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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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「柾木先生?」
「ええ、この件に関して、私は無関係ではありますが、青沼の進路指導という立場でもありまして、青沼個人から話を聞いています」
 その発言で周囲が一気にざわついた。柾木はそのざわつきが収まってから、発言する。
「私が青沼より聞いた話では、赤城先生に絵を教わりに行っていた、ということです。青沼はいまS美術大学に進学希望を出しており、先ほども担任の並木(なみき)先生が仰った通り、美術系の予備校にも通っています。赤城先生はS美の出身者でもありますから、青沼にとっては憧れの先輩といった風です。青沼の予備校が終わった時間に赤城先生のアパートへ向かい、絵の指導を受けていた、とのことです」
 堂々たる発言だった。でも、とか、だって、とか、周囲はまたざわめく。しかし柾木が「このことは社会科の唐沢(からさわ)先生や同じく国語科の田山(たやま)先生もご存知だと聞いています」と発言したことで、どういうことだと唐沢や田山の方へ周囲の視線が向く。
 これに関しては田山が答えた。国語科の教務主任を務める中年の教員だった。
「ええ、聞いていますよ。赤城先生からも相談を受けましてね。S美に進学希望を出している生徒がいますが、個人的に絵の指導をすることはまずいでしょうか、とね。柾木先生も進路指導で手一杯の様子ですし、いいと思いますよ、力になってあげてください、とそのとき僕は発言しましたが、ちょっと浅い答えだったなと後悔しています。学校の放課後に空き教室でというならともかく、赤城先生のアパートでというのは、まずかったですね。赤城先生の配慮が足りなかったかな」
「唐沢先生も、同じことを?」
「そうですね。僕は赤城先生とはプライベートでも付き合いがありまして、その際にそのような話を聞きました」
 職員室がやたらと騒がしくなり始める。柾木の発言で流れが変わったばかりでなく、ふたりも協力者が現れた。これは柾木が手をまわしたのだろうなと察しがついた。つまり、「共犯者」を作ったのだ。
(……そんなら別におれ、関係ないのにな。共犯者とか言って……)
「それでは、その話が本当だとすれば、その、青沼と赤城先生に不純な動機はない、と」
 と、場が収まりかけたときに、「違います」とはっきり通る声で否定が入った。真ん中らへんに座らされている赤城がようやく口をひらく。
「僕は青沼くんの進路を応援しています。そのことは事実です。が、この写真が出回り、写真から受けるイメージ通りに、僕らには関係があります。さっきから仰る、不純な動機、というやつです」
 不思議と職員室は静かになった。慈朗はとっさに柾木の顔を見る。険しい顔がもっと険しくなっており、苦虫を嚙み潰したようだった。声は届かなかったが、口の動きで「ばかが」と呟いたのが分かった。
「不純とはどういうことですか?」と他の教員が赤城を責める。
「そもそも不純、という言葉には当てはまりません。僕らはそういう動機で生半可な付き合いをしているわけではありません」
「だが、赤城先生のアパートに通う仲、ということは」
「僕は青沼くんを好いています。青沼くんも僕を好いてくれています。だから一緒にいたいと思うし、話したいと思う。それがいけないことだというのは、教師と生徒という間柄である点で、処罰の対象であることは認識しています」
「どこまで行ってるんですか」
 口を挟んできたのは、それまで黙っていた教育委員会の人間だった。
「純愛ならいい、という問題ではありませんよ。青沼くんと、どこまでしているんですか?」
「プライベートですのでお答えしたくはありません。このようにたくさんの人間がいる場所ですから、なおさら」
「あなたに拒否権はありません。答えなさい、と言っているんです!」
 いよいよ剣呑な雰囲気に包まれた職員室内で、不意に柾木が立ちあがった。室内をつかつかと進み、慈朗たちの潜んでいる窓へとやって来る。がらりと半開きの窓をしっかりと開けて、あっさり慈朗たちは見つかってしまった。
「先生、あの」焦って声が上擦る。
「おまえら、文化祭の準備か?」
「あの、」
「戻りなさい。これ以上は大人の話で、相当えぐい。おまえたちには聞かせない」
 柾木と目が合う。おそろしい形相で、しかし眼鏡の奥の瞳に疲れが滲んでいた。
「行きなさい」
 そういうなり、柾木は窓をぴしゃりと閉めた。見つかってしまった動揺と、柾木はそれに気づいていた動揺と、まだ話を聞いていたかった後悔とがごちゃ混ぜになる。「ひとまず行こうぜ」と野木に引っ張られ、部室への道をだるく進む。
「……どーなんのかな、」と野木が呟いた。
「わかんない」
「なんか文化祭どころじゃねーよな……」
「……でも、」
 すっかりぬるくなったジュースの缶を握りしめる。
「おれたちは、無関係で、……どうしようもできないんだ」
「……今日のこと、青沼に話すのか?」
「いや、」息を吸って吐く。当事者ではないのに涙の気配で喉奥が痛かった。
「……言ってもどうこうできない。赤城先生が認めてるから、……」
 これほどの無力感たらなかった。



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沙羅さま(拍手コメント)
読んでくださってありがとうございます。
柾木は、もっと卑屈で狡くて性格の悪いどうしようもない大人のはずでした。私自身がこんな教師に教わりたかったという願望が現れたのかもしれない、と思うぐらいです。いつの間にかいい男になりました。
明日の更新もぜひお楽しみに。
拍手・コメント、励みになります。ありがとうございました。
粟津原栗子 2019/08/09(Fri)20:58:21 編集
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
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