置き場に残って談笑していたのを、早く帰ってください、とわたしは注意しました。ひとりは同じクラスで、もう二・三人は違うクラスでした。彼らは舌打ちをして、「なんだよホモ」とわたしをなじりました。「女ったらしくて気持ちわりぃ。今日だって男と踊って喜んでたろ」「えー、まじで?」「まじまじ」「まじホモなんだな」
 攻撃対象は誰でも良かったように思います。わたしは当惑していました。そこへヒーローのように現れたのが、あなたでした。あなたもまた、二年生ながらに野球部の副部長を務めていたのです。「なにやってんだよ、早く帰れよ」とその時はまだ友好的に、グループを帰そうとしました。
「知ってるかあ、連城」
「なにがだよ」
「このホモはさ、おまえのことが好きなんだよ」
 この時ほど、わたしの感情が真っ赤に膨らんだことはありませんでした。彼らは続けます。
「連城とホモ、なかなかお似合いだぜ。くっついちまったら? どうせ連城、おまえは二宮と最近うまく行ってないんだって? 二宮、清水のやつにこぼしてたらしいぜ。連城が積極的で困る、って」
「それってえっちいことですかー」
「そうでーす」
 ゲラゲラと品のない笑いが響きます。あなたは目を丸くし、そのまま顔を真っ赤に、なにも言い返せずに下を向いて耐えていました。わたしに沸くのは、怒りです。あなたを侮辱したことに対して。わたしのことはどうでもいいのです。ただ、好きな人が虐げられている事実に、我慢なりませんでした。
「連城くんをからかうな!!」
 気付けばわたしはリーダー格の男子にそう言っていました。
「この人はなあ、おまえらよりもよっぽど真面目に、真摯にものごとを受け止めて考えてるんだ。世界のからくりを分かろうとしている真っ最中なんだ。軽々しくからかえるか! おまえらの方がばかだよ、大馬鹿!」
「うるせぇな!!」
 ひとりがわたしに向かって来ます。それをあなたは庇うように、わたしの前に立ちました。
「なンだ、連城! ホモかばって、やっぱり出来てんのかよ、おまえら!」
「おれのことは悪く言ってもいい。ただ二宮と渡部は関係ないだろ」
 あなたは普段出さないような低い声で言いました。
「ああ!?」
「いつもいつもあることないこといちゃもんつけやがって。なんならここでケリつけてやろうか、って言ってるんだよ!」
 そう言ってリーダー格をねめつけ、臨戦態勢を取ります。いよいよ、彼らの目線で火花が散るようでした。
 この件で、結果を言えば、誰よりも暴れ誰よりも罰を食らったのはわたしでした。
 わたしを庇うあなたをさらに庇い、体格の良さを生かして先制パンチを食らわせたのです。わたしは身長だけはびよびよと高い男子で、ウイングスパンがありました。放ったパンチは簡単に相手の男子に届き、顎をヒットしました。
 やがて先生が来るまで、わたしは無鉄砲に手を振り回し続けました。この件でわたしは三日間の謹慎処分を受けます。親が呼び出され、学校長も含め相手親と相談の後、自宅待機、反省文提出。これぐらいはどうってことありませんでした。ただあなたのことが気になっていました。
 明日は登校する、という日の夕方、あなたはわたしの家に顔を見せました。
 それだけでわたしの馬鹿な胸は歓喜でふるえます。あなたはフルーツゼリーの箱を持たされていました。それをわたしに寄越し、「悪かった、ありがとう」と言いました。
 本当は禁止されているはずの外出を、あなたとしました。と言っても近所の公園までです。団地でしたので、誰に見られてもおかしくありませんでしたが、このことは誰にも学校には告げられませんでした。
「おれ、あんなふうにあいつらに立ち向かえなかった。――渡部は、すごいな」
 とあなたが言うので、わたしはぶんぶんと手を振りました。
「そんなこと、ないよ」
「いや、すごいよ。……おれは怖くて、なんにもできなかったし、震えてた」
 公園のベンチで、ふたりで座ってぼんやりと空を見あげました。細い月が空に引っかかっています。その月を見てあなたとふたりでいる事実に驚いて、感動がこみあげ、わたしはつい口を滑らせました。
「あいつらの言ったこと、本当だよ」
「え?」
「ぼくが連城くんを好きだってこと」
「――」
「大好きなんだ。二宮なんかに、渡したくない」
 わたしの、たまらなくなった手があなたの手に伸びます。そっと掴むと、あなたは身体をびくりと強張らせました。しばらくそのままでしたがその手を振り払うと、勢いよく立ちあがりました。
「キモイんだよっ、ホモっ!!」
 あらん限りの力を込めてあなたは叫び、走り去りました。


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Fさま
いつもありがとうございます。連投でコメント頂きましたが、ここにまとめての返信で失礼いたします。
第3話はハードな内容となってしまいました。「わたし」(渡部)がどんなに心を痛めたであろうかは詳しくは書きませんが、想像は難くないかと思います。告白後の好きな人からの言葉です。辛い回で申し訳ありません。
タイトルは、悩みました。当初仮タイトルがあったのですが仮は仮で、今回は具体的なものを示すタイトルよりも包括的に行こう、ということでこのタイトルに落ち着きました。「冬」にも色んな面がありますから、どんな冬を目指しているのか、残りあと3話、お付き合いくださると嬉しいです。
渡部のバーのモデルになっている場所はここ、というものは特になく、想像なのですが、渡部にとって天職で、似合っていると思います。散々な過去があってもいま天職にありつけている渡部を、幸福と捉えて頂けると、第3話の衝撃が少し和らぐかもしれません。
コメントぜひまたお気軽に。
拍手・コメント、ありがとうございました!
粟津原栗子 2015/09/16(Wed)07:54:32 編集
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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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