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 雨が当たっていた。雪が混じっていたのでみぞれと呼ぶべきかもしれない。紙袋に包んだモビールがまだ手の中にあることに途方に暮れていた。連絡を試みたが、青沼からの返事はなかった。
 自転車通学、傘は持っていなかった。それでもなんとか駅前まで出たが、天候はひどくなる一方だった。駅の駐輪場に自転車を置き、家に帰ろうかと考える。いつもならこういう日は迎えに来てくれる父や祖父も、今日に限って職場の飲み会だとか、シルバーなんとやらで、めどが立たなかった。
 紙袋の中身がなによりも大切で、怖くて学校には置いていけなかったほどだ。駅の西側にある駐輪場に自転車をなんとか停めて、構内へと歩いてく。青沼からの連絡はまだない。予備校に行っているかもしれなかった。今日会えなかったら明日、また学校へ行けば会えるだろう。そう思うのに、今日にこだわっている自分がちいさく厭らしいように思えた。
 本屋の前を通ると、熱心に棚を見ている人とふとした隙に目が合った。どこかで見たことがある、と思ったら相手は笑った。笑って手を振る。大人の男とは思えぬ天真爛漫な笑みを見てつられるように本屋の入り口をくぐった。歩いている最中に名が出てくる。国語科の赤城詠智(あかぎえいち)だった。
 青沼が好いている男だ。
 こんばんは、と挨拶すると、赤城は「まだ帰ってなかったの」と制服姿を認めて微笑んだ。
「――いや、なんとなく逃しちゃって、その、帰るタイミングを」
「ああ、そういうときあるよね」
「赤城先生は職員会終わったんですか?」
「うん? そう、終わった。終わってちょっと、待ってるところ」
 赤城が見ている棚は雑誌の類の並ぶ棚だった。実用書から趣味寄り、といったところだ。不意に赤城が手を伸ばす。伸ばされた手の先にあるのは、花の雑誌だった。
「先生、ガーデニングとかするんですか?」
「いや、しないけど、興味はあるよ。この雑誌ね、えーと、多分この辺の」
 そう言ってパラパラとページをめくる。「ここだ」と言ってひらいたページには、土壁を背景に真っ青な花器に活けられた黄色い砂糖菓子みたいな花が写っていた。
「この雑誌のこのコーナーが好きなんだ」
「生け花ですか?」
「うん。この花はミモザだよね。このページを持っている人、その道では有名な華道家なんだ。この人がすごくてね。どんな花器でも花材でも、どこでも、その人の世界観で活けてしまう。昔からずっと好き」
 赤城は本をじっくりと見つめている。人目を気にせず、没頭しているのが傍にいてよく分かった。しばらくして「あ、新刊が出てるんだ、この人」と呟き、何度かタイトルらしきものを口にすると、すうっと隣から移動した。どうしてよいやら、とりあえずついて行く。レジまでやって来て先ほどのタイトルと作家名を告げ、店員に案内させて今度やって来たのは動物やペットのコーナーだった。
「あ、これか」と言い、赤城は平置きされた本を取る。先ほどのページにあったような花はそのままに、羽の美しい鳥が横に止まっていた。華道家が活けた花と動物とを組み合わせて写真に収めた写真集、というような趣向らしかった。
「――これは大胆なコンセプトだな。画面が華やかで綺麗。目を惹く」
「すごいですね。全部、鳥と?」
「猫や犬もいるみたいだよ、蝶とか」
 魅入るに充分な内容だった。大判なので重たいだろうに、赤城は熱心に一ページをめくる。中でも慈朗は椿の写真にやられてしまった。細い首をした銀色の花器に真白い椿が活けてあり、そこにいるのはやはり真っ白な鼠だった。
 呆けたように手元に見入っていると、気付いたのか赤城は「気に入った?」と訊く。
「――はい、すごいです」
「じゃあこれは、きみにも」
 そう言うなり赤城は本を閉じ、平置きされた同書をもう一冊取ってレジへと向かった。写真集だからいい値段がするのに、二冊あっさりと買ってしまう。別々の紙袋に入れられた本の片方を、どうぞ、と言って赤城は寄越した。
「受験、頑張って」
「おれに?」
「この本は写真家の腕もいいよね。動物を相手にするなんて根気もいったはずだし。参考にして、励んで」
 言いながらもう一冊を、片手に提げていた紙袋に添える。てっきり自分用にも買ったのだと思ったのだが、紙袋のふくらみを見てさすがに察した。今夜こんな時間でも待っている相手。今日という日にちのこと。
「もう一冊は、あの、」
「ん? あ、」
 と、訊ねるタイミングで赤城が顔を上げた。ウインドウの向こうを見ている。夜まで営業している店舗や街灯や信号機といった種々の明かりを背にして男が歩いてくる。コートの下に制服が見えた。「青沼」と赤城が、ちいさな蝋燭の火でもぽっと灯したかのように言う。


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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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