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星見と行こうじゃないか、と充が言った。僕は残業を経ての仕事帰りで、部屋着に着替えているところだった。声をかけられて背後を振り返ると、充は右手にビール缶を、左手につまみであろうスナック菓子を掲げて、なにやら深刻な顔をして立っていた。
「ほしみ?」
「流星群が極大なんだって、今夜」
「あ、なるほどな」朝のニュースでそう言っていたのを、そういえば聞いた覚えがある。
「運よく晴れている。おまけにこの部屋は方角がいい。わざわざ場所を移さなくても、ベランダに出ればそのまま流星群が見られる――はず」
充は口角をあげて笑ってみせたが、あまり上手な笑い方ではなかった。こういう不器用な充は見たことがないので(いつもへらへら笑いながら器用にこなすやつなのだ)、僕は少し心配になる。断る理由も特に見当たらなかったので、僕は頷いた。部屋の明かりを消し、充と共にベランダへ出る。
「さみ」
空はよく晴れていた。紺碧をバックに美しく星が瞬いている。僕はあまり星座を知らない。そう充に言ったら、「おれも知らね」とそっけない返事があった。
「たまたま、今日が流星群だって聞いたから」
「……こうやって夜の空見るの、この部屋に越してきてからは、初めてだな」
「そうか」
ビール缶はひとつしかなかったので、充と交互に飲んだ。目が慣れてくれば、遠くの、微かな星の明かりもきちんと見えた。不思議なものだと思う。星は光で、星は過去だ。ずっと昔に放たれた光が届いて、いま僕らの目に映されている、ということが不思議でたまらない。
ぼんやりとそんなことを考えていると、隣の充がふと、「不思議だよな」と口にした。
「なに?」
「いま見ている星は、ずーっと昔の光だってこと」
その台詞を聞いた途端に、心臓がひとつ、鼓動を大きくした。充は続ける。
「これだけの数の光があって、……なんか、うまく言えねえけど、その星が瞬きだした瞬間を目撃した人間がいるのかな、って、いま、ふと、思った」
「……光がこの星に届いた瞬間を見届けた人、ってこと?」
「うん、なんかそういう感じ。うまく、言えないけど」
「いや、……分かるよ」
充と夜空を見ながら考えていたことが、同じ方向のものであった奇跡を、僕は考えた。僕らは他人同士であるはずなのに、同じ個体ではありえないのに、思考を同じくした。添った、と反射的に思った。充の人生と、僕の人生、交わることはなくとも、いま同じ道を歩んでいる、そんな気がした。
充が再び、「不思議なもんだよな」と呟く。僕は嬉しくてならなかった。その不思議を、共有していること。時間や空間ならば毎日共有しているのだが、思考まで同じくするとは、思ってもみなかった。その思いがけないことが、嬉しい、という感情を伴うことだったとは、知らなかった。もういい歳をした大人だというのに、未だに日々発見がある。
ビール缶に手を伸ばしたら、充の手も意図せず同時に伸びたので、指先が触れ合った。その、同一の行動をとったこともまた、僕を嬉しくさせた。笑うと、充は不思議そうな顔をしたが、「同じこと考えながら同じ行動だったのが、嬉しくて、可笑しいんだ」と言うと、彼はきまり悪そうに頭の後ろを掻いた。照れ隠しに見えた。
「――好きだよ」
唐突に、充は言った。なにを、と聞かなくても分かる、真摯な告白だった。そうかそれで充の様子がどこかおかしかったのか、とも分かる。これを言うために僕を星見に誘ったのだ。
「いつから?」
「ずっと前からだ。……同居の許可もらえたときは、心臓突き破って死ぬかと、思った。言うつもりはなかったんだけど、……それも辛くなってきてな。なんか、おまえとふたりで星見てたら、すごく泣きたくなった。こういう夜が、嬉しくて」
「……ん、」
「もちろん、おまえがおれに恋愛感情を抱いていないことも、分かる。ずっと見て来たからな。同居が無理だと思うなら、明日の朝にでも出ていくから、言ってくれ。……おれは、おまえと暮らせて本当に幸せだったから、それで、いい。充分だ」
充は一向にこちらを見なかった。見られなかったのだと思う。一心に空を見あげている。僕も視線を空へと向けると、光が一筋、すうっと夜空を駆けた。
「――流れた」
「うん。流れた」
僕の心は再び喜びに貫かれる。光が落ちていくところを、ふたりで見たこと。
「次、バイトいつ休み?」
僕は充に訊ねた。
「……明後日だけど、」
「じゃあ、僕も休みを取るから、布団買いに行こうか」
「布団?」
「いつまでも寝袋じゃつらいだろ。充の分の布団だよ」
「……おれ、このままここにいてていいのか」
「悪いわけがないよ」
