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成人女性を対象とした自作小説を置いています。
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 ◇

 披露宴は十二時半からだった。親族のみで挙式を行ってから、友人知人らを招いた披露宴だという。温の家で温の礼服に着替えた後は、自宅に戻り、すぐ自分の車で家を出た。市街へ出るのにわざと遠回りをして、高速道路を無駄に走った。
 三年ほど前、しふみが自動車の免許を取ってすぐのころ、「運転の練習だ」と言って温とよくドライブをした。怖がりのシホは断固行かないと言ったが、無理やり乗せたこともある。あのころはまだ車も古かったから、加速の度に唸るエンジン音が尻の下から響いた。
 いろんなところへ行ったが、よく覚えているのは、ある夜間のドライブだ。高速道路を跨ぐようにして新幹線の線路が渡っており、タイミング良く、暗闇を割いて一列に並んだ光がすうっと駆けた。空の上からなら、地上を流れ星が走ったように見えたかもしれない。猛スピードでそれは視界から消えたが、残像が焼き付いた。隣に座っていた温は新幹線の名前を口にして、「あんなに早いんだな」とこぼした。
「一瞬だった」
「なんかさ、ちょっと色々考えちゃうな。地球の一生にすれば、おれたちが生きているのなんか、さっきの新幹線よりもっと早く消えてく光、なんだよな。一瞬も一瞬。こんなに必死で、働いたり、眠ったり、恋したりなんか、してるのにな」
「……今夜は語るね、温ちゃん」好きな人がいるのか、とは怖くて聞けなかった。
「いや、今日は星も綺麗に見えてるからさ。……壮大な宇宙にちっぽけな自分、てのを思ったりしてるんだ。笑うなよ」
「笑わないよ。シホなら鼻で笑いそうだけど」
 しばらく沈黙が出来た。しふみは運転に集中しつつ、口をひらく。
「一瞬の出来事だって言うなら、おれたちがすることに意味はあるのかな……」
 しふみの胸中に浮かんでいたのだ、温への恋心だった。叶わず報われもせず、いつだってむなしい気持ちでいるこの恋を、続けていていいのか。恋は自分の意志でどうこうできるものではないがしかし、もういい加減につらかった。温とのいまのこの時間だって、しふみの胸は塞いで苦しく、時折つかえる。
 温はしばらく唸って、「意味ってのは、ないかもな」と答えた。
「意味なんてものは、どんな生き物にだってない気がする。探れば探るほど、雲を掴むような話に思えてくる。……ただ、いま瞬いている星は綺麗だろ。夜景の光もさ。さっき流れた新幹線の光も、目を奪われた。なんか、そういうことでいいんだと、おれは思う」
「……いまを生きているだけでいいんだ、的な?」声が少しふるえた。
「視点を変えれば、いまおまえが走らせているこの車のライトだって、誰かにとっての星なのかもな」
 そのときしふみは、この恋をしてよかったのだと思った。この人を好きになってよかった。これ以上の喜びはもうないのだ、と悟った。鼻がつんと痛んで涙を予感させたが、こらえた。
 そのときのことを思い出しながら、高速道路を走らせて、戻り、式場に向かった。

