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 そんな声で呼ぶんだな、と思った。
「あれ? アヤも一緒だ」
 アヤ? と聞き慣れぬ音に戸惑いながらも赤城の視線の方向に目を凝らす。青沼と歩調を同じにこちらへやって来る影がひとつあった。ふたりは信号機を待ってちょうど道路の向かい側に並んだ。よく見ればひとつの傘をふたりで分けてつかっている。
「青沼、と、柾木……先生?」
「そうだね。ふたりともこっちに気付いたかな」
 本屋の入口へ向かう赤城を追いかける。歩きながら「アヤって呼んでるんですか」と疑問を口にした。
「柾木先生のこと」
「うん、学生のころからの癖だね。学校では柾木先生と呼ぶけど、こういう咄嗟のときはどうしてもね、下の名前で呼んじゃう」
「下の名前?」
「そうだよ、下の名前」
 やがて信号機が変わり、ふたりはこちらへ進んできた。赤城と慈朗も本屋を出る。本屋の軒下でふたりと合流した。気付いた青沼は「珍しい組み合わせだな」と慈朗にはにかんだ。
「スマホ、返事しなくて悪かったな。予備校行っててさ。今日が初日だったから緊張してて、返信してる余裕なかった。実技のあいだはミュートにしてたし」
「いや、お疲れ。なんで柾木……先生と一緒?」
「そこですれ違った。先生、傘差してなかったから駅まで入りますか、って」
 傘を畳み、ようやく青沼は赤城と目を合わせた。「先生、こんばんは」とよそよそしく言う。だがその声音にはなんとも甘い響きがあった。赤城も嬉しそうに「予備校お疲れ様」と言う。
「アヤもお疲れ様」と赤城は柾木に言った。柾木は憮然とした表情で「ああ」とだけ言う。それから赤城に伴っていた慈朗を上から下までじっとりと見て、「なんでおまえはまだこんなところにいるんだ」と聞く。
「進路指導室の片付けしながら、つい過去の受験ファイルとか眺めちゃってました」
「S美の映像科をあの高校から受けようってやつはおまえがはじめてだったと思うぞ」
「うん、――じゃない、はい。だから別の学科のも、美大のも、色々とあれこれ参考に」
「まだそれ持ってたのか」
「え?」
「モビールだろ、紙袋。濡れないか」
 柾木が指摘したのは先ほど柾木に調子に乗って見せた、青沼に渡すはずのモビールだった。それでつい頬を赤くしてしまった。慌てている慈朗に、青沼は「モビール?」とこちらを向く。
「あ、そうなんだ、作って、……それで、」
「え、見たいなあ」
 青沼のひとことが嬉しかった。同時にとてつもない虚しさに襲われた。これは青沼にあげるものだからと頭の中で台詞を考えつつ青沼へ紙袋を渡そうとして、紙袋はするりと慈朗の指先から落下した。みぞれがいけなかったらしい。水分でふやけた紙袋の持ち手が切れてしまったのだ。
 金属のこすれる鋭敏な音がした。
「――あっと、すまん、おれがちゃんと受け取らなかったから、……大丈夫?」
「いや、だいぶ繊細な造りだったからわかんない、見てみないと……」だが紙袋の底面に手を当てて状況は語らずとも分かった。部品が離れ、カチャカチャと音がする。おそらく金属も変形している。
「……また家に持ち帰ってちゃんと見てみるよ。今日は、ちょっと、」
「なんかごめん、……直るといいけど」
「気にすんなって。直せばいいんだ」
 隠すように紙袋を掻き抱く。すまん、と青沼は必死で謝り倒してくれたが、慈朗の中ではそんなことよりもこの自信作を今日渡せない、ということの方がよっぽど悔しかった。もっとも、今日渡すとは告げていない。「またな」と言うと青沼は申し訳なさそうに「うん」と答えた。
 もう、この場にいたくなかった。慈朗は咄嗟に柾木の腕を掴む。
「先生、ちょっと進路のことで相談したいことあるんで、一緒に帰りがてら話聞いてくださいよ」
「え?」
「おれ、行くな。赤城先生、青沼、さようなら。また明日」
「あ、うん……」
 半ば強引に、剥がすように赤城と青沼から離れて駅の構内へと向かう。急ぎ足で、でも柾木の上着の袖は掴んだままで、強引に歩く。ある程度ふたりから離れたところで、柾木に「どっか入りませんか」と言った。「寒い」
 柾木もなにかを察したようで、「そこでいいか」とコーヒーチェーン店を指した。
 店内はさほど混んではいなかった。レジカウンターで注文と会計を済ませ、甘ったるいカフェラテを手に席に着く。柾木はブラックコーヒーだった。情けないと思いつつ、手を額の辺りで組んで、はあ、とうなだれた。
 柾木はなにも言わない。聞こうとしない。その沈黙がありがたかった。慈朗には話したいことがたくさんある。
 温かなカフェラテをひと口飲み、「先生って、アヤって言うんですか」と関係のないことを喋った。
 面白くなさそうな顔で柾木は「そうだよ」と言う。
「柾木理(まさきあや)」
「そうだな」
「理科の理って、そう読むんですね。てっきり、オサムとか、サトシとかだと思ってました」
「字は気に入っているが、読みは気に入らねえんだ。呼ぶなよ」
「おれが呼んだら変じゃないですか」
「おまえらの年齢はすぐに調子に乗るからな」
 また沈黙が出来る。諦めて慈朗は「今日、誕生日なんですよ」と告白した。
「おまえの?」
「青沼の。……だから赤城先生はプレゼントの包み抱えて駅前の本屋で青沼を待ってたんですね」
「ああ、……」
「高い写真集まで衝動買いしちゃってさ。おれなんか欲しくても買うのにためらうような本。……それで、これから、……あのふたり、」
「そこまで考えんのは野暮だから、やめな」
「うん、……」
 柾木はコーヒーを口にする。慈朗の体の中は、ぐるぐると嫌な感情が渦巻いていた。あのモビールを、完ぺきだったはずのモビールを、青沼に渡して、見せて、あっと驚かせて、それからはにかむ顔が見たかった。――叶わなかった。
 しばらく黙っていた柾木が、コーヒーの紙コップを置いた。それからうなだれる慈朗に「青沼が好きなんだな」と言った。


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プロフィール
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粟津原栗子
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非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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