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 交際は順調で、初めの熱量を失わないまま、大学生になっても続いた。同じ大学ではなかったが、ふたりとも同じ都市部へ出たので、互いの大学の中間地点に部屋を決めて、共同生活を送った。その方が家賃も安いしお互いが助かるから、と周囲に言い訳をしても、それはもう同棲と言ってよかった。
 ふたりはよく、散歩をした。映画館や、ショッピングモールや、カフェ、そういうところにはほとんど足を運ばず、ただ黙々と近所、ときに電車に乗って遠方の街を、あてもなく散策した。一緒に歩いているときがいちばん、お互いを愛しく思っているようだった。歩く、常葉の歩幅は大きいので千冬はいつも遅れる、その遅れた千冬を振り返って、常葉は幸福そうに立っている。あの、構図取りのポーズをして、千冬の姿をフレームに収めてくれる。
 共に暮らしはじめてから、常葉が本当に写真を撮ることや、絵を描くことを、知った。すべて独学でやっているから人には見せられない。だからずっと隠していたんだ、と彼は照れ笑いをしながら、でも千冬には明かしてくれた。そのころの常葉は法学部に通っており、絵も、写真も、あくまでも趣味、と決めている風があった。
「――でもさ、いつかちゃんと見せられるようになったら、展覧会とかひらいてみたいな」
 と常葉は言った。
「おれの親父って人はさ、普通の会社員だったけど、本当は芸術家になりたかったらしいんだ。聞いた話だからよく分かんないけど。親父のお兄さん、だからつまり、伯父さん、て人とは、交流があるからさ。あの人が親父替わりでな。色々、親父のこともおふくろのことも、教えてもらった。親父、学生のころは美術部の所属でさ、グループで展覧会とかよくひらいていたらしい」
「親父さん、絵を描いたのか?」
「いや、色々だった、って聞いた。もう作品はいっこも残ってないんだって。親父が出て行ったときに、おふくろが全部処分したって。だからおれがこんな風に写真撮ったり絵を描いたりしてることは、おふくろには内緒。おまえまで、なんて泣かれちまう」
 それで独学か、と思い至った。
 確かに常葉の撮った写真や、素描は、拙かった。写真は平気でぶれて、ピントを外す。絵は、なにが描かれているのか分からない上に、致命的なのは、その筆圧が弱いことだった。全体的に薄いのだ。パースも取れていないし、デッサンも崩れている。それでも常葉はそれらに向きあった。続けることに意味がある、と言う。
「こんな絵や写真じゃあ、展覧会をひらいても人が来ないだろ」と、千冬は笑った。だが常葉は怒らなかった。(考えてみれば後にも先にも、常葉が怒りという感情を見せたのは、千冬の告白、そのときだけだった。)なにかを考える風に視線を宙に向けてから、千冬の表情を正面からまっすぐに捉える。そして「もっと上達するから、そのときは来てくれ」といたく真面目に、言った。
「おれのなかのイメージの話をしていいか?」
「ああ、……どうぞ」
「おまえ名前の話からする。ちふゆ、という名前。千回の冬、かもしれないし、千度の冬、かもしれない。名付けたのはおまえの親御さんたちで、おまえから名前の由来なんかを聞いたことはないから、本当の意味は、知らない。でも、とにかく春でも夏でも秋でもなく、冬だ。千回の冬だったらもう、それは永遠に冬だよな」
 常葉の喋り出した言葉がいまひとつ抽象的なように感じて、千冬は黙って頷くに留めた。
「あるいは千は、千切る、の千かもしれない。千切る、は手で切り離すことだけど、同じ音を当てれば、契る、がはまる。千回契るんだ。何度も交じって、何度も約束をする。それは人との縁とかつながりに、おれは、思う。一生切れない縁だ。千切っても千切っても契る」
 いつの間にか取り出したボールペンで、カレンダーの裏をつかって常葉は説明してくれていた。千冬はまだ言葉を発しない。黙って聞いている。
「それで、おれの名前。常葉だ。常の緑なら、常緑樹をおれは思い浮かべる。常緑樹だってツバキとかキンモクセイとか、色々あるけど、おれが想像するのは、モミや松、つまり常緑針葉樹だ。葉っぱの細い、あいつらだよ。これは冬に相性がいいと思わないか? 雪の降る、静かで閉ざした森。それがおれと、千冬だ」
「おまえとおれとは、相性がいいとか、そういうことが言いたいのか?」
「おれはね、千冬。おまえとずっと一緒がいいと思っているんだ」
 ゆっくり丁寧に発音されたそれは、とてもやさしくて、パンで温められたミルクみたいな響きをしていた。
 キシッと胸の内部が変に軋む音がした。千冬は焦る。恋人のこんなに温かい言葉に対して、千冬には後ろ暗い気持ちがあった。
 その心中は、常葉には察せられなかったらしい。常葉はやさしい笑みを浮かべたまま、「冬はいいよな」と言った。
「おれは、季節の中では冬がいちばん好きだ。温かいことが恋しくなる感じが、いい。
おれは自分の名前がわりあいに好きなんだ。そこに、おまえの名前が組み合わさると、たまらなく嬉しくなる。ふたりで一緒にいるときはさ、そういうイメージが、いつも浮かぶんだ。静かな冬の森」
「……よく、分からない」
「いまは分からなくてもいいさ。そのうち、それが分かるようなことをしてやる。そういう表現をしてやる。そういう、展覧会をひらいてやる。千冬のために」
「……わざわざ展覧会にして、他人にひけらかさないでもいいだろ、」
「いや、するよ。大事な表現だから。おれにとっての、とてつもない、最大の愛情の、表現」
 と、常葉は言い切り、立ちあがった。「風呂の支度してくる」と言う。離れてくれた恋人に、正直ほっとした。千冬の胸は軋んだまま、そこからツキツキと痛みを訴え、背には冷たい汗をかいている。


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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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