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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 よく封書が届く。中に文字が記されていることは、ほとんどない。八十二円で届くぎりぎりの重さのそれの中身は、プリントされた写真だ。最近は鳥の写真がほとんどである。ちいさな野鳥を望遠で狙って撮ったもので、それからたまに、ポストカードサイズの水彩紙に描かれた風景のスケッチが入っている。鉛筆で引っ張った線に、薄く水彩絵の具で彩色が施される。
 うんざりしながらも、千冬(ちふゆ)はそれを几帳面にアルバムに収める。写真のアルバムとスケッチのアルバムとは特に分けていない。日付でまとめている。一ページに四枚収まるアルバムは、その日の封書に収められた分で、とうとう十冊めを埋めた。
 机にアルバムを広げ、写真を眺める。冬だから、枯草や、葉を落とした樹木や、わずかに雪の乗った赤い実などが、主役の鳥の前後に映りこんでいる。今回、スケッチは同封されていなかった。だから前回のスケッチをついでに眺めてみる。カメラの腕前も、風景描写も、初期よりもずいぶんと上達した。
 封筒は必ず処分するようにしている。下手に手元に残して、封筒の裏面に記された住所地にいますぐにでも行きたくなるような衝動に駆られるのは、ごめんだからだ。焼くか、シュレッダーにかける。妻には一切触れさせない。手紙が届く時間帯はおおむね決まっていて、郵便配達員のバイクの音が聞こえれば立ちあがり、家のポストに投函されると同時に手紙を回収するのは、もはや日課になっていた。在宅で職を持っているから出来る。幸い、その時間帯に妻はいないことの方が多い。彼女は近所の保育施設で保育士をしている。朝から、ときに深夜まで働く。
 その日もアルバムを眺め終わり、封筒を処分しようとしたときだった。なにかが封筒の中に残っていたことに気付く。それを指で探り、取り出す。なんの変哲もない、蛍光色の事務用の付箋だった。おそらく写真に貼られていたと思われる。弱い糊のおかげで剥がれてしまったのだろう。
 そこにはホームページのURLと分かる記号や英数字が並んでいた。いままでにない変化に、心臓が一瞬、鋭く跳ねた。その後に続く酷い動悸を深呼吸でなんとかなだめて、いかにもいま自分が冷静であるかのようにふるまいながら、パソコンを立ちあげる。まさか、まさかと在りし日の記憶が、台詞が、約束が脳裏に過ぎり、とても落ち着いてはいられない。誰もいないのに周囲を気にして、千冬は焦る。
 震える指で打ったアドレスに行き着いたとき、千冬は大きく息をついた。モニターに表示されたのは、とある貸しギャラリーのホームページだった。ちいさなスペースの様子だったが、展示は賑わっているように見える。一年先の展示予定まで埋まっていた。そこの「いまの展示」の欄に、釘付けになる。封筒の裏に記された名前がそこにあった。

『冬の虜』

 展覧会のタイトルを見て、鳥肌が立った。とうとう約束の日が来てしまった。それはもう訪れないと思っていたし、訪れるべきではない、とも思っていた。

 *

 依田常葉(よだときわ)と千冬が付きあい始めたのは、高校二年生の冬だった。いちばん体力があり、いちばん食欲も、性欲も、睡眠欲もある年齢。ちょっとしたことで苛ついては、すぐにはしゃいだ。身体は露骨に大人への階段を踏んでいて、千冬の場合は、それに抵抗したがるこころがあった。それを常葉は「繊細だ」と笑ったが、千冬から見れば、常葉の方がよっぽど繊細でなにより、芸術肌に見えた。
 隣のクラスだったのが存在を知ったのは、体育で合同授業になったからだ。常葉は、大きかった。クラスメイトからは「のっぽ」と呼ばれていたが、その通りの身体をしていた。更衣室での着替えの際に千冬は常葉の素肌を見た。地黒で、なめらかで、ぴったりと肌に張り付いたランニングのトップスが厚い胸板から腰へと細く切れているのを見て、正直、喉が鳴った。性的に魅力的な身体をしている、と瞬時に感じてしまったとき、千冬は同時に、愕然としたものだ。やはり自分は男に欲望を覚えるタイプの人間なのだと。
 千冬にとって最初から常葉はそういう対象だった。だから千冬から近づいた。触りたい、という欲求から来るものだと分かっていた。それが凄まじい飢えを伴う危険な感情であることが、つらかった。
 一方で常葉はそうではなかったという。これは後になって聞いた。ただ、千冬の目つきが怖かったから、と言った。なにか尋常ではない、切羽詰まったものを感じたんだ、とのんびりした口調で答えた。触れたい、と焦る千冬とは真反対に、常葉の興味の対象は風景や建築や走る車や、或いは鳥や海や大地で、雑にひっくるめて言ってしまえば、この星だった。高校生のころから、当時はいまよりももっととんでもない値段をしていたカメラを所有していた。当時から旧式だった。父の形見だと言っていた。常葉の父は常葉が幼いころに好いた女と家を出て、そのまま戻らない。だからもう死んだことにしていて、これは形見だ、と。
 正反対の性分であるということは声をかけたときから承知でいて、それでも不思議と、ふたりはつるんだ。常葉の方が妙に千冬に懐いた。辞書持ってる? と千冬を訪ねて来るのは当たり前で、昼食は一緒に取ったし、帰ろうぜ、とやはり教室にやって来る放課後も、常だった。そのころの常葉には、両手の親指と人差し指を組んで作ったフレームを方々に当ててはそこから周囲を覗き、構図を確かめながら歩く癖があった。もっと画才があったらこれを描いた、とか、カメラの腕が良ければこれを撮った、とか、言っていた。
 そのフレームは時折千冬の元へも向けられて、千冬はそれが、本当に嬉しかった。
 千冬は口が上手ではなかったから、いつも常葉が一方的に喋るだけだった。常葉の自由なふるまいを千冬は一心に目で追っているだけだった。それでもふたりは一緒に時間を過ごした。なぜ自分のような人間の傍に常葉がいてくれるのかは、考えてもよく分からなかった。ただ、一緒にいればいるほど、触れたい気持ちが身体の内側で暴れまわる。頬を両手で掴み、額と額を合わせて、目を見合わせたかった。唇の割れ目から舌を差し込んでみたかった。常葉の大きな身体にのしかかられてみたかった。あるいは自分が上に乗りあげ、腰をしっかりとあの長い腕で絡み取られ、そのまま常葉の胸に耳を当ててみたかった。ぴたりと寸分の隙間もなく、身体を合わせてみたかった。
 におい、体温、湿った吐息、囁きの掠れ、なめらかな肌のわずかな凹凸、肉の盛りあがり、骨の盛りあがり、継ぎ目、境目、窪み。想像できるだけの想像は、し尽くした。このままでは脳が焼き切れる、と感じた。そういうタイミングで、常葉が相談を持ち掛けてきた。ふたりでつるむようになって一年半が経過していた。高校に入って二年目の冬だった。


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粟津原栗子
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成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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