 ◇

 元はシホの座席だったので、温とシホの同級が集まるテーブルにしふみは着いた。「シホの弟?」「シホには似てねえなあ」などとからかわれながらも、あまり口数の多い性分ではないのでうまく受け答えられず、やがて彼らはお互いの思い出話に没頭し始めた。話題の矛先が自分からずれてほっとした。料理はどれも凝った味付けで美味しかったが、給仕がせわしく、落ち着いて食べられはしなかった。
 偉い人のスピーチ、友人からのビデオレター、衣装替え。ウエディングケーキ入刀と余興の歌。カメラを向ける人々、スポットライトに照らされた温と花嫁の姿。時間は瞬く間に過ぎてゆき、最後に温の父親がスピーチし、温自身が挨拶をして、酒宴はおひらきになった。最後の挨拶で温は、「まだまだ未熟な私どもではありますが、これからは夫あるいは妻として、そして一社会人として、幸福で温かな家庭を築いてまいります」と言った。そうか、温は人の夫になったのだな、とそのときはじめて実感した。不思議なもので、涙は出なかった。
 新郎新婦の両親そして新しい夫婦に見送られて、式場を出る。帰り際に温はしふみを見てにやりと笑い、「クリーニングして返せよ」と礼服の胸をとんと指した。その一点の突きで、心臓をふかく刺されたような気になり、しふみは子どもみたいな態度でぷいっとその場を去った。宴の終わりは始まりと地続きで、温にとってあたらしい人生のスタートだ。温の隣で慎ましやかに微笑んでいた花嫁は温の家に引っ越してくる。シホもしふみも暮らすあの静かな街で、徒歩五分の距離で、しかし温自身の生活は変化する。
 温の両親がにこにこしていたこともまた、いまこの瞬間が門出であることを示していた。幼いころから知っている顔なのに、おじさんもおばさんも知らない表情で笑っていた。しふみは茫然と会場を後にして、駐車場に向かう。と、そこでシホからメールが届いていたことに気付いた。
 腹痛の治まったシホは、バスと電車をつかって近くまで来ているようだった。駅前のカフェにいる旨が書かれていたので、そこまで迎えに行った。一緒に、無言のままカフェで一時を過ごし、暗くなり始めたころ、車に乗り込んで家へと向かう。
「車の運転、うまくなったね」
 ふと、シホが言った。
「おせっかいな誰かのおかげでな」
「私が免許取った時も、そういえば温はドライブに付き合ってくれたわ。そのうち私は完ぺきなペーパードライバーになっちゃったけど」
「今日、やつは幸せそうだったよ」
「うん。さっきメール来た」
「え、温ちゃんから?」
「そう。……『おまえたち姉弟はどうにもこうにも不器用そうだから、おれが先に上手くやっとくよ、安心して前進め』だって」
 自信満々にそう言ってのける温の姿が思い浮かんだ。温には姉弟の気持ちがお見通しだったのだろう。恋を上手に伝えられない姉弟を、温はこんな日でもちゃんと、気にかけてくれている。
 踏切で車は停まる。目の前をがたんがたんと電車が通り過ぎた。各停のゆっくりした電車で、乗客の姿が確認できた。扉にもたれて本を読む人、音楽を聴く人、寝こけている人。すっかり暗くなっていた辺りを照らして、列車は進む。
 とてつもなく壮大な時の流れの、たった一瞬を生きている自分。隣に座る姉。温の家のにおいのする礼服。
 夜を駆け抜ける電車の、幾束にもなる光の筋。
 いま自分が放っているはずの光のこと。
「おれ、家を出てひとり暮らししてみようかな」
 思い付きを音声にしてみると、それは鼓膜を伝って逆流し、心の中に打ち響いた。この街まで出なくてもいい。無理にひとりにならなくていい。けれどしふみもなにかあたらしい状況に身を置いてみたくなった。
「いいんじゃない?」シホが頷く。
「シホは?」
「私はしばらく、この街で、あの家かな。――あっという間だよ、きっと」
「ん?」
 隣のシホを振り向く。
「力を溜めて、溜めるだけ溜めたら、弦から放れた矢みたいに、すごい速さで走れるから。光の速さだよ」
「……」
「私たちは確かに、不器用よ。だけど若い、若いんだ。ものごとを振り返るのはもうちょっと先でいい。――これも温の受け売り」
「あいつはいったい、おれたちのなんなんだろうな」
「そうね、……本当に」
 そう言って微笑んだ姉もまた、「この街、あの家」で、力を溜めていくのだろう。
 遮断機のバーが上がり、車が動き始める。しふみもギアを入れ替えて、丁寧に車を発進させた。



End.


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Beiさま(拍手コメント)
いつもありがとうございます。
これはただの姉弟の話で、ボーイズラブではないなと思いつつも、好き勝手にやらせていただいたお話でした。打ちのめされても前を向く姿が好きです。「3人が好き」と仰っていただけたので、シホとしふみ、温を書いてよかったと思いました。
拍手・コメントありがとうございました。
粟津原栗子 2015/11/27(Fri)08:12:33 編集
プロフィール
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粟津原栗子
性別:
非公開
自己紹介:
成人女性に向けたBL小説を書いています。苦手な方と年齢に満たない方は回れ右。
問い合わせ先→kurikoawaduhara★hotmail.co.jp(★を@に変えてください)か、コメント欄にお願いいたします。コメント欄は非公開設定になっています。

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