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 文化祭が過ぎ、いよいよ受験一辺倒になった。学校はまもなく夏休みに突入した。文化祭前の教職員による一件以降、校内で赤城を見ることはなくなった。ニュースにはならなかったが、それなりの処分があったのだろうと推測する。
 受験は夏休み中に行われるので、夏休み期間でも受験が終わらぬうちは様々な先生を捕まえては面接の練習を頼み込んだ。そしていよいよ受験の前日、遅刻になっては怖いからという理由でS美近くのホテルに向かった。ビジネスホテルだったがひとりでこんなところに泊まるのは初めてで、明日は面接ということもあってかなり緊張した。翌日はなんとか受験を終え、帰途につく。家族には終わったことを告げ、最寄り駅まで着いたら連絡するという話にして、電車に長いこと揺られた。
 車内で少しばかり眠って、夢を見た。先ほどまで慈朗を質問攻めにした試験官の顔のような、柾木のような、青沼のような、なんだかいろんな人がやたらごちゃごちゃと出てくる夢だった。それでも目が覚めるとすっきりしていた。降りるべき駅で降りる。いつもと降りる駅が違うのは、路線が違うからだった。違う駅、というところになんだか興味がわき、家族には「ちょっと散歩してから帰る」と連絡をした。
 駅前の大通りをぶらぶらと歩く。一泊分の荷物が重くて、コインロッカーにでも預ければよかったかなと後悔したが、すぐにどうでもよくなった。久しぶりにカメラを構え、街の並木をきょろきょろと見渡す。電線、カラス、覆い繁って濃い影を落とす街路樹。学校に近い駅よりは利用する人間は少ないのだが、その分静かで、印象は悪くなかった。
 パン、と隣からクラクションを鳴らされて驚く。赤色のころんとまるい車の運転席に座っていたのは、赤城だった。以前と変わらぬ穏やかな顔で「こんなところで珍しいね」と言う。
「制服姿ってことは、学校へ行ってたの?」
「いや、受験でした。終わって、……」
 そう告げると、赤城ははっと驚きの表情を見せ、それから照れくさそうに「だめだな、忘れてた」と言った。
「S美映像科のAO入試だったね、そういえば。どうだったか、アヤには報告した?」
「あ、」言われてみればまだしていなかった。
「ちょうどいいや、乗りなよ。これからアヤんちに行くところだったんだ」
「え、柾木先生のとこ?」
「うん。アヤね、いま夏風邪ひいて寝込んでんの。あいつさ、いつも夏がだめでね。この時期絶対に寝込むんだ」
「……」
 そう言われると、なんとも奇妙な気持ちになった。赤城が柾木のことを「アヤ」と呼ぶことが、なんとなく嫌に思えた。つい「行きます」と意地を張りそうになり、待て、と助手席のドアに伸ばしかけた手を止めた。
「いや、でも、……その、赤城先生と青沼の件もあったし、ええと、……おれが柾木先生の家を赤城先生の車で個人的に訪ねるのは、まずくないですか……?」
 と言うと、赤城はきょとんとした後に豪快に笑った。
「なんの問題があるの。僕と青沼みたいにさ、そういう事実があるならまずいかもしんない。でもきみはただ、進路指導の先生にお見舞いがてら受験の報告をしに行くだけだ。まあ、僕の件で周囲がうるさくなってるのは事実だけど、理由があるんだから、問題ない」
「……」
「それにね、僕は一学期付けで学校を退職してるんだ。もうきみたちの先生でもなんでもない。僕に関して言えば、そういうしがらみはないよ」
「えっ? 辞めたんですか?」
「うん。辞めた。元々、いい先生ではなかったし、未練もないよ。まあ、乗りなよ」
 そこまで言われると断る理由も思いつかず、慈朗はちいさな車に乗り込んだ。後部座席にはなにやら荷物が詰め込まれている。座席の下にビニール袋からはみ出した中身が見えた。スポーツドリンクやゼリーは柾木への見舞いだろうかと察した。
「先生、先生を辞めたのって、……青沼とのことですか」
 尋ねずにはいられない質問だった。前を向いたまま赤城は「うーん」と唸る。
「まあ、きっかけはそうなるね。けど、遅かれ早かれ僕は教員を辞めるつもりだった」
「青沼は知ってるんですよね? 青沼とは、どうなっちゃうんですか?」
「こらえるだけだよ」
 赤城の答えは淡々としていた。
「こらえて、年月が経つのを待つだけ。僕らは出会いのタイミングがちょっと早かった。いつかいろんなことがきちんと消化できる時期が来て、そのときまで青沼が僕を想ってくれていたら、きっと一緒になる。青沼の心が離れていたら、もう会わない。そういうもんだ」
「そんなの、……青沼は納得しませんよ、絶対に、」
「でも、話しあう時間はなかった。あの、青沼のお母さんのことを思うと、僕の我を通せない。そういうつもりはなくても、傷は、つけてしまった。たくさんの、いろんな人にね」
 柾木に叫んでいた青沼の母親のことを思い出した。確かにそうかもしれない、だが慈朗も納得は出来ない。



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沙羅さま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
赤城詠智という男については、アーティスティックで鬼才、というようなキャラクターの位置づけでいます。他人の心に鈍感で、地に足のつかない、自由きままな、ある意味縛られない人です。自分の気持ちにだけは真っすぐです。そういう人間はおおむね非難の対象にあったりしますが、そういう人間こそ柔軟なアイディアを持っていたりします。常識にとらわれない人、という意味で、この人が主人公だったらはちゃめちゃなストーリーになっていたのではと怖いぐらいです。
ですがそういう人には、ときに強烈な憧れを持ちます。青沼も柾木もそうだったのかもしれません。
暑い日が続きますが、本編(?)はひとまずあと5話で区切ります。どうかお付き合いください。
拍手・コメントありがとうございました。
粟津原栗子 2019/08/10(Sat)06:22:52 編集
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