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「……あの、あの件に関して、……そのあと文化祭があったり、おれは受験だったりで、なにがどうなったのかうやむやなんです。いつの間にかそういう噂はみんなしなくなってたし、赤城先生もいなくなってたし、……結局、写真をばらまいたやつが誰だったかとか、分かったんですか?」
「はは」
赤城は可笑しそうに笑った。奇妙な反応を訝しんでいると、「学校側には僕の退職でうやむやにさせたけど」と赤城が続ける。
「犯人は判明してる。報告はしてないけどね」
「え? 誰?」
「これは青沼絡みだった。青沼を好きだって子が、どうしても青沼を諦めきれなくてストーキングしてるうちに僕と青沼との関係を知って、あんな風にネットに載せたみたいだよ。ほら、きみも青沼と噂になったこと、あったね。あれもその子の辺りからだ」
「……そこまで特定できたんですか」
「うん。アヤが特定した」
「柾木先生?」これには驚く。
「僕には友達って数えるぐらいしかいないんだけど、アヤにはたくさんいるってこと。アヤの大学時代の同期でね、デザイン科に仲の良かったやつがいるんだ。グラフィックをやってるぐらいで、パソコンには精通している。そういう人の知人にまあ、情報処理系に詳しい人も多くてね。頼み込んで特定してもらった。そこらへん疎い僕らとは全然違ってさ。そんなに難しくはなかったみたいだよ」
「……そこまで分かったんなら、」
「青沼を好いてる子。青沼の中学校からの同級生だって。きみらと同じ年齢ってわけだね。調べていくうちに色々と家庭事情が複雑なのも分かったし、本人もだいぶ不安定な性格をしているようだった。そこまでして追い詰めたい相手じゃない。問題化もしたくなかった。だから学校側には説明しなかったし、学校の方もそこまで追うつもりはなかったね。あくまでも問題になったのは、僕と青沼の関係だ」
「……」
「このことは青沼には言ってないんだ。黙っててね。言うときっとまた、寄せる、とかなんとか言って気にするから」
車は大通りを抜けて、家が連なる細かい道に入っていた。いくつも路地を曲がって、車は空き地に停車した。空き地の隣には用水路が流れており、その上に茶色っぽい塗装をした鉄筋コンクリートの橋がかかっていた。その橋を渡ると民家を訪ねるようにできている。民家の住人が渡した橋なんだろう。
橋の上には植木がいくつか並んでいた。橋の先の家には季節を終えたつるばらが生い茂り、玄関を夏の容赦ない日差しから守っている。郵便受けに「柾木」と古い字で記してあった。
「ここですか?」
「うん。アヤの生家。もっとも、アヤの両親はアヤのお姉さん一家に呼ばれてカナダに移住した。ここにはもうアヤしか住んでない」
「……立派ってか、雰囲気のある家ですね。これだけでもう、写真に撮りたいです」
「撮っちゃえば?」
くすくすと笑いながら赤城は荷物をぶら下げて橋を渡る。玄関の引き戸の鍵は開いていた。「アヤーっ、上がるよー」とサンダルを脱いで屋内へと進んでしまったので、慌てて慈朗も追いかけた。
古い家だった。玄関の靴箱の上のレース編みの敷物だとか、家の奥まで見通せないようにするための衝立だとか、古いものがいまでもきちんと使われていて、生活感が漂う。いい家だと思った。こんないい家に住んでいるんだったらもっと早くに教えてほしかった、と意味のないことを考えた。
柾木は廊下の奥、台所の隣の六畳間に布団を敷いて横になっていた。「ここ、本当は客間なんだけどね」と赤城がよく知っている口ぶりで言う。「アヤの部屋は二階にちゃんとあるんだよ。でもこの時期この部屋がいちばん涼しいから、アヤはここで寝てるんだ」
枕元に盆が置かれ、その上に眼鏡と薬と水差し、グラスが置いてあった。ひとり暮らしだと言うが、ペットボトル飲料で楽をするようなことはしない。暮らしを丁寧に築く、柾木の生活には美徳があった。
「……なんでいるんだ、おまえ」
柾木を覗き込んでいると、目も開けないのに慈朗に気付いた柾木がそう言った。
「今日、受験終わりました。報告に」
「どうだった?」
「緊張した。……でも、面接練習のおかげか、おれが話したいと思うことは話せたし、面接官の先生たちも熱心に聞いてくれました」
「そうか。おつかれ」
薄目をあけて、柾木が手をそっと持ちあげた。夏でも色の白い腕が、慈朗の額へと伸びる。くしゃりと前髪に触れ、また布団の上に戻される。ほんの少しの接触に、やたらと心臓が跳ねた。
←(21)
→(23)
「はは」
赤城は可笑しそうに笑った。奇妙な反応を訝しんでいると、「学校側には僕の退職でうやむやにさせたけど」と赤城が続ける。
「犯人は判明してる。報告はしてないけどね」
「え? 誰?」
「これは青沼絡みだった。青沼を好きだって子が、どうしても青沼を諦めきれなくてストーキングしてるうちに僕と青沼との関係を知って、あんな風にネットに載せたみたいだよ。ほら、きみも青沼と噂になったこと、あったね。あれもその子の辺りからだ」
「……そこまで特定できたんですか」
「うん。アヤが特定した」
「柾木先生?」これには驚く。
「僕には友達って数えるぐらいしかいないんだけど、アヤにはたくさんいるってこと。アヤの大学時代の同期でね、デザイン科に仲の良かったやつがいるんだ。グラフィックをやってるぐらいで、パソコンには精通している。そういう人の知人にまあ、情報処理系に詳しい人も多くてね。頼み込んで特定してもらった。そこらへん疎い僕らとは全然違ってさ。そんなに難しくはなかったみたいだよ」
「……そこまで分かったんなら、」
「青沼を好いてる子。青沼の中学校からの同級生だって。きみらと同じ年齢ってわけだね。調べていくうちに色々と家庭事情が複雑なのも分かったし、本人もだいぶ不安定な性格をしているようだった。そこまでして追い詰めたい相手じゃない。問題化もしたくなかった。だから学校側には説明しなかったし、学校の方もそこまで追うつもりはなかったね。あくまでも問題になったのは、僕と青沼の関係だ」
