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二〇一五年
生まれたよ、と電話口でアキが言った。
生まれてしまったのか、と思ったが、僕は口には出さなかった。「そうか生まれたか」と言い、平静を装い、ポケットに仕舞いこんでいたメモ帳をひらいた。そこには「もし、アキに子どもが生まれたら」、言葉詰まりにならないように質問が書き連ねてある。
最初のクエスチョンから。
「いつ生まれた?」
『さっき。いまさっきだよ』
「じゃあおれに電話している場合じゃないだろう?」僕は呆れた、という風情で苦笑してみせる。なかなか上手にできた。
『ミツミに真っ先に伝えたかったんだよ』
「男? 女?」これがふたつめのクエスチョンだ。
『女の子。くしゃくしゃな猿みたいな顔で、全然かわいくないけどな』
「そのうちどんどんかわいくなるさ。女の子なら、なおさら」
嫁さん美人だしな、と言おうとして、これはやめた。
「名前は?」みっつめだ。項目はあとふたつある。生まれたときの体重は? と、嫁さんの調子はどうだ? と。
『まだ決めてない。候補はいくつかある。おれには決められないからさ、ミツミが決めてくれよ』
「ばか言えよ。赤ん坊の命名権をおまえら両親が自由にしていいと思ったら大間違いなんだぞ。このたびめでたく祖父母となられた皆さまとか、きっと名づけたい、と思ってる」
『あー、うちんとこはそういうのねェなあ。なに、おまえのときはあったの』
「三男坊だから三の字を必ずつけなさい、ってじいさんが」
『それで〈美津三〉な。いいじゃん。おれ、おまえの名前好きよ』
「すきよ、って軽く言うな」
『いや、おまえに対してはもうとことんひどいやつになるって決めたんだ、おれは。仕方がない、こればっかりは。で、いつ見に来る?』
「なにを?」
『赤ん坊をだよ。――おまえは三番目の悪い魔女、なんだろう』
いつか言った台詞をアキは覚えていた。確かに呪いめいていて、とても平静では聞けないような台詞だった。僕は観念して、「行く、行くよ」と答えた。
「おまえら夫婦がおれを呼んだことを後悔するぐらいのとびきりの呪いを、その子にかけてやるよ」
『ふふ』
物騒な台詞だったのに、アキは笑った。笑顔は目蓋の裏にありありと描けた。それぐらいの長い月日を僕らは共にしたのだ。そしてこれからも多分、共にしてゆく。
『来るなら病院に入院しているうちに来いよ。退院したら嫁さん、しばらく赤ん坊と一緒に実家だから』
「あー、里帰りすんだ。H市だっけ」
『そうそう。お姑さんに面倒見てもらうの。初産だし、その方が気が楽だろうからな』
「じゃあ、二・三日中には都合つけて顔見に行くわ」
『おう。その時は連絡寄越せよ』
電話が切れかかる、その直前に僕は声を出した。
「お、」
『お?』
なんとなく、電話の向こうでアキは振り向いた気がした。
「おめでとう、とかな、ぜってえ言わねえからな」
『――それがミツミらしいよ』
それでようやく、電話を切った。
二〇〇三年
演劇祭の演目決まりましたー、とクラスの学級委員長が言った。配役も決定しているのでプリント受け取ってない人は取りに来てくださーい、とクラスの演壇の上で声を張り上げている。
そのプリントをアキがもらってきた。上演される演目は「眠れる森の美女」。美女、というか美少女がこのクラスには存在して、彼女がその美女役をあてられていた。ミスターコンテストで準優勝した美男子もいる。彼が王子役だ。誰もが納得の配役。しかし僕にはどうも気に食わなかった。
「おまえ、三番目の悪い魔法使いの役だってー」
これ以上の可笑しいことはない、とばかりにアキは笑った。
主役のふたりが演技未経験なので、脇は経験者で固めたい、というのが学級長らのもくろみだった。演劇祭はクラスごとに違う演目で行う。演劇部に所属する人間は主役および準主役を張ってはならない、という規定はあったが、ほかはうるさく言われない。
僕は、演劇部所属だ。夏の文化祭の演劇部の発表では主役を務めた。ただしそれは男役だった。眠れる森の美女に悪い予言をする魔法使いは、確か魔女だったはずだ。
「ま、衣装は黒いマントかぶってるだけだし、台詞だってろくにないし。男女どっちだっていいんじゃあない? ロミオさまには物足りないぐらいかも」
と言ったのはクラスメイトの木崎(きざき)だ。彼女のいう「ロミオさま」は、文化祭で僕が演じた「ロミオとジュリエット」のロミオに由来する。そう、ロミオ役だったのだ。
「三番目の悪い魔女って、具体的になにすんの?」とアキが木崎に訊く。
「王女が生まれたときに呪いをかけるのよ。この子は十六歳になったら糸車の針に指を突いて永遠の眠りにつくだろう、って。だから眠り姫になんのよ」
「なるほど。恨まれ役だなー、ミツミ」
僕はプリントを見ながら、ふん、と鼻を鳴らした。三番目の悪い魔女。一体どんな気持ちで、赤子を呪ったというのだろう。
その日はアキと一緒に帰った。
途中、公園に立ち寄った。雨のおかげで通る人が誰もいない。東屋にふたりで並んで腰掛けて、僕の方からお願いをして、キスをした。
最初に告白したのはやっぱり僕だ。中学からずっと一緒だったアキのことが、僕は好きだった。このまま卒業で離れるのが惜しくて告白をしたら、悩んだ挙句、アキはOKしてくれた。だから僕らは内緒で付きあっている。
と言っても、素肌に直接触れたことはまだない。キスは出来る、キスまでが限界、アキの行動を、僕はそう感じ取っていた。
まあ、男だから、と僕は言い聞かす。気持ち悪がられないだけマシだと。アキは優しい。同情で僕に付きあえるくらい、すごく、優しい。
この演劇祭が終われば、みな本格的に受験シーズンに突入する。僕は進学組で、アキは就職組だ。進学先も就職先も同じ地元なので、まったく会えなくなるわけじゃない。でも四六時中こうして一緒にいるのは、無理だ。
「――三番目の悪い魔女」
唇を離して、唐突にアキが言った。
「なあ、女言葉つかうんだろ? そういうミツミ、ちょっと見てみたいなあ」
「見れるだろ、おまえ大道具係なんだから」
「どうせならひらひらっとした素敵な女物の衣装作ってもらえよ」
「……遊んでるだろ、おれで」
演劇祭当日、僕は見事な「三番目の悪い魔女」を演じきった。
ステージ袖で見ていたアキに言わせれば、「あの声と存在感で会場の温度が三度下がったね」ということらしい。労いに頭をぽんぽんとはたかれて、僕はこの上なくしあわせだった。
→ 後編
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