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 翌日雨は上がった。文化祭の準備期間ということで普段の土曜日よりも生徒が校内を歩いていたが、教員はもっといるように感じた。文化祭の準備もあるだろうが、教員はあらかた出勤している様子で、それはきっと赤城と青沼の件についてだと察しがついた。臨時の職員会議でもあるのだろう。
 写真部が実際に展示室として使う教室の下見に、野木と行った。どんなふうに展示をするか、パーテーションは生徒会から借りる手筈で、机と椅子は下げて、フックは、受付は、白布や暗幕は、というような話をした。大方確認し終え、途中で自販機に寄ってジュースを買い、部室へと戻る。その途中で通りかかった教室から、教員が数名出てくる。あまり顔の見たことのない教師ばかりだったが、間に挟まれるように赤城が同席しているのを見つけた。一瞬、赤城と目が合ったのだ。疲労しきっている青沼とは逆に、こちらは妙にさっぱりしているように思えた。
「赤城先生じゃん」ぼそりと野木が言った。
「知ってる? 赤城」
「おれ、現国の教科担任が赤城先生だから。こないだから休んでて、……あー、よくないよな、」
「ん?」
「……青沼と噂になってるだろ」
 野木の声は低かったが、よく聞こえた。
「……うん、聞いた」
「おまえの手前で言うのよくないと思うんだけど、……本当にごめん、って最初に謝っとくけど」
「なんだよ、」
「やっぱ青沼って、よくないんじゃねえの、」
「……」
「青沼がらみでこういうのもう何度目だよって、――あ、怒った?」
 いきなりすたすたと歩きはじめた慈朗に、野木が不安そうな声をかける。だが慈朗は無視をする。野木はついて来たので、買ったばかりの冷たいジュースを投げた。
「ごめん、って。どこ行くん」
「野次馬」
「え?」
「おまえのこと、別に怒ったわけじゃない。そのジュースやるから先に部室戻ってろよ。おれは赤城先生の野次馬してくっから」
「おい、」
 いったんは足を止めた野木だったが、後から「おれも行くわ」と言ってついて来た。
「おれも野次馬するわ。ひとりよりいいよ、多分」
「……ふたりの方が見つかりやすいだろ、」
「なんかああいうの、まるで警察ドラマとかでよくある、尋問? だよな」
 と、前方を進んでいく数人の教師を見ながら野木が漏らす。その通りだと慈朗も思うし、その通りのことをしているのかもしれない。
(あ)
 教師たちに後をつけているのがばれないよう、適度に距離を取って背中を追いかける。
(そうか、赤城。髪切ったんだ。だからさっぱりしてるように見えたんだ)
 それだけか? と思う。
 前を行く教員らがたどり着いた先は職員室だった。途中、玄関でスーツを着た誰かをふたりほど招きいれており、彼らが校外の人間であることは察しがついた。仕組みはよく分からないが、教育委員会などから出向してきた可能性がある。先ほどまで行われていたのが尋問なら、これから行われることが裁判のようなものでないかと想像して、身震いした。青沼は知っているのだろうか。いまどこにいるのだろうか。自宅謹慎でも命じられていないといいけど、と考えているうちに赤城らは職員室に入って行った。扉がきっちり閉まったことを確認して、野木と忍び足で職員室の前までやって来る。職員室は、校内からだと扉が一か所しかない。ここを通らないと入室出来ない、という仕組みになっている。ならば聞き耳を立てるのは外しかないだろう。先日の落雷以降、校内の空調機能があまりよくなく、こんな時期でもあるので、至る教室で窓を開け放っている。昇降口から外へまわると案の定、職員室の窓もところどころで開いているのを発見した。ちょうどカーテンの陰に隠れるようにして、開いた窓から姿が見えないように中の様子を窺う。
 常勤の教師はあらかた揃っているようだった。時間から少し遅れましたが、と前置きして、老年のベテラン教師が声を発した。「これから職員会議を始めます。えー、ね、休日なのに出勤いただいてご苦労様です。皆さんもすでにご存知だと思いますが、改めて今日の会議の概要を説明してもらいます」と老年教師が言い、それを受けて立ちあがったのは三年Bクラスの担任だった。青沼の担任だ。
「やっぱ青沼と赤城先生のことだな」と野木がぼそぼそと喋る。それを聞きつつ慈朗は職員室の中を可能な限りでぐるりと見まわした。隅の椅子に柾木が腰かけているのを発見する。表情は険しいが、いつも通りともいえる。
 青沼の担任がことの経緯を述べる。うちのクラスの生徒・青沼恵士が国語科の赤城先生と個人的に親しくしているという報告を受けてまずは情報の発生源となっているネットの掲示板を見たこと。そこには赤城のアパートへ入っていく青沼の姿が確認できたこと。時間は深夜であること、これはごく最近撮られた写真であること等々を述べた。