僕は再び笑った。充はあからさまにほっとしてみせた。それから腕で顔を覆う。涙を堪えているように見えた。
「あ、また流れたよ」
「――うん、」
「空、見なよ。見ないのは、もったいない」
それで、充は顔をあげた。そのまま僕らはくだらないことを語りながら、空を見ていた。星はいくつも落ちてゆく。届く光の、気が遠くなるほどの時間と距離のこと。この星で生きていること。充が僕を好いていてくれていること。同じタイミングで感じたこの世界の不思議。
すべてが嬉しいという感情はきっと、僕がいま幸福だからなんだろう。
そう、こうやってこの星この時代に生まれついたこと。たくさんの不思議。アイ・ワンダー。
「ほしみ?」
「流星群が極大なんだって、今夜」
「あ、なるほどな」朝のニュースでそう言っていたのを、そういえば聞いた覚えがある。
「運よく晴れている。おまけにこの部屋は方角がいい。わざわざ場所を移さなくても、ベランダに出ればそのまま流星群が見られる――はず」
充は口角をあげて笑ってみせたが、あまり上手な笑い方ではなかった。こういう不器用な充は見たことがないので(いつもへらへら笑いながら器用にこなすやつなのだ)、僕は少し心配になる。断る理由も特に見当たらなかったので、僕は頷いた。部屋の明かりを消し、充と共にベランダへ出る。
「さみ」
空はよく晴れていた。紺碧をバックに美しく星が瞬いている。僕はあまり星座を知らない。そう充に言ったら、「おれも知らね」とそっけない返事があった。
「たまたま、今日が流星群だって聞いたから」
「……こうやって夜の空見るの、この部屋に越してきてからは、初めてだな」
「そうか」
ビール缶はひとつしかなかったので、充と交互に飲んだ。目が慣れてくれば、遠くの、微かな星の明かりもきちんと見えた。不思議なものだと思う。星は光で、星は過去だ。ずっと昔に放たれた光が届いて、いま僕らの目に映されている、ということが不思議でたまらない。
ぼんやりとそんなことを考えていると、隣の充がふと、「不思議だよな」と口にした。
「なに?」
「いま見ている星は、ずーっと昔の光だってこと」
その台詞を聞いた途端に、心臓がひとつ、鼓動を大きくした。充は続ける。
「これだけの数の光があって、……なんか、うまく言えねえけど、その星が瞬きだした瞬間を目撃した人間がいるのかな、って、いま、ふと、思った」
「……光がこの星に届いた瞬間を見届けた人、ってこと?」
「うん、なんかそういう感じ。うまく、言えないけど」
「いや、……分かるよ」
充と夜空を見ながら考えていたことが、同じ方向のものであった奇跡を、僕は考えた。僕らは他人同士であるはずなのに、同じ個体ではありえないのに、思考を同じくした。添った、と反射的に思った。充の人生と、僕の人生、交わることはなくとも、いま同じ道を歩んでいる、そんな気がした。
充が再び、「不思議なもんだよな」と呟く。僕は嬉しくてならなかった。その不思議を、共有していること。時間や空間ならば毎日共有しているのだが、思考まで同じくするとは、思ってもみなかった。その思いがけないことが、嬉しい、という感情を伴うことだったとは、知らなかった。もういい歳をした大人だというのに、未だに日々発見がある。
ビール缶に手を伸ばしたら、充の手も意図せず同時に伸びたので、指先が触れ合った。その、同一の行動をとったこともまた、僕を嬉しくさせた。笑うと、充は不思議そうな顔をしたが、「同じこと考えながら同じ行動だったのが、嬉しくて、可笑しいんだ」と言うと、彼はきまり悪そうに頭の後ろを掻いた。照れ隠しに見えた。
「――好きだよ」
唐突に、充は言った。なにを、と聞かなくても分かる、真摯な告白だった。そうかそれで充の様子がどこかおかしかったのか、とも分かる。これを言うために僕を星見に誘ったのだ。
「いつから?」
「ずっと前からだ。……同居の許可もらえたときは、心臓突き破って死ぬかと、思った。言うつもりはなかったんだけど、……それも辛くなってきてな。なんか、おまえとふたりで星見てたら、すごく泣きたくなった。こういう夜が、嬉しくて」
「……ん、」
「もちろん、おまえがおれに恋愛感情を抱いていないことも、分かる。ずっと見て来たからな。同居が無理だと思うなら、明日の朝にでも出ていくから、言ってくれ。……おれは、おまえと暮らせて本当に幸せだったから、それで、いい。充分だ」
充は一向にこちらを見なかった。見られなかったのだと思う。一心に空を見あげている。僕も視線を空へと向けると、光が一筋、すうっと夜空を駆けた。
「――流れた」
「うん。流れた」
僕の心は再び喜びに貫かれる。光が落ちていくところを、ふたりで見たこと。
