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痩せた身体をしていた。脂肪も、筋肉すらもないような身体だった。真っ白で、骨ばっている。その身体を床に直接組み敷くのはあまりにも可哀想な気がして、途中で祖母がつかっていた部屋に移動した。晩年、彼女は膝を悪くして畳敷きの部屋にベッドを導入しており、それをまだ処分せずに残していた。
白い身体は、しかしあまりにも快感に素直だった。通志は頑なに声を我慢したので行為はとても静かだった。下手に喘がれるよりずっと、五感が冴えて誰と身体を共有しているかが分かる。ふるえが伝わって、快楽のポイントを探り当てられたことを知る。濡れた音、ぬめる感触、肌や舌のざらつき、したたるようにこぼれる吐息。
行為は夜半にまで及んだ。ホテルのチェックインのことはもう、すっかり忘れていた。がさり、となにかが草木を踏み分ける音がして、通志はしんらに貫かれたまま、びくりと膝を引き攣らせた。
「――あ、いまの、なに……」情事に潤みきった声はあやふやで、普段より高かった。
「多分、なにか動物が通った音」
「動物、」
「獣だ。ケモノ」
「……僕たちも、じゅうぶん獣ですね」
「……そうだな」
耳を澄まさなくても、色んな音がした。秋虫の音、風に揺らされて木々の梢がこすれる音、家鳴り、羽虫のはばたき。夜行性の獣だってあちこち動きまわっている。たくさんのものに囲まれているのが分かる。いまなら花のひらく音にさえ気づきそうなほど、お互いの身体に没頭しているくせに、神経があらゆる方面に集中している。
しんらは通志の両側に手を突き、その顔をまじまじと見下ろした。薄暗いから表情が定かではない。先ほどから執拗にしんらの腹筋に性器を押し当ててはこすりつけていたが、観察されていると分かって彼は動きを止め、恥ずかしそうに顔をそむけた。
その顎を掴み、しんらは通志の額にくちづけた。目元にも唇を押し当てると、そこは少しだけ濡れていた。若葉に溜まった朝露を飲むような、吸うような、そんな感覚でそれを舐めとった。
「――しんら」と唐突に呼ばれて、心臓がずきっと痛んだ。通志はしんらの左の大腿を撫であげる。指は、膝の少し上のふくらみでとどまった。そのふくらみは、しんらがいまよりもう少し若い時にチェーンソーの扱いを誤ってつくった、三センチメートルほどの傷跡だった。
「ここ、痛い?」
「もう痛くはない。……なんでこれが傷だって知っているんだ」
「――ふふ」
彼は微笑んで、蠱惑的な笑みを浮かべた。暗闇でもはっきりと分かる、妖しい表情だった。しんらの心臓が、跳ね上がる。胸に直接杭でも打ちこまれたような火の熱さで、脈拍が唸る。
夜が明けなければいいと思った。このまま、冴えわたったまま、色んなものに抱かれながら、男を抱いていたかった。
翌日、しんらは通志を街まで送った。ずっとちいさくつきつきと心臓が痛みっぱなしで、しかしそれは体表しなかった。繊維に近い、やわらかく細い棘が触れているようだと思った。命にかかわるほど重大じゃない。無視していられる。けれど気になる、違和感。
通志も同じく、表面上はなにも起こっていなかった。来たときと同じように車内で喋り通し、民話や伝承を面白おかしく語って聞かせた。しんらは時折質問を交えながら、頷く。そんなふうに、ふたりは別れまでの時間を過ごす。
講演会場である市民体育館の前で通志を下ろした。彼は少しだけ目線を下げ、なにか言いたげに唇を動かしたが、一文字に閉じなおすと、しんらの顔を真正面から見て「色々とお世話になりました」と言った。
「それでは、」
「はい、お気をつけて」
別れはあっさりしたものだった。しんらはしばらくその場にとどまったが、エンジンをかけ直して軽ワゴンを発進させた。恋ではない。愛情はあったかもしれない。ただ淋しいときに同じく淋しい身体があったから、お互い心置きなく発散しただけだ。次はない、もう会わない。
けれど一向に身体が凪がないのは、なぜだろう。ぴりぴりと微弱な電流が走り、かぶれでもしたように、もしくは爛れたかのように、身体が火照る。あのひと晩は、薬だったのか毒だったのか。
路肩に車を停めて、しんらはハンドルに覆いかぶさり、うなだれた。通志の喋り方、華奢で白い身体、暗がりで見た蠱惑的な笑み。夏の終わりの発熱。