「……」
「このことは青沼には言ってないんだ。黙っててね。言うときっとまた、寄せる、とかなんとか言って気にするから」
車は大通りを抜けて、家が連なる細かい道に入っていた。いくつも路地を曲がって、車は空き地に停車した。空き地の隣には用水路が流れており、その上に茶色っぽい塗装をした鉄筋コンクリートの橋がかかっていた。その橋を渡ると民家を訪ねるようにできている。民家の住人が渡した橋なんだろう。
橋の上には植木がいくつか並んでいた。橋の先の家には季節を終えたつるばらが生い茂り、玄関を夏の容赦ない日差しから守っている。郵便受けに「柾木」と古い字で記してあった。
「ここですか?」
「うん。アヤの生家。もっとも、アヤの両親はアヤのお姉さん一家に呼ばれてカナダに移住した。ここにはもうアヤしか住んでない」
「……立派ってか、雰囲気のある家ですね。これだけでもう、写真に撮りたいです」
「撮っちゃえば?」
くすくすと笑いながら赤城は荷物をぶら下げて橋を渡る。玄関の引き戸の鍵は開いていた。「アヤーっ、上がるよー」とサンダルを脱いで屋内へと進んでしまったので、慌てて慈朗も追いかけた。
古い家だった。玄関の靴箱の上のレース編みの敷物だとか、家の奥まで見通せないようにするための衝立だとか、古いものがいまでもきちんと使われていて、生活感が漂う。いい家だと思った。こんないい家に住んでいるんだったらもっと早くに教えてほしかった、と意味のないことを考えた。
柾木は廊下の奥、台所の隣の六畳間に布団を敷いて横になっていた。「ここ、本当は客間なんだけどね」と赤城がよく知っている口ぶりで言う。「アヤの部屋は二階にちゃんとあるんだよ。でもこの時期この部屋がいちばん涼しいから、アヤはここで寝てるんだ」
枕元に盆が置かれ、その上に眼鏡と薬と水差し、グラスが置いてあった。ひとり暮らしだと言うが、ペットボトル飲料で楽をするようなことはしない。暮らしを丁寧に築く、柾木の生活には美徳があった。
「……なんでいるんだ、おまえ」
柾木を覗き込んでいると、目も開けないのに慈朗に気付いた柾木がそう言った。
「今日、受験終わりました。報告に」
「どうだった?」
「緊張した。……でも、面接練習のおかげか、おれが話したいと思うことは話せたし、面接官の先生たちも熱心に聞いてくれました」
「そうか。おつかれ」
薄目をあけて、柾木が手をそっと持ちあげた。夏でも色の白い腕が、慈朗の額へと伸びる。くしゃりと前髪に触れ、また布団の上に戻される。ほんの少しの接触に、やたらと心臓が跳ねた。
←(21)
→(23)
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沙羅さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
柾木先生の家にはモデルとする家があります。もっとも、外観だけですので中は想像だったり、他の家から拝借しております。私はわりあいに美術の分野に親しい生活をしています。知人に作家が多く、彼らの家や工房を訪ねるたびにいいなあとため息をついてしまいます。沙羅さんにもそんなご経験がおありなのですね。素敵な職業の方とお知り合いで、よいお話を聞かせていただきました。嬉しいです。
あと数話でいったんは区切りますが、番外編というか、その後の話なども更新の準備が出来ていますので、しばらく続きます。お付き合いください。
柾木を好きになってくれて、本当に嬉しいです。柾木理というキャラクターが幸せになれるよう、応援お願いします。
拍手・コメント、ありがとうございました。
柾木先生の家にはモデルとする家があります。もっとも、外観だけですので中は想像だったり、他の家から拝借しております。私はわりあいに美術の分野に親しい生活をしています。知人に作家が多く、彼らの家や工房を訪ねるたびにいいなあとため息をついてしまいます。沙羅さんにもそんなご経験がおありなのですね。素敵な職業の方とお知り合いで、よいお話を聞かせていただきました。嬉しいです。
あと数話でいったんは区切りますが、番外編というか、その後の話なども更新の準備が出来ていますので、しばらく続きます。お付き合いください。
柾木を好きになってくれて、本当に嬉しいです。柾木理というキャラクターが幸せになれるよう、応援お願いします。
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プロフィール
HN:
粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
****
2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
2021*12*04-2022*03*17
お久しぶりです。短編長編更新。
短編「さきごろのはる」
短編「月の椅子」
短編「みんな嬉しいお菓子の日」
長編「ファンタスティック・ブロウ」
短編「冬の日、林檎真っ赤に熟れて」
2021*08*16-08*19
甘いお菓子のある短編「最善最愛チョコレート」更新。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。
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2022*08*11-21
暑いですね。番外編短編、ちょこっと更新しています。
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お久しぶりです。短編長編更新。
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