「次、バイトいつ休み?」
僕は充に訊ねた。
「……明後日だけど、」
「じゃあ、僕も休みを取るから、布団買いに行こうか」
「布団?」
「いつまでも寝袋じゃつらいだろ。充の分の布団だよ」
「……おれ、このままここにいてていいのか」
「悪いわけがないよ」
僕は再び笑った。充はあからさまにほっとしてみせた。それから腕で顔を覆う。涙を堪えているように見えた。
「あ、また流れたよ」
「――うん、」
「空、見なよ。見ないのは、もったいない」
それで、充は顔をあげた。そのまま僕らはくだらないことを語りながら、空を見ていた。星はいくつも落ちてゆく。届く光の、気が遠くなるほどの時間と距離のこと。この星で生きていること。充が僕を好いていてくれていること。同じタイミングで感じたこの世界の不思議。
すべてが嬉しいという感情はきっと、僕がいま幸福だからなんだろう。
そう、こうやってこの星この時代に生まれついたこと。たくさんの不思議。アイ・ワンダー。
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拍手コメントでお名前のなかった方
読んでくださってありがとうございます。お返事が遅くなって申し訳ございません。
嬉しいお言葉を頂いて、私も嬉しい気持ちでいます。
今回の物語はタイトル先行のものでしたが、ポジティブな方向で終わらせたい、と同時に思いました。いまのところこのふたりの続編は考えていないのですが、いつまたぽっと落ちてくるかは分かりません。(これは過去作すべてに言えることなのですが。)そんないつかの日の可能性を願いつつ。
東京も降雪だと聞いて驚きました。私の暮らしている地域も雪が降りました。あれから寒い日が続きます。温かいお言葉ありがとうございました。そちらも、どうかお体にはお気をつけて。
拍手・コメント、ありがとうございました。
嬉しいお言葉を頂いて、私も嬉しい気持ちでいます。
今回の物語はタイトル先行のものでしたが、ポジティブな方向で終わらせたい、と同時に思いました。いまのところこのふたりの続編は考えていないのですが、いつまたぽっと落ちてくるかは分かりません。(これは過去作すべてに言えることなのですが。)そんないつかの日の可能性を願いつつ。
東京も降雪だと聞いて驚きました。私の暮らしている地域も雪が降りました。あれから寒い日が続きます。温かいお言葉ありがとうございました。そちらも、どうかお体にはお気をつけて。
拍手・コメント、ありがとうございました。
はるこさま(拍手コメント)
お返事が遅くなりまして申し訳ございません。
新年のご挨拶をありがとうございます。遅くなりましたが、私からもご挨拶をさせていただきます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ただただ書く時間が捻出できない、という理由で更新頻度がどんどん落ちている樹海ですが、それでも読み直していただけたり、新作をお待ちくださっていたりと、嬉しいことが多いので、細々とであっても書き続けてゆきたいと新年こころを新たにしました。
そして私の背を押してくださるのは、やはり読んでくださる方がいる、ということなのだと思います。
お礼を申し上げるのはこちらの方です。いつもありがとうございます。今年もまた、お付き合いくださいませ^^
冬のただなかですので、風邪などお召しにならないよう、暖かくしてお過ごしくださいね。
拍手・コメント、ありがとうございました。
新年のご挨拶をありがとうございます。遅くなりましたが、私からもご挨拶をさせていただきます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
ただただ書く時間が捻出できない、という理由で更新頻度がどんどん落ちている樹海ですが、それでも読み直していただけたり、新作をお待ちくださっていたりと、嬉しいことが多いので、細々とであっても書き続けてゆきたいと新年こころを新たにしました。
そして私の背を押してくださるのは、やはり読んでくださる方がいる、ということなのだと思います。
お礼を申し上げるのはこちらの方です。いつもありがとうございます。今年もまた、お付き合いくださいませ^^
冬のただなかですので、風邪などお召しにならないよう、暖かくしてお過ごしくださいね。
拍手・コメント、ありがとうございました。
プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
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