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「実績があるんだから、これ以上の説得力はないだろう。こういう作品を軸にいくつか自分の写真をまとめて、それを提出する。ただしポートフォリオ提出者の二次試験は必ず面接だ。だから様々な先生に面接指導もお願いする。その方向にしろ」
「……S美、受験していいんですか、おれ」
「受験したがってんのはおまえだろ」
「そうですけど、……柾木先生はだめだって言うんだと思ってました」
だから進路指導の顧問でも応援してくれるはずがない、とも思っていた。
「おまえが希望してれば、それに沿うしかないだろ」
「青沼は?」
「あいつはデッサンがそこそこ出来るからな。このまま工芸科の一般入試でいいだろ。まあ、一、二浪ぐらいは味わうかもしれないがな」
「……先生って」
ちゃんと先生なんですね、と言おうとしたが、きっと恐ろしい眼力で睨み返してくるだろうと思ったから言わなかった。だが柾木の、意外な真摯ぶりに、ただただ驚いている。
目の前の教諭は、だるそうに肘をついた。
「写真が楽しいんだろ。楽しいことは、ちょっと苦しくなってもやれる。やりきったら、それだけ伸びる。伸びた分だけ楽しみが増える。そういう、連鎖」
と言う。その台詞そのままを、このアングルでここから記録したいと思った。柾木の細い吊り目、ところどころに伸びた無精ひげ、癖毛でうねる黒髪。やけに色白な節のある手。オリーブグリーンのセーターとワイシャツの袖口から覗くヴィンテージの腕時計。
衝立の向こうにいた別の教諭が「柾木先生、職員会の時間ですよ」と声をかけた。「行きます」と返事をした柾木は席を立ちあがる。「それ、片付けとけよ」とテーブルの上を指し、ふと慈朗の足元に置かれた紙袋に目を止めた。
「ホールのケーキでも家庭科で作ったのか?」
「違いますけど、……先生にも見せます。自信作ですから」
「食い物?」
「違うって……」
箱から取り出し、慎重に包みをほどく。現れた模型に、柾木は分かりやすく目を丸くした。
「飛行船、……みたいなイメージの、モビール」
「モビール? 吊るすのか」
「はい」
「おまえが作った?」
「はい。設計図書いて、材料買って……」
柾木はモビールには触れようとはしなかった。ただしげしげとよく眺めている。あまりにじっくりと見られるのでこちらの内心まで透かして見られているようで心もとなかった。
「おまえはさ」
ひとりごとのように柾木は呟く。
「案外繊細で、芸術肌だな。進路は、――向いてんのかもしれない」
「……先生は?」
「あ?」
「S美行って、どうだったんですか?」
尋ねると、目を直接覗き込むように睨み返された。「は」と嘲る吐息が漏れる。怒らせたような気がした。
だが聞いておきたかった。
「憧れってのには一生手が届かないから憧れるんだなって、自分のふがいなさを痛いぐらい実感しただけだったよ」
「……」
「いまのはつまんねえ質問だな、雨森」
片付けておけよ、と再度告げて柾木は行ってしまった。
← (8)
→ (10)
「……S美、受験していいんですか、おれ」
「受験したがってんのはおまえだろ」
「そうですけど、……柾木先生はだめだって言うんだと思ってました」
だから進路指導の顧問でも応援してくれるはずがない、とも思っていた。
「おまえが希望してれば、それに沿うしかないだろ」
「青沼は?」
「あいつはデッサンがそこそこ出来るからな。このまま工芸科の一般入試でいいだろ。まあ、一、二浪ぐらいは味わうかもしれないがな」
「……先生って」
ちゃんと先生なんですね、と言おうとしたが、きっと恐ろしい眼力で睨み返してくるだろうと思ったから言わなかった。だが柾木の、意外な真摯ぶりに、ただただ驚いている。
目の前の教諭は、だるそうに肘をついた。
「写真が楽しいんだろ。楽しいことは、ちょっと苦しくなってもやれる。やりきったら、それだけ伸びる。伸びた分だけ楽しみが増える。そういう、連鎖」
と言う。その台詞そのままを、このアングルでここから記録したいと思った。柾木の細い吊り目、ところどころに伸びた無精ひげ、癖毛でうねる黒髪。やけに色白な節のある手。オリーブグリーンのセーターとワイシャツの袖口から覗くヴィンテージの腕時計。
衝立の向こうにいた別の教諭が「柾木先生、職員会の時間ですよ」と声をかけた。「行きます」と返事をした柾木は席を立ちあがる。「それ、片付けとけよ」とテーブルの上を指し、ふと慈朗の足元に置かれた紙袋に目を止めた。
「ホールのケーキでも家庭科で作ったのか?」
「違いますけど、……先生にも見せます。自信作ですから」
「食い物?」
「違うって……」
箱から取り出し、慎重に包みをほどく。現れた模型に、柾木は分かりやすく目を丸くした。
「飛行船、……みたいなイメージの、モビール」
「モビール? 吊るすのか」
「はい」
「おまえが作った?」
「はい。設計図書いて、材料買って……」
柾木はモビールには触れようとはしなかった。ただしげしげとよく眺めている。あまりにじっくりと見られるのでこちらの内心まで透かして見られているようで心もとなかった。
「おまえはさ」
ひとりごとのように柾木は呟く。
「案外繊細で、芸術肌だな。進路は、――向いてんのかもしれない」
「……先生は?」
「あ?」
「S美行って、どうだったんですか?」
尋ねると、目を直接覗き込むように睨み返された。「は」と嘲る吐息が漏れる。怒らせたような気がした。
だが聞いておきたかった。
「憧れってのには一生手が届かないから憧れるんだなって、自分のふがいなさを痛いぐらい実感しただけだったよ」
「……」
「いまのはつまんねえ質問だな、雨森」
片付けておけよ、と再度告げて柾木は行ってしまった。
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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