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酔っぱらったサラリーマンが店に入ってきました。ふたり。カウンターしかないバーは、先ほどまでいらっしゃったお客さまとちょうどよく入れ替わりで、ふたりは席に着くことが出来ました。ひとりは常連の鳥居(とりい)さん。マッチョを見るとたまらない、筋金入りのゲイです。ひとりは店では見たことのない顔でした。ひどい顔色でした。挨拶もそこそこに、鳥居さんにわたしは「お連れの方、大丈夫?」と訊ねます。
「あ、それともあたしがダメかしら。一見さんね、ノンケ?」
「いやそれは分かんない。その話聞くために連れて来たけど、前の店でずいぶん飲んだからなァ」
ひとまずわたしはグラスに水を注いで出します。ぐったりした連れの方はそれを飲んで、少し落ち着いたようでした。
「……女装バー、ってやつですか、先輩」
発した第一声がそれでした。
「普通のバーだよ、バー。ただ、ママの趣味が女装ってだけ。もうひとり厨房にいるけど普通の格好してるし、ゲイでもないぜ」
「まあでも、あたしが女装好きで男も好きな男だから、そういう客は多いかしらねえ」
と、わたしは微笑んでみせます。誘惑しよう、というのではありません。客に手を出すことだけはわたしはしません。わたしはすべてのお客さまに対して公平なマザーでありたいのです。
「お連れさん、なんてお名前?」わたしは笑顔を崩さず訊ねます。
「辰巳(たつみ)、って言うんだ。おれの後輩よ」
「そう。辰巳さん、なに飲まれます? ソフトドリンクの方がいいのかしら?」
喋りながらも、鳥居さんのためにわたしはジントニックを作ります。鳥居さんは必ずこれを飲むのです。
「……じゃあ、アルコール薄めで、喉を通りやすいもの、作ってもらえますか」
「フルーツは大丈夫?」
「なんでも好きです」
「ちょっと待っててね。なにか、つまむ?」
「あー、そうですね。なにか。腹いっぱいだけど入るようなやつ」
「OK」
もうひとりの従業員にして厨房担当の佐々木くんに、わたしは簡単なスナック類を盛り合わせるよう指示を出します。
ここは、わたしのお店です。十席しかないような狭いバーですが、それでも食いはぐれないぐらいには繁盛します。地方都市のゲイバーで働きひととおり覚えた後に、店を構えたのは二十六歳のころでした。駅から徒歩十分、という好立地を見つけてくれたのは当時のわたしの恋人でしたが、いまは別れてひとりです。ですが淋しいと思ったことはありません。いつだってわたしの心を慰め、癒してくれるのは日々やって来るお客さまです。
中学を卒業したわたしは、堂々とゲイの道を歩むことになります。それも女装が好きな、ゲテモノと称されておかしくない部類の性嗜好です。実際、お客さまの中にはわたしのことがどうしてもだめ、と言ってなにも飲まずに出て行く方もいらっしゃいます。オカマ、カマ野郎、などとなじられることもありました。それでもわたしは、こんなわたしでも立派に自立出来ていることの方が嬉しいのです。仕事は苦ではなく、むしろ喜びでした。
鳥居さんにジントニックを、辰巳さんにはグレープフルーツベースのフルーツカクテルを出して差し上げます。スナックをつまみながら、彼らはなんともなしに話をし始めました。
「――で、おまえ、ゲイなの?」
鳥居さんの言葉は直球でした。先ほどまでいたという居酒屋の続きの言葉でしょうか。
「これまで付きあって来た人は、みんな女性です」
「じゃあ、バイだな」
「……分かりません」
「だっていま好きなのは、男なんだろう?」
「……そうだと思います。どうしても目で追ってしまう。見ていると性衝動に似た感情が膨れ上がる。一緒にいると、心臓が鳴る、痛い」
「じゃあ、恋だ」
「男です」
「男に恋しちまったんだよ、おまえは」
と鳥居さんは辰巳さんに投げやりに答えます。辰巳さんは下を向いて、鳥居さんの言葉に必死に耐えている様にも思えました。
わたしはそれを黙って聞いていました。他のお客さんもちらほらいらっしゃいます。そちらの方と会話しながらも、ふたりの話には注目していました。
いままでノンケだと思っていた方が、ゲイかもしれない、というのは、興味深いお話でした。見たところ、辰巳さんはごく一般的な、きっと女性にもてるであろう顔つきの、サラリーマンのようです。鳥居さんの後輩、という話が、会社の後輩、という意味であるなら、彼もまた高給取りのはずです。そういう会社に、鳥居さんは勤めていらっしゃいます。
「男に恋して、どうなるって言うんですか」と辰巳さんは訊ねました。
「先がない。結婚できないし、子ども、持てないんですよ。親にも言えない。男に恋したら親も子も、全部捨てなきゃならない」
「んなの知るか」
「生物として正しくない、と思います」
「生物として正しいか正しくないかだなんて、誰が決める。ただその人を、相手を好いてしまっただけでじゃあなにが滅ぶんだ。おまえひとりで世界が救えるか? 結婚できて子ども生めたやつが正解か? 驕るなよ、おれたちがそれぞれに出来ることは――ほんの少しだ」
そう言って、鳥居さんはほんの数ミリ残ったグラスの底を持ちあげ、ぷらぷらと振って見せました。
「でも、微々が重なって降り積もれば、山になる」辰巳さんは、真っ直ぐです。
「まあな、おまえは正しいよ。――きっと、おまえみたいなやつが社会を作るんだろうよ」
鳥居さんはお手上げ、という風に話を乱暴にまとめました。
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わたし(あたし)で語ることを思いついたのは、米津玄師さんの「アイネクライネ」を聴いてからです。中身とリンクする部分はありませんが、男性の「あたし」がどんなものかな、という参考にしてあります。もしお暇があればこちらもぜひお聴き下さい。
ちなみに、全6話です。あと4話ですね。もちろん本日も更新します。お付き合いください。
鳥居さんの台詞は、実感としてある言葉なんだと思います。軸になる台詞の言葉を選ぶ時はいつも苦労します。鳥居さんの言葉を誰よりも噛みしめているのは辰巳さんでしょうね。
このふたりを気にしつつ、「わたし」の物語をお楽しみいただけたらと思います。
拍手・コメント、ありがとうございました!
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