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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ずき、と心臓が痛み、顔を上げた。
「そのモビール、青沼への誕生日プレゼントか」
「……」
「ばかだな。こんな天気の日に、いつまでも大切に持って」
「……先生は赤城先生と青沼のこと、知ってたんですね」
「まあな」
「赤城先生から聞いた?」
「気付いただけだ」
「どうやって?」
「見てりゃ馬鹿でも気付くさ。……見てりゃあな」
 そこで柾木は息をつく。思うことあって顔をあげた。向かいにいる柾木はこちらを見ていない。頬杖をつき、窓の外を見ていた。案外通った鼻筋をしているのだと気付いた。
 この人もか、と答えが導き出される。
「赤城先生が好きですか」
「ノーコメント」
「いつから?」
「ノーコメント」
「おれが青沼を意識したのは二年にあがってはじまりぐらいでした。進路が同じで話すようになったころ。赤城先生と柾木先生も、高校の同級生だったんですよね。やっぱりそのぐらいのころから、とか?」
「……ノーコメント」
「……おれたちばかですね」
「それは」
 柾木は頬杖を外してこちらを見た。驚くぐらいに暗い目をしていた。S美に進路希望を出したはじめの面談のころより遥かにずっと。
「そう思うよ」
 絶望がそこに横たわっている。行く手を塞ぎ、遮り、阻み、後退さえ許さないような。
 思い出し、スマートフォンをひらいた。画面を操作してピクチャを表示させる。あれから何か月も経ってしまったのでその後に次々と撮った写真に埋もれてなかなか操作が思うようにゆかない。それでもようやくたどり着き、それを柾木に見せた。
 柾木はすっと目を細め、そのまま目を閉じた。見たくない、というふうに。
「誰だか分かんないですね、こうやって改めて見ると」
「いや、分かる。……いつ撮った?」
「去年の大晦日」
「SNSでばら撒いてないだろうな」
「そんなことはしないです。でもバックアップは取ってある。……この写真、ひどいのに好きなんですよ。賞に応募でもしたいぐらい。自分で自分の胸ひらいてずたずたに切り裂いてるような気分になるのに、どうしても消せない。あいつらこんなにお互いが好きだって、……いいな、って」
 しばらく画面はそれを映していたが、やがてモニターがオフになって暗く消えた。カフェラテは冷めてしまっている。もう飲む気にもなれなかった。
「これ撮ったとき、こんなひどいことがあるのか、と思いました。好きなやつがいて、そいつと誰かが抱き合ってるところなんて見たくもなかった。でもおれの中でなにかが衝動を叫んでて、いつの間にか撮影してた。自分がふたりいることを自覚して気持ちがばらばらで、ぐちゃぐちゃで。けど、どこかで、……これを青沼に知らせたらおれは共犯者みたいになれるのかな、そういう結びつきだったら青沼はおれをただの友達以上にして、離れられなくなるかなって、……思った、それが、本当に狡くて、醜くて、嫌で」
 柾木は黙って目を閉じている。
「程度の淡い、どうでもいいような恋だと思ってました。話せるだけで嬉しい、みたいな感じです。それでいいと思ってたのに、ちゃんと最低な感情は用意されていて、この写真撮ったきっかけでいまや赤城先生と青沼の話ならたいがい知ってる。聞くたびに胸が苦しくて、痛い。でもどこかで自分は望んでるんです。おれにだったら青沼はなんでも話してくれるっていう変な自負で、ばかみたいに嬉しいんです」
 蓋をしてきた台詞をあらかた吐いた。泣きそうになるほど鼻の奥がツンと痛いのに、涙は出てこなかった。もし柾木が変に同情でもしてきたら泣いていたかもしれない。けれど柾木は自身の痛みと慈朗のそれを、分けた。自分自身の想いはその人だけのもので、決して共有できないと、柾木は知っていた。
 そのことこそが、慈朗にとって優しかった。
「……すみません、喋りすぎました」
「モビール」
「え?」
「その紙袋の中身。おれがもらう」
「でも、さっき落として、部品外れたり曲がったりしてるみたいで」
「直す気、あるか? 直して、青沼に渡す気が」
「……いえ、……ごみにでも出したい気分です」
「だろうな。やめとけ。おれがもらう」
「……」
「帰るか」
 と、柾木は立ちあがる。ふたりともコーヒーは飲みかけだった。荷物を入れていたかごから柾木はさっと紙袋を掴み、乱暴に横抱えにする。そんな雑に扱うんだ、と思ったら、暴風雨のように荒れていた心がちょっとだけましになった。
「S美のポートフォリオ、まずは作ってみろ。で、見せろ。最初から完璧なやつが来るとは思えないからな。それにおれが直しを入れる。そうやって何度も手直しをして作ってく」
 店を出ていきなり言われたのは、進路の話だった。慈朗は面食らう。
「鉛筆デッサンは、下手でも一応続けろ。いつかもしかしたらの選択肢になるから」
「はい」
「気をつけて帰れよ」
 じゃあな、と言って柾木は紙袋を抱えて立ち去ろうとする。ふと慈朗は空を見あげる。みぞれはおさまっていて、雲が割れて、ぼんやりとした月が出ていた。
「先生」
 つい叫んでいた。柾木が振り向く。慈朗は天に指をさした。
「月が綺麗です」
「いきなりなんの告白だ」
「え?」
「いや、いい」
 興味なさそうに、それでも束の間空を見あげ、おやすみ、と言って柾木は足早に去った。


 四月になって三年生になった。無事に進級を果たしたその日、柾木に用事があって進路指導室を訪れたがいないと言われ、美術準備室に足を運んだがやはり見つけられなかった。
 準備室にいたもうひとりの美術教諭に「午後から半休で帰られたよ」と言われ、そうですかと去ろうとしたときに慈朗は窓際にぶら下がる模型を見つけた。
 ひしゃげた金属は別の形になっていたし、破けた羽には色紙が足されていた。決して元通りではなく、慈朗が作った繊細な形とは遠い。
 けれど丁寧に手を入れたことは分かる。陽の光に当たってきらきらと眩く揺れる、飛行船のようなモビールがそこに吊るされていた。


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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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