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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 告白されたんだ、と常葉は言った。
「……誰に?」
「一年の、大屋(おおや)」
「なにを?」
「え、いや、だから……付きあってください、って」
 大屋。その名前が出ることは、予想済みだった気がした。あの男――そう呼ぶにはずいぶんと早いような、少年という名称がぴったりとくる、細くしなやかな身体つきをした男――が常葉を見る目は自分と同じだ、と常々感じていたからだ。大屋と常葉は所属する委員会が同じで、常葉の出を待ってひとり教室でいる放課後、決まって廊下から大屋のはしゃいだ声と常葉ののんびりとした穏やかな声とが、聞こえてくるのだった。大屋の声は明らかに色めきだっていた。そして、常葉が「よう、待たせたな」と教室をくぐって来るのと同時に、大屋は、拗ねたような視線を常葉に向け、千冬には、思い切り嫌なものを見る目を、なんの躊躇もなく向けた。
 嫌われる理由は、分かっていた。自分がいつも常葉と一緒にいるせいだ。校内で誰を置いても他に常葉に近い人間はいない、とみなが知っている。だから大屋は千冬を嫌う。好かれたいわけでもないので千冬はその視線を無視する。
 常葉は千冬を伴うと、「じゃあな」と言って大屋に手を振る。その瞬間がいつもたまらなく、愉快で仕方がなかった。
「大屋に、なんて言ったの」
 そんなことを思い出しながら千冬は常葉に訊ねた。常葉の困った顔は、正面切って目をとらえずとも、知れた。よっぽど困ったのだろう、常葉は、「気持ちの整理がつかないから、って言って、返事はまたにしてもらった」と答えた。
「ただ、いたずらに大屋の気持ちを躍らせているだけじゃないのか、それ」
「……早急に返事をしよう、とは思っている」
「なんて?」
「OK、とは言えないよ。おれの中にそういう感情は、大屋に対して、なにも湧いていないし、湧いてこない」
「恋愛対象じゃない、ってこと」
「そういうこと」
「じゃあ、さっさとそう言ってやればよかったじゃないか」
「……千冬に相談してからにしようと、思ったんだ」
 ばかな男だな、と惚れた相手に対しても、千冬は醒めた気持ちでいた。そんなに千冬に対して律儀でいる必要などないのだ。恋愛対象ではない、と瞬時に判断できたのなら、その場で断ってやるのがよいだろう。それとも一味ぐらいは味わっておこうとでも思っただろうか。
 千冬が喋らないのを、今日ばかりは常葉は気にする風だった。「それにおれ、初めてじゃないんだ」と言うから、さすがに驚いて、千冬は常葉の顔を見た。
「こうやって、男から告白されること。中学のころに一回、高校に入ってからは、大屋でふたりめだ」
 それは聞いたことのなかった話であった。千冬は、そんなにもライバルがいたことに狼狽えさえした。「まさかいま付きあっているやつでもいるのか?」と訊ねると、常葉は素直な性格を発揮して、「ない、ない」と首を横に振って否定した。
「こんなに千冬と一緒だってのに、おれに出来るかよ、そんな器用なこと」
「……ここは確かに男子校だけどさ、それはちょっと、異常な好かれようだな」
「うーん、……多分、思うに、おれは、男を寄せるんだ」
「……そうだろうな」
 千冬は自分のことを顧みて、そう発言した。こころから強く常葉に惹かれている自分がいる。夜な夜なその身体の重さや熱量を想像しては、夜具の中で耽るぐらいに。ほかの男たちも、そんな気持ちを常葉に抱くのだろうか。常葉の特別になりたい気持ちはあったが、常葉に惹かれている幾多の男を想像すると、それは無理な気もした。自分は彼らで、彼らは自分だ。みな、常葉に抱いてほしくてたまらない。
 それがずいぶんとあさましいことのように思えた。己の欲の深さ、業の深さ。ほとほと呆れ入る。そのときの千冬は、半ば自暴自棄になっていた。どうせこのまま常葉の傍にいても、常葉は自分に触れることはない。いつまでも期待して胸を高鳴らせているのはもう、充分だ。
 そう、思った。もう、この恋を、飢えを、終わらせたい。
「四人目の男になってやろうか」
 千冬は、自嘲気味にうすく笑って、常葉を見た。
「え?」常葉はきょとんととぼけた顔をする。
「おれも、おまえに、ただならない思いを持ってる。付きあってほしいだなんて甘ったるいことは思わないけど、毎日触りたいと思っているし、触れてほしいと思ってる。そういう意味じゃ、いままでの男の中でも最悪に根性が悪いかもな」
 常葉ははっと目を瞠って、黙った。それからしばらくの後に常葉が浮かべた表情は、戸惑いでもなく、嫌悪でもなく、怒りだった。とても意外な感情だった。
「いつから、」と呟いた声は低く、震えていた。
「……最初から」
「だったらなんでもっと早く言わないんだ!」
 その声に押され、千冬はつい肩を竦め防御の体勢を取った。頭を下げ、顔の前には腕まで組んで、徹底的に常葉を拒絶する。怒っている常葉を見るのは初めてで、怖かった。それでも自分の中にある好奇心が顔を覗かせる。常葉にこの防御を暴いてほしいと思っている。
「言えるかよ!」
「言え!」
「だから言えないって言ってんだろ、馬鹿!」
「言え! 馬鹿はそっちだ、馬鹿!」
 組んでいた腕を大きな手のひらでやすやすと掴み取られたとき、千冬は、震えた。待ち望んでいたことが起こる。そういう、予感で。
「ずっと、ずっとだ。物欲しそうな目で人を見やがって」
 ずきん、と心臓が大きく鳴った。隠しても隠し通せなかった千冬の欲を、常葉は知っていた。千冬はますますうなだれる。強く握られた腕が離されないのが、嬉しくてたまらない。
「言え、千冬。おれが欲しいって、言え!」
「なんでそんなに拘る、」
「決まってるだろう、おれが言われたいからだ」
 それはシンプルに欲求の滲んだ響きだった。千冬が常葉に抱く欲望と、おそらくは同じ類の。
「言われたら、おれは嬉しい。喜ぶ。だから、言え。おまえはおれが、欲しいんだよな」
「……」
「付きあうだの、それは甘ったるいことだの、なんだのぐずぐず言わねえで」
「……」
「ほら、言えよ。千冬」
「……」
「千冬!」
「…………、欲しい、」
 その瞬間、男の体臭が強く香った。常葉の広い腕に絡めとられたのだと認識するまでに、少々時間を要した。それも束の間、すぐに夢中でキスをした。いままで生きてきて知らなかった、でも本能で知っていた、歯をぶつけ合ってしまうような獰猛で官能的なキスを、長い時間をかけて、常葉とした。


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プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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