「この学校にその件に関して電話で問い合わせがあったり、あるいはいたずら電話が増えたり、またインターネット上の書きこみも一時期よりは静かになったとはいえ、生徒の大部分に噂が広まりつつあり、騒ぎが沈静化しないこと。これは青沼とご家族にもかかわってくる問題だと思い、先日、青沼の親御さんに来ていただいて事実関係と学校側の方向性などを確認しました。えー、青沼に関しては、あいまいな返答しかありませんでした。ゆえに青沼からは明確には確認できておりません。おそらく母親の手前、話せなかった、という風にも取れましたので、青沼個人との面談が再度必要であると考えております」
「今日、青沼くんは?」
「まだしっかりと事実の裏を取れたわけではありませんので……学校へ来させたり、或いは自宅にとどまるように命じたり、ということはしていません。ただ、不要な外出は控えるようにとは言ってあります。いつも通りの土日であれば、彼は部活にも所属しておりませんし、文化祭のクラス準備からも外れております。美大予備校に行っているかと思います」
「動向は把握できていないのですね?」
「そうです……ですが学校や私からの連絡はすぐに取るようにとは言ってあります」
 担任は汗を拭いつつ着席する。続いて発言したのは、先ほど赤城と共に教室から出て来た中年の女性教諭だった。
「では私の方から、赤城先生側から受けた報告をいたします。先ほど赤城先生に事実関係を確認したところ、この写真の通りのことはあったとのことでした。つまり、青沼くんが深夜に赤城先生のアパートを個人的に訪ねたことは間違いがないと。なぜその写真が撮られたのか、犯人も含めて特定はできていませんが、青沼という生徒の中学時代の事件のことを考えると、その絡みの可能性も捨てきれておりません。ご存知ない先生のために補足説明をいたしますと、青沼くんは中学二年生の当時、教育実習生とやはり似たような噂になっています。そのときも写真が出回ったそうですが、現在ネット上でそれらは確認できません」
「それはその教育実習生との間に不純交遊があった、と?」
「そうです。これは青沼くんの出身校に確認しました」
 その場で手が挙がった。先ほど玄関先で迎え入れられたスーツの来客だった。
「えー、県教委の菅沼(すがぬま)です。青沼恵士くんと赤城先生の話についてはあらかた聞きました。私が確認したいのは、赤城先生と青沼くんの事実関係が本当にあったかどうかです。こんな時代でまだ述べますが、そうは言っても同性同士です。このふたりが性的関係にある、という可能性も考えますが、ただ遊びに行っただけ、というような軽率な行動の方も頭に入れるべきだと思います。ましてや青沼くんは母子家庭だと言いますし、やはり家庭の方にも問題があったのでは、と。そこはどうなんですか、赤城先生」
 と話を振られたが、赤城は黙って着席しているだけだった。今回の件で不思議なのは、赤城が驚くほど冷静でいる点だ。変に疲弊したり、取り乱したりという姿を見せない。
「赤城先生、どうなんですか」
 老年の教諭が赤城に発言を促す。するとそこで手が挙がり、驚いたことにそれは柾木だった。



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沙羅さま(拍手コメント)
ご無沙汰しております。すっかり年一ペースになってしまいました。それも私の思い付きのまま、特に予告も打たずにそのまま更新しております。だと言うのにこうして読んでいただいて、とても嬉しいです。
「共犯A」という構想自体はかなり前からあったもので、これは完全にタイトルから着想しました。ただし慈朗は女の子で、女の子目線で書いていて途中で止まっていたものです。書き直し・構想の入り直しで慈朗・青沼・赤城・柾木とが交錯するストーリーとなりました。
また、柾木もこんなにキーパーソンではありませんでした。数年経ての改稿は、やはり見方(書き方も)が変わるなと思わずにはいられません。当時は書けなかったことを込めたり、或いは抜いたりします。モビールのくだりもありませんでした。
短編で、と思っていた話が長くなり、予定では9月頃までなんのかんのと更新いたします。その頃には夏も終わるでしょうか。暑い日が続きますが、お付き合いいただけますと幸いです。
拍手・コメント、ありがとうございました。またお気軽に。
粟津原栗子 2019/08/08(Thu)06:27:43 編集
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粟津原栗子
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