九月に入ろうかというころでも暑さが厳しく、それでも朝晩はしのぎやすくなってきたころ、しんらの家の庭に村役場所有の軽自動車が停まった。飼い犬が吠えたので、裏の畑で作業をしていたしんらにも分かった。表へ出ると、観光課勤めの幼馴染が車の傍に立っていた。
「――なに?」
「なに? じゃねえよ。盆の時に東京から来たセンセイのガイド料、受け取ってねえだろ」
「あ、」
そう、直接渡されるという話だったのだ。しんらも彼もおそらくすっかり、そのことを忘れていた。
「おまえんちの住所分かんねえからってさ、役場宛てに現金書留で届いたの、持ってきてやったんだ」
「悪かったな。あがるか? ちょっと休憩しようかと思ってたころだったんだ」
「いや、俺これでまたすぐ戻んなきゃなんねえ。庁舎に来客の予定なんだ」
「そっか。さんきゅ」
「おうよ。次回は酒飲みに来るわ」
車を見送り、しんらは庭から直接縁側に腰掛けた。渡された封筒を眺める。とめはねはらいまでぴっちり整った字で、役場の住所と共にしんらの名前が記されてあった。幾重にも厳重な封を、ぺりぺりと剥がしていく。現金と一緒に、名刺と、手紙が出てきた。
『実は僕はあなたのことを以前から知っていました。聞いていた、が正しい。あなたのおばあ様が携わっていたかたりべの会に、僕はちょくちょく足を運んでいました。会報誌を送ってもらっていたりもした。僕の学術研究のため、でもあったけれど、あなたのおばあ様の、昔ながらの質素で丁寧な暮らしにも興味がありました。それを聞いているうちに親しくなり、孫であるあなたのこともよく聞いていました。(チェーンソーで足を切ってけがをしたことは、彼女から笑い話として聞いたのです。)
寡黙で、ひとりを好み、人間関係に関してはとことん不器用で、決して群れない。母親とうまくゆかなかったのは祖母である私のせいで、私が死んだあとのことが心配だと、彼女はよく言っていました。どんな人だろうと、僕はずっと思っていた。彼女が亡くなったことを聞いて、なにもかも知らないふりで、思い切ってあなたにガイドを頼みました。念願かなってあなたに森を案内してもらえて、僕はすっかり、あなたに参ってしまった。深くもの悲しく、孤独で、しかし現実を見つめている瞳や佇まいが、森そのもので美しいと思いました。
会いたいです。またいつか、なんて言葉じゃなくて、いますぐ。すぐに。』
大学に勤める身にしては、ずいぶんと中途半端な手紙だった。しんらは呻き、身体を折る。ああ、毒だ、と思った。あのひと晩は、しんらをなんにも癒しはしなかった。恋を教え込まれ、愛の飢えを知らされ、しんらは愕然とする。
しんらもまた会いたいと思う。
名刺を片手に、記された電話番号とフルネームを口の中でそらんじてから、しんらは携帯電話の通話ボタンを押した。
End.
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おつきあいくださいまして、ありがとうございました。
また一年、よろしくお願いいたします。
「森」含めお題祭り、楽しんでいただけたでしょうか。色んな恋のかたちを書けてとても楽しかったです。読んでくださる方にもその楽しさが伝わればいいな、と思っていたので、佳子さんのコメント嬉しかったです。
日々の潤いや張り、癒しになるよう、また一年精進してまいります。今後もどうぞよろしくお願いいたします。
拍手・コメント、ありがとうございました!
「森」、満足していただけて嬉しいです。設定上は高原寄りの森でしたが、夏でしたので、爛熟した植物がはびこるような、南っぽいイメージも盛り込みました。毒か薬か、というのがメインテーマでもあったので、ちょっと危険な森です。(どうしても絶対に安全でのびのびとした森、というイメージが浮かばなかったというのもあります。)
お題祭り、楽しんでいただけたようで嬉しいです。3つお題があるので、それぞれ違う色合いにしようと思って書きました。楽しかったので、またやりたいと思っています。そのときはお付き合いください。
また一年、構想上の樹海をよろしくお願いします。
拍手・コメント、ありがとうございました!
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