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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「アヤ、具合どう?」と隣の台所で差し入れを冷蔵庫にしまい込んでいた赤城が部屋に戻ってきた。
「……よくない」
「そりゃそうだよね。熱は?」
「さっき測ったときはだいぶあった」
「頭痛い?」
「痛い」
「食欲は、――まあ、ないか」
 赤城の質問は柾木のことをよく知っている、慣れたものだった。「軽く食べられるもの作るからすこし寝てて」と言って台所にまた引っ込む。が、戻って来て慈朗を手招きした。「手伝って」
「……おれ、料理はあんまり。なにしたらいいですか、」
「そこの水差しの水をさ、替えてあげて。アヤの水枕も、冷たいやつに」
「あ、ハイ」
「あと洗濯物入れて、畳んで仕舞ってくれる? その中にアヤのパジャマもあるから、それに着替えさせてやって」
「物干し場、どこですか?」
「この家の二階。ベランダがあるんだ」
 指さされた先に廊下があり、階段が見えた。それをのぼって行く。二階には部屋がふたつあり、ちょっとした温室みたいに、ガラスで覆われたスペースがあった。そこに洗濯物が干してあった。赤城の言う「ベランダ」なんだろう。
 洗濯物をかごに取り込む。タオルの類がほとんどだった。階下に降りて柾木の寝ている部屋に戻った。台所では赤城が湯を沸かしている。それを背後に、せんせい、と柾木の肩をそっと叩く。
「ん……」
「起きられますか? パジャマ乾いたんで、着替えましょう」
「……自分で着替えられるから、おまえ、あっち行ってろ」
「え」
「生徒に見られてたまるか。ほら」
 手で振り払われ、仕方なく慈朗は柾木の部屋を出た。確かに柾木の反応が教師と生徒として正しいんだろうな、と思う。思うが、なんだかがっかりした。
 なんとなく手持ち無沙汰に、赤城の手元を覗いた。赤城はそうめんを茹でている。隣のコンロではつゆも弱火にかかっていた。ひとり分にしては多くないかと言うと、「食べてくだろ?」と当たり前のように言われた。
「夕飯には少し早い? でもおなか減ってるでしょう」
「まあ、」
「そこの勝手口から裏庭に出られるんだ。そこにプランターがあってね、大葉が生えてる。採って来てくれる? あ、大葉は分かる?」
「分かります。何枚ぐらい?」
「葉のやわらかそうなところを、四・五枚」
 言われたとおりに勝手口を出て、プランターへと向かう。家や繁る庭木のあいだにぽっかりと穴のあいたような空は、暮れかかっていた。ひぐらしが鳴いている。なんとなく空を見あげ、大葉を摘んで戻る。台所は出汁のいい香りが漂っていて、扇風機がまわっていても、蒸して暑かった。
 にゅうめん、赤城スペシャル、と赤城は笑いながらどんぶりに食事を盛り付けた。温かいだしには溶き卵が入っており、それをそうめんの上にかけ、大葉と梅干とかつおぶしを載せた。白ごまをぱらりと振って、隣の部屋に行く。「こっちで食べる? そっちで食べる?」と柾木に訊き、結局柾木は布団の上でそれを食べることにしたようで、赤城は盆だけ置いて戻ってきた。
「僕らも食べよう。こっちは冷たいバージョン」
 そう言って薬味のたくさん載ったそうめんの皿をテーブルの上に置く。向かい合わせで腰かけてそうめんをすすった。「ごま油かけると美味いんだ」と勧められてそうしたら本当に美味しかった。あっという間に平らげる。
 赤城から冷えたほうじ茶のグラスももらった。本当にこの家のことをなんでも知っているんだな、と思った。柾木のこともだ。青沼が以前話してくれた通りだったら、このふたりは高校三年生のときにアパートをシェアして共同生活を送っているので、当たり前なのかもしれない。だがあまりにも慈朗の知らない柾木をまざまざと見せつけられたので、感情が追い付かなかった。
 慈朗の向かい側で赤城はにこにことしている。
「アヤがきみのこと応援したくなるの、分かる気がするな」と言う。
「応援? 柾木先生が?」
「うん。素直で、頑張り屋で、いい子だね、きみは。育ちのよさが分かる感じ」
「それは、どうだか」苦笑する。
「そういえばきみ、アヤに告白したんだろ?」
 そう言われて、思わぬ方向から話が来たなと思った。そんな事実はない。「してませんよ」と否定したが、「だって月が綺麗だったんでしょう?」と返される。


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拍手コメントでお名前のなかった方へ
読んでくださってありがとうございます。
「月が綺麗」=「I love you」の漱石のくだりは当初から構想していたものではなく、ここで慈朗は柾木になにか声をかけずにいられないだろうと思って語らせた言葉を後でよくよく考えてみたら漱石だった、という感じです。
その男子高校生も、せっかく愛を告白したのに伝わらなかったというのは悲しいですね。漱石が本当にそう指導したのかは文献が残らないと聞いていますが、本当だったとして、お互いだけに通じる言葉で愛を表現なさい、という意味に私は捉えておりますので、いつかその男子高校生くんにもそんな女性と巡り合えることを期待します。
拍手・コメント、ありがとうございました。
粟津原栗子 2019/08/13(Tue)06:48:19 編集
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粟津原栗子
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自己紹